14-1 クトゥルフの夢
★☆★☆★
クティーラとおしゃべりをしたり、臭気抑制の生活魔法をダゴンやハイドラを交えて教えていたら、あっという間にお昼になった。
ちなみにクティーラは魔法の才能があったのだろうか、すぐに臭気抑制の魔法を習得してしまった。ダゴンとハイドラはやや苦戦しつつも、お昼までには二人とも習得していた。
食事も一緒に済ませることにする。ダゴンとハイドラはでかすぎたので、アルハードとクティーラとデリックの三人でだった。とはいえ、食事をする場所はある程度決まっているので、何人かのインスマスの住人はちらちらとこちらを見ている。話しかけてくる人はいなかったが。
クティーラは普段あまり食べることのなかったのだろうか、魔物の肉を美味しいといってちまちま食べている。とは言え彩りはあまり良くない食卓である。やはり主食が不足しているのと、野菜が全く無いことが問題だろう。
この枯れた大地で穀物や野菜を作ることはほぼ無理と言っていいだろう。しかも、インスマスは非常に閉鎖的な村であるため、他の国との交流などもまったくない。そもそも地図にも乗っていないような村なのである。
魚に魔物。タンパク源は豊富であるが、それ以外が非常に乏しい。これはなんとかしなければいけない問題だが、今のところ解決策はなかった。
食事の後クティーラは用事があるとのことだったので、アルハードと別れる。デリックもこの後は漁があるので、またな! と元気よく手を振って海へと行ってしまった。
アルハードはあることを聞きたくてダゴンの元を訪れることにする。ダゴンは沖で深きものたちの漁を手伝っていた。
ダゴンが漁をやっている姿は圧巻であった。
インスマスでの漁は主に銛を使った漁である。しかし、ダゴンは銛などは使わずに、その大きな身体で海に入り、砂浜に向かって力任せに腕を振るう。すると、海水とともに多数の魚が砂浜へと打ち上げられていた。それをインスマス面がせっせと拾っていた。
深きもの達はというと、ダゴンの漁に巻き込まれ無いよう、ダゴンから十分過ぎる程距離を取って漁をしていた。
インスマス面や深きものの動きと表情がいつもよりぎこちないようだったが、ダゴンの規格外の漁にドン引きしているのか、それとも自分達が崇める存在が、こうして自分達と共に漁をしていることが信じられないのか。
まぁ、ダゴンとハイドラもこれからは村で一緒に生活を送る二人だ。これにはインスマス面も深きもの達も慣れてもらうしか無い。
悪鬼羅刹の如く腕を振り回し漁をしているダゴンを呼びたいが、彼に近づきたい者はいないだろうと思い、アルハードは自分で呼びに行くことにする。
「おーい! ダゴぶふっ」
思いっきり海水を浴びた。魚も何匹か直撃する。
(くくくっ)
「笑うなー!」
その惨事を見て笑ったのはナルだけであったが、思わず声に出して叫んでしまうアルハード。
インスマス面や深きものは笑っていなかったのだが、アルハードが叫ぶと気不味そうに顔を背けた。その中に肩がプルプルしているデリックがいた事をアルハードは見逃さなかった。
「おぉ、アルハード殿すまない」
特に申し訳なさそうな顔をするでもなく、簡単な謝罪の言葉を言っているだけの様子から、先程クティーラに臭いと言ったことの仕返しの様だった。
先程のは全面的にアルハードが悪く、ダゴンの娘大好き心がこの結果を生んでしまったのだろう。
アルハードはずぶ濡れになりながら、今回起こってしまった悲しみを甘んじて受け入れることにした。
「いや、漁の最中に迂闊に近寄ったりしたのが悪いしな……ちょっと聞きたいことがあるんだけど、今いいか?」
構わない。と言い海から上がってくるダゴンと一緒に、皆に話し声が聞こえない程度の場所へと移動する。
アルハードとしては聞かれても構わない気がしたが、聞きたいことというか物は一応禁書的な扱いをされているとナルから聞いたので、念のためといったところだ。
ダゴンに聞きたかったことは、深きもののことが追求されたと言われる書物『クタート・アクアディンゲン』についてだった。
この書物はどこにあるのか、もし持っているなら見せてもらいたいとアルハードは端的に伝えた。
拍子抜けなことに、ダゴンは『クタート・アクアディンゲン』を持っており、あっさりその書物を譲ってくれるとの事だった。この村を治める者に、我らのことを知ってもらえるということは僥倖だと言っていた。
「インスマス面や深きもの達について知りたいなどという酔狂な者が記したのだが、まさかこうして再び我らのことを知ろうとしてくれる人間に出会うとはな。長生きはしてみるものだ」
どこか遠くを見つめ、感慨深そうに語るダゴン。
アルハードは自分以外にインスマス面、深きものを知ろうとしていた者がいたことに驚いた。てっきり『クタート・アクアディンゲン』は深きものが書いたものだと思っていたが、実は人間が書いたという。
後で家までクティーラに届けさせるとのことだったので、お願いしてその場を後にした。
午後は新しく覚えた呪文の試し打ちをするために、ムーンビーストたちと荒野に魔物を狩りに行く。
ネクロノミコンを読み込み、新たに覚えた呪文は『破滅』という呪文である。
現状攻撃手段としてはムーンビーストの槍を投擲することと、触手による攻撃だけだった。相手を操る系の呪文もあるが、魔術的な攻撃手段が欲しかった。
『破滅』はその名の通り、相手を壊す呪文である。自分の身体の一部が相手の体内に入っていることが発動の条件。込める魔力量によって威力の度合いは変化する。呪文が効力を発揮するためには、相手の魔力量よりも自分の魔力量が多いことが必要である。
相手の体内に自身の体の一部が入っていないといけない。相手よりも魔力量が多くなくてはいけないなど、中々格上相手には使いづらい呪文であるが、アルハードには打ってつけの呪文である。
魔力量に関して言えばアルハードは自信がある。後は相手の身体に自信の身体の一部が入っていないといけないが、それに関しても硬質化した触手で貫くことで条件を満たせる。
触手での攻撃が出来るので、リーチがそれなりにあるということも利点になる。
威力は込める魔力量で変わるが、触手が相手の身体に入ってしまえばまずアルハードの勝ちが確定するという呪文である。
『破滅』の呪文はアルハードと非常に相性がいいと言えるだろう。
ネクロノミコンに書かれている呪文の数はそれほど多くはない。ナルはほぼ全ての呪文を使えるそうだが、教えてくれないので、他の魔道書と手に入れるか、知っている者に教えてもらうかしかなかった。
とりあえず威力がどの程度のものか把握したかったため、狩りのついでにやってしまうことにしたのだ。
体長三メートルほどの亀の魔物がいたので早速試すことにする。ムーンビーストたちには手を出さないように言い、一歩前に出て魔物と対峙する。
この亀の魔物は実験には打ってつけである。動きがそれ程早くはなく、アルハードの触手を引き千切れる力もないためである。甲羅にいくつも刺が生えており、その刺を飛ばして攻撃してくるのだが、それは簡単に防ぐことができる。
亀の魔物を触手で拘束する。即座に身の危険を感じた亀の魔物は甲羅の中に引っ込んだが、右の前足一本を拘束しそのまま触手を硬質化したため、右の前足は外に出たままだった。
硬質化させた触手を前足に突き刺し、『破滅』を発動する。
つぎ込む魔力量はそれ程多くなかったが、対象となった亀の魔物は突然苦しみだし、一際苦しそうな咆哮を上げると、そのまま黒焦げになり絶命してしまった。
「やばっ……」
想像していた以上に強力な呪文だった。
アルハードは思わず呟いた後に言葉が出ない。近くで見ていたムーン=ビースト達も、黒焦げになった亀の魔物を見つめているだけで何も言わなかった。
これはやばい呪文だ。
自身が放った呪文であったが、アルハードは危機感を感じてしまう。
呪文を発動する際、亀の魔物から抵抗を一切感じることはなかった。つまり、相手に触手を突き刺し、呪文を放てば確実に破壊できる。感覚としては内部からの破壊だった。
呪文の凶悪さもあるが、折角の獲物だったのに黒焦げになってしまっては食べられない。
(折角覚えたけどこの呪文は封印だな)
(何故です? あれ程攻撃呪文が欲しいと言っていたではありませんか)
(そうだけど……もうちょっとソフトなのっていうか、こんな無慈悲な呪文だとは思わなかったんだよ)
(アル・アジフには他に攻撃呪文は乗ってませんよ? あっても精神に攻撃するものだけですね)
(う~ん……それでも仕方ないかな……てか、ナルが教えてくれれば全て解決なんだけど)
(甘えは許されませんよ)
やっぱりナルは冷たいな。そう思いながら、アルハードは灰となった亀の魔物から触手を引き抜く。その先を見た時、アルハードは血の気が引いた。
亀の魔物に突き刺していた部分の触手が、亀の魔物と同じ様に灰になっていたからだ。
触手は損傷しても痛みは無い。なので、実際目にするまで気付かなかったが、どうやらこの『破滅』という呪文は、自身も破滅に導かれるらしい。
アルハードには触手があるからいいが、これがもし生身であったならば代償が大きすぎる。
この呪文は封印する。先程よりも強くそう思うアルハードであった。
新しい呪文の大体の威力は掴めたので、あとは食糧調達のために普通に狩りをする。
暫くは触手と槍の二つだけが攻撃手段になるが、槍でも十分過ぎる威力はある。狩りをするなら何の問題もなく、頼りになるムーン=ビースト達もいる。
そもそもアルハードは何かと戦うためではなく、村を良くするために行動している。旅を始めた当初は攻撃呪文が欲しかったが、今はそれ程でもない。どちらかと言えば、今は様々な技術を村に普及させることが大事だと思っている。
建築土木。衣類。料理。インスマスでは、王都で当たり前だったものが当たり前では無い。しかし、親の七光り小僧アルハードにはそんな技術も知識もない。故にアルハードには技術を普及させる事ができない。
インスマスの住人は食糧事情が解決されたことでかなり喜んでいるようであったが、アルハードはこの程度で終わらせるつもりなど無い。
技術を持った人間。魔族でも構わないが、そういった人材を集める必要がある。しかし、インスマスなんて辺境の地を訪れる者はいないだろう。
穀物や野菜などが作れない問題もだが、技術ある人材を集めることができないという問題もかなり深刻なのでは? というのが最近のアルハードの悩みでもあった。
村の長を任されたことで、より一層責任を感じてしまう。
とはいえ、アルハードに何かできるかと言えば何もできないので、ここはダゴンやハイドラなんかに相談しようと思う。
デリックなんか意外といい案を出してくれるかもしれない。
折を見て皆に相談してみよう。とりあえずは今日のご飯を狩りに行こう。アルハードはそう意識を切り替える。
王都にいた頃などは、誰かに相談するなんていうことは考えたこともなかったアルハードである。誰も自分の話などまともに聞いてくれない。そう思い込んでいたためだ。それ故に、相談相手がいるという今の状況は、アルハードが心の底で無意識に望んでいた状況なのだが、そのことにアルハードは気付いていない。




