13-2 クティーラとダゴン秘密教団
簡単に今後のことを話し合う四人。
いつアルハードがこの村を収めることになったかを皆に伝えるかとか、ダゴンとハイドラはそうなった場合どうするのかとか。
そして、もう一つお話があります。と言ってきたのはハイドラだった。
★☆★☆★
まだ何かあるのか? まさか、インスマスを大きくして、他の国を攻め落とすなんてそんなナルみたいなことを言い始めるのだろうか?
「実は私達には一人娘がいるのです」
娘? え、娘? まさかダゴンやハイドラみたいな巨大な深きものだというのか? とりあえず物騒な話じゃなくてよかったけど、ちょっと意外だ。
びっくりして目をパチクリしていると、ハイドラは話を続ける。
「あぁ、正確には私達の娘ではないですよ。育ての親というか、世話係のようなものです」
「ある御方の娘だ。それはそれは可憐だぞ」
ダゴンが続く。
か、可憐? 見た目で差別などする気はないが、深きものが可憐? ダゴンの美的センスは理解できそうにもないかな。
ちょっとばかり衝撃的である。村を収めるとか忘れそうになるくらい、可憐な深きものというのはどう想像しても思い浮かばない。
「娘? ダゴン様とハイドラ様に娘がいるなんて俺ぁ知らないぞ?」
どうやらデリックも知らないらしい。
「えぇ、デリックが知らないのも無理ないでしょう。あの子のことを知っている者は私とダゴン、それと古参の深きものなら知っているかもしれませんね」
要するに箱入り娘なのですよ。とハイドラは続けた。
「で、その箱入り娘がどうかしたのか?」
なんとなく本題を出し渋っている二人なので、先を促す。別に今日の予定は狩りに出かけることくらいしかなく、俺がいなくてもムーン=ビースト達は勝手に行ってくれるし、時間はたっぷりあるからいいのだが。
やがてハイドラは意を決したかのように語りだす。
「今、村は活気があっていい状態です。あの子にも自分たち以外の者とも関わりを持ってもらいたいのです。それに、なんと言いましょうか……彼女はどうしてか人間に憧れているような節がありまして」
「箱入り娘の深きものなのに人間に憧れてるのか?」
「その点は私達も何故なのかわからないのですよ。あの子は人間に会ったことは無いはずなので……」
うーん、このことについては本人に聞く以外わからないし、続きを聞いた方が良さそう。
「まぁそのことはいいや。でだ、その箱入り娘がどうかしたのか?」
「実は魔族が襲撃してきた際のアルハード様の活躍を聞いて興奮してまして、私も会いたいと、村で暮らしてみたいと言っているのですよ」
どんな風に伝わったかのか知らないが、ちょっとばかしこそばゆい。
まぁ会うのは構わないし、村で暮らしたいと言うのであれば、それも構わない。ただ、箱入り娘と聞いたので、もしかしたら貴族の子女みたいな子かもしれない。そこだけが少しばかり懸念材料である。
「別に会うのはいいし、村での暮らしがしたいんならいいんじゃないか?」
「そう言ってもらえると助かります。そろそろあの子を宥めることも限界だったので」
「今の村の状態ならば大丈夫そうだ。これもアルハード殿のおかげだ」
二人は非常に嬉しそうだった。どことなく、俺が村の主をやると言ったときよりも嬉しそうであった。それだけ娘のことを気にかけているというのが伝わってくる。
ハイドラがその娘を連れてくると言ったので、ダゴン、デリックとともに暫く待つ。
その間ダゴンが娘についていくつか話をしていたが、可愛いだの可憐だのと、まるで親ばかを隠そうともしない発言の連発だった。
少し堅苦しいイメージのあったダゴンだったが、実はそうでもないんだな。ただ、ちょっと親ばかが過ぎるのか、デリックが引き気味だったことを俺は見逃していない。ダゴンは話に夢中で気づいていないようだったが。
ダゴンの親ばかっぷりに辟易していると、二人の声が聞こえてきた。
片方は先程まで話していたハイドラの声である。そしてもう一つは、二人の娘であろう可愛らしい声だった。
えっ? 可愛らしい声?
そんなバカな。深きもの達は総じてしゃがれたような声だったはず。なのに、俺の耳がおかしくなったのでなければ、岩陰の向こう側から聞こえてくる声は、確実に可愛らしい声だ。
可愛らしい女の子の声。少しばかり幼さが残るような甲高い声だった。
「早くしなさいクティーラ、あまり長くアルハード様をお待たせする訳には行かないでしょう?」
「ま、待ってよハイドラ! まだ心の準備が……」
「あんなに会ってみたい。お話してみたいって大騒ぎしてたのに何を言っているの?」
「それとこれとは話が別だってば」
半ば無理やりと言った形でハイドラが岩陰から姿を現す。クティーラと呼ばれた子はハイドラのその巨大な脚に隠れるように出てきた。
「お待たせしてしまい申し訳ありません」
「いやいいよ、ダゴンと話してたから気にしてないよ」
嘘だ。本当はダゴンの親ばか話しに少しばかり嫌気がさしていたのだが、今はそのダゴンが愛してやまない娘が目の前にいるのだから、そんなことは口が裂けても言えない。
クティーラと呼ばれた子は未だハイドラの後ろに隠れており、その姿は見えない。
深きものは殆どと言っていいほど見た目に違いがない。あるのは身体の大きさとか、筋肉の付き具合であり。基本的に食事を多く摂っていると身体は大きくなり、食事を摂らないと萎んでいくのである。
今はアルハードのお陰で食糧事情がかなり改善されたため、村に住む深きものは、アルハードが出会った当初よりも、一回りほど身体が大きくなっていた。
ともあれ、可愛らしい声には驚いたが、深きものの見た目はそう違わない。少しばかり小柄な深きものがクティーラと呼ばれる子なのだろう。
今ではすっかり深きもののしゃがれた声も聞き慣れたので、こんな可愛らしい声の深きものは逆に違和感を感じてしまう。
というよりも、ぶっちゃけすげーシュールだ。
俺がそんな失礼なことを考えていると、早く出てきなさいというハイドラのプレッシャーに負けたのか、クティーラと呼ばれる子は、おずおずと姿を表した。
「……………………っ」
言葉が出ないとはこのことか。
深きものと同じ容姿の娘と予想していた。しかし、ハイドラの巨大な脚の影から出てきた女の子は、とてつもなく可憐だった。
星の数ほどの人が行き交う王都でも中々お目にすることができない。肩の下ほどまである水色の髪は、太陽の光を浴びてキラキラと輝いているし、水色の瞳はやや幼さを感じさせる目元の奥で煌めいている。身長は俺よりもやや低いくらいで、見た目の年齢的には十五、六歳ほどに見える。綺麗というよりも可愛いという言葉が当てはまる。
嘘だろおい。俺は何か、視覚を狂わせられる魔法にでもかかったのか?
目の前の少女を見て言葉が出ない。
場を沈黙が支配しているところを察するに、デリックも言葉が出ないのだろう。
だってそうだろ? 俺がここ数十日間見てきた者は、魚っぽい顔したインスマス面と、更に魚に近づいた顔をした深きものと、最早化け物としか言いようがない、悪夢に出てきそうな異形なムーン=ビーストだぜ? そいつらに囲まれて生活をしていれば感覚も麻痺するってものだろうけど、どうやら俺は、まだまだ正常な美的感覚を持っているようだ。
だって、目の前の女の子めっちゃ可愛いもん。
自信が姿を表したことによる沈黙に耐えきれなかったのだろうか、目の前の少女は不安げな視線を彷徨わせていた。
しまった、何か言わないといけない。
こういう時はなんて言えば良いのだろうか? 自己紹介? 挨拶?
頭の中がパニックになってしまう。
俺はこういった不測の事態に弱いのかもしれない。王都で情報収集するときも、初めての時は名前を聞かれて咄嗟に対応できなかったし、頭の中がパニックになった時に冷静になれない。
と、ここまで考えた時に、いや違う。今の俺にはあの時の経験がある。冷静になれ、こんな時はどうするのがいいのだろう。
とは言え俺は同世代の女の子と楽しく会話などしたことがない。しかし! 少なくとも俺には女の子の気持ちがわかるはずだ! なぜなら屋敷でメイド達が話していたのを聞いたことがあるからだ! 活路は見出されたも当然だ。
あれは確か――。
(あまりその回想が長くなるようであれば、その記憶だけ私が消去してあげますが)
(おい馬鹿やめろ! 今の俺にはこの記憶が頼みの綱なんだ! てか人の思考を除くなよ!)
横槍が入りそうだったが、なんとか黙らせる。
そう、あれは確か屋敷の廊下でメイド達が雑談してたことだったが――。
(彼氏が私の事全然可愛いって言ってくれないの)
(なにそれひどー!)
(だから私聞いたの、私の事全然可愛いって言ってくれないんだけど、私可愛くない? って)
(それってちょっと面倒くさい女じゃない?)
(そう思ったんだけどね、我慢できなかった)
(うんうん、わかるわー。それでそれで?)
(そしたら彼ね。可愛いって思ってるけど、恥ずかしくて中々口にできないんだって)
(うっわ、出たよ)
(ね、酷いよね。可愛いって思ってるならちゃんと言ってくれないとわからないよ)
(だよねー! 男ってそういうとこわかってない!)
(でもね、それからは可愛いって言ってくれるようになったんだ!)
(結局惚気かよー、いいなー)
っと、こんな感じの会話だったな。
つまり、可愛いと思ったなら素直に可愛いと伝えると、女の子は喜ぶ。
成長の証が見て取れる。そんな自分を褒めたい気分だ。
よし、まずは思っていることをストレートに伝えよう。初対面で褒められて、嫌な印象を与えることはないだろう。そういった点でもこの作戦は上手くいくはずだ。
満を持して俺は口を開いた。
この口から出た言葉を俺は呪った。
クティーラの可愛さに見惚れていたことも、何か言わねばという焦りも、冷静になれた自分の成長に驕っていたことも、いざ可愛いと口に出すのはやはり恥ずかしいと感じたことも、その全てが失敗へと導いたのだ。
「臭いな」
可愛いなと口にしようとした俺の言葉は、それはそれは酷い言葉だった。
初対面の女の子に向かって、臭いなどと許される言葉ではないだろう。恐らく、来世の来世、その先の未来まで、あの時言われた言葉は忘れない。そう言われてしまってもおかしくない言葉だ。
言い訳をさせてくれ。
そんなことを口にするつもりなどなかったし、本心は可愛いなと思っていたのだが、ここ最近はあまり嗅ぐことのなかった魚臭さが、ダゴンとハイドラ相手に我慢できていたものが限界になっていたのだ。
水色の女の子。クティーラは一瞬驚いた様な顔をし、次第に悲しそうな顔になり、ついには声を殺して泣き出してしまった。
ダゴンとハイドラが殺気立つのがわかった。
ハイドラは静かな怒気を目に宿し、俺を射殺さんとばかりに絶対零度の視線を向けてくる。ダゴンに至っては、き、きき、貴様ああああああああああああ! と今にも飛びかからんばかりであった。
普段は気さくなデリックも、そりゃないぜと顔が言っていた。
俺は慌てて弁解をする。もちろんジャンプしたままの勢いで額を地面にめり込ませ、ダゴンとハイドラに殺されるよりも早く言葉を繰り出す。
「ま、待て! 待ってくれ! いや待ってください! というよりごめんなさい! 俺の話を聞いてください!」
決して悪口のつもりで言ったのではないこと。最近のインスマスの住民や深きものはアルハードが教えた生活魔法により臭いを抑制している。その為、久しぶりに感じた臭いに思わずそう言ってしまったことを謝り倒しながら言った。
とにかく謝り倒した。人生でこれ程までに謝罪の言葉を述べたことはない。
本心は可愛いなと思ったと言ったところでなんとか泣き止んで貰えた。そして、臭気抑制の生活魔法を教えることと、人間について話をすることで許してもらえた。
もうね、元凶というか全ては俺が悪いんだけど、生きた心地がしないとはきっとこの事だろう。
その後は改めて自己紹介をする。
水色の女の子はクティーラという名前で、さるお方の娘としてダゴンとハイドラによって育てられていると教えてもらった。これからはインスマスで生活したいということ、人間に興味があるということ。
恥ずかしがり屋なのか、一度も俺と目を合わせようとしなかったが、その割には饒舌だった。ダゴンとハイドラ以外の話相手が出来たことが嬉しかったのだろうか?
時折ブツブツと、俺に聞こえないように何かを言っては、小さく拳を作っていた。まさかさっきのことがまだ許せず、思い出しては怒りを滲ませ拳を握っていたのだろうか。
けれど、悪いのは俺だったので、握りしめた拳が飛んで来ても甘んじて受けようと思う。
幸い拳が飛んで来ることはなく、お互いのことを少しばかり話した程度だった。
これからは俺が話し相手になっていこうと思う。可愛い女の子とおしゃべりが出来ることは俺も嬉しいし、最悪の第一印象をなんとしてでも挽回したい。これからインスマスで一緒に生活を送っていく仲間なのだから。




