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ネクロノミコン~神話生物と暮らす~  作者: @素朴
第二章
20/60

12-1 奇妙な共同生活

 突如襲ってきた魔族を撃退したことにより、アルハードはこの辺境の地インスマスで英雄的な扱いを受けるようになった。とはいったものの、インスマスは非常に貧しい村であり、英雄と言えども特別な待遇を受けることもなく、またアルハード自身がそれを固辞していた。


 アルハードとしては、インスマスの住人達とは対等な関係でいたいと思っていたため、特別扱いをされることを拒んだ。


 しかし、完全に特別扱いされないなどということは不可能な話であり、その象徴としてアルハードには五十にも及ぶ従者が付いていた。言わずもがな、ムーン=ビースト五十体である。


 魔族を撃退するにあたってアルハードが召喚したムーン=ビーストだったが、彼らは事が終わった後も退散することはなく、アルハードに付き従いたいと言い、現在はアルハードと共に行動している。アルハード自身は手を貸してくれたムーンビースト達を従者として扱うのにはやや抵抗があったが、ムーン=ビースト達の希望を叶える形で従者ということにした。このことはムーンビーストをよく知るナルが驚いていた。


 アルハードは西側の村の外れにと言ったが、そこには住めるような場所もなく野宿上等で考えていたのだが、インスマスの住人達が恩人に対してそれはできないと、しかし今現在この村にある家は全て埋まってしまっており、劣化が進んだ空き家はとてもではないがすぐにでも崩れそうだった。なによりアルハード達は五十一人という大所帯でもあったため、普通の家には住めそうもなかった。


 そこで、しばらくは教会を使っても良いという許可を貰うことができた。


 人が生活をするための道具は揃っていないが、雨風を凌げるだけでも十分だとアルハードは喜んだ。


 アルハードだけはインスマス唯一の宿屋に入ってもいいと打診されたが、ムーン=ビーストに対してまだ怯えが残る住人のことを考えると、ムーン=ビースト達と一緒に生活したほうが良いだろうという結論に落ち着いた。


 当面やることとしては家を建てることと、食糧の確保である。ムーン=ビースト達は一度食事をすればしばらくは食べなくてもいいと言っていたので、今はそれに甘えることにする。五十人分を毎食用意することは骨が折れるし、インスマスは非常に貧しく十分な食糧の備蓄もなかった。しかしいつかは毎食食べられるようにしたいと思う。


 インスマスでの食糧事情はあまり良いとはいえない。インスマス面達も食事はするが、この村で自給自足が可能なものと言えば魚しかない。野菜は皆無で主食は魚。肉も干し肉があれば良い方。申し訳程度に耕作している麦からパンを作る程度である。その麦も毎食パンが出せるほどではない。その原因としては痩せた土地ということだろう。調理方法も焼く、煮る、干したものを焼くくらいしかないので、結果として非常に残念な食卓になってしまうのだった。それ故に彼らは腹を満たすという意味合いでしか食事を摂らない。毎食魚は飽きると言っていたが、深きものにまで進化を遂げれば、多少味覚が改善され魚だけでも十分満足できるようになるそうだ。


 食糧については今までどおりメインは魚にすることにした。魚であれば北側に広がる広大な海から深きもの達が採ってきてくれるし、現状この痩せた土地で野菜や麦を大量生産するのは無理であるからだ。しかしムーン=ビースト達が思いの外強かったため、彼らの槍投げ攻撃を狩りに利用することで、荒野を闊歩している魔物であったり、今までは倒すことのできなかった大型の魚介類を狩ることができた。


 インスマス面達は最初こそ魔物を食べるということに忌避感を持っていたようだったが、アルハードが気にせず食べているのを見て、今では魔物を食べるということにあまり抵抗はなさそうだった。


 そのおかげで食糧は十分な量確保することができるようになった。大型の魚介類は非常に美味しかったし、肉を食べる機会が増えたことがインスマスの住人から喜ばれたのは良いことだろう。


 住むところに関しても、いつまでも協会に居座るわけにもいかない。アルハードはどうしたものかと悩んでいたところ、デリック――アルハードが魔族の魔法から守ったインスマス面――が、インスマスに移り住む前は大工の見習いをしていたというインスマス面を連れてきた。


 アルハードがインスマスの英雄ということもあり、人手さえあればなんとか新しい家を作ってくれるという。


 初めは迷っていたアルハードだが、大工見習いのインスマス面の熱意に押し切られ、結局お願いすることとなった。その代わり人手がいるということだったので、ムーン=ビーストを二十体程彼の部下にすることにした。大工見習いのインスマス面を棟梁に据え、ムーン=ビーストたちと協力しながらアルハードの家造りは行われた。


 アルハードはというと、残ったムーン=ビーストたちと共に荒野に狩りに行く日々が続いていた。


 食糧の確保という名目の元、アルハードは先の魔族との戦いで判明した自分の力がどの程度のものかを把握するために荒野に繰り出していた。


 ちなみにムーン=ビースト達の統率はアルハードがとっているわけではなく、魔族の襲撃の際アルハードに力を貸したムーン=ビーストが行っている。どうやら一番初めにアルハードに力を貸した個体ということで、他のムーン=ビースト達から一目置かれ、今ではムーン=ビーストのリーダーとなっている。


 正直誰かを指揮することなんてやったこともないアルハードは、かなり助かっているが、そのことを表に出したりはしていない。


 荒野で大型の鳥の魔物に出くわす。その翼を広げればゆうに五メートルはあろうかという、まさに怪鳥と呼べるに相応しい魔物だ。


 近くにいたムーン=ビーストが粒子化してアルハードの中に入っていく。その後は槍を作り出し投擲。


 全力で投げればあの魔族のように木っ端になると思い、ある程度手加減をして投げるが、怪鳥はそれを避けることもできずに貫かれる。無残にも地面に墜ちた怪鳥を、ムーン=ビースト達が回収しに向かう。


 今日の成果としてはこの怪鳥が二体である。淡白だが癖がなく食べやすいため、インスマス面達にも人気の魔物である。


 と、そんなことは置いておき、アルハードは今の結果の考察に入る。


(ムーン=ビーストの筋力ってのはすごいな……今だいぶ加減して投げたはずなんだけど、あの鳥を一撃で倒せるなんて)


 実はインスマスへ向かう最中にも、あの怪鳥と対峙したことがあった。


 その時は遠距離による攻撃方法がなかったため、実は敗走もとい逃走していたのだが、ムーン=ビーストの槍で一撃で倒せてしまった。なんとなく複雑な気持ちになったが、アルハードの触手攻撃は近距離から中距離が最適であり、超近距離や遠距離を得意とする相手には分が悪かった。


(遠距離での攻撃が可能になったことは大きいな)


 戦略の幅が広がったことは確かにアルハードにとって大事だが、今のところ狩り以外での使い道はない。とはいえ、その狩りで食糧を確保することは、インスマスの住人のためにもなるので、アルハードからすれば満足のいくものだった。


 王都ではおちこぼれと呼ばれたアルハードだったが、このインスマスでは英雄扱いであり、住人の役にも立てているので、居心地が良かった。


 また気難しいと言われていたインスマス面や深きもの達も今ではアルハードに対する警戒はなく、結構気さくな感じで接してくれていることも、アルハードにとっては嬉しいことだった。


 そんな感じでインスマスの住人やムーン=ビーストと親交を深めていく中で、どうしても看過できない問題があった。


 インスマスの住人や深きものにとってはムーン=ビーストが召喚された瞬間から、アルハードにとってはこの村に足を踏み入れてからずっと続いている。


 その内に慣れるだろうと思っていたが、そんなことは一切なく、慈悲のない現実は続いていた。


 それは臭い。


 インスマスの住人は非常に魚臭く、ムーン=ビースト達は硫黄を更にひどくしたような刺激臭がするのだ。


 ムーン=ビースト達は特に気にしていないようだが、インスマス面の連中や深きものたちは中々に辛そうである。一応ムーン=ビースト達もインスマスの住人からしたら恩人なので、あまり露骨ではないが、時折顔をしかめているのを何度か目撃している。


 かくいうアルハードも辛いのだ。家や食糧も大事だが、これはなんとしても改善しなくてはいけない問題だと思った。何よりそろそろ我慢の限界である。


 そこでアルハードはあることを思いつく。生活魔法を彼らに覚えさせるということを。


 生活魔法の中には臭気抑制という魔法があったことを思い出したのだ。臭いを抑える魔法。主に臭いがきつい場所や、何日も水浴びができない状況にある者が使う魔法。


 生活魔法であれば精霊の力を借りないため、アルハードにも使える。初等教育で魔法に馴染むために、まずこの生活魔法を覚えるのである。


 アルハード自体生活魔法を馬鹿にしていたのもあるし、インスマスの住人達が魔族戦で魔法を使っていなかったことや、普段の生活を見ていても生活魔法を使っていなかったことからその存在を忘れていたのだった。


 これは早急に臭気抑制を皆に覚えてもらう必要がある。しかしここで大問題が発生した。


 なんとアルハードは生活魔法が使えないのだった。使えないというよりかは、覚えていないのである。


 王都の学園に通うものであればまず初めに教わる魔法であったし、学園に通えない貧困層であっても生活の中で身につく魔法なのだが、生活魔法なんて必要ないと思っていたおちこぼれの公爵家次男様は、生活魔法を何一つ覚えていなかったのだ。


 あの頃の自分を殴り飛ばしたい。正座をさせコンコンと生活魔法の重要性を説き、何が何でも覚えるように言い聞かせたくなる気持ちになるが、そんなものは時すでに遅すぎた。


 過去の自分の愚かさと、耐え難い悪臭という二重の意味でうんうん唸っているアルハードの元へ、この状況を打開してくれる勇者もとい、あの老人がやってきた。


 場所は老人と初めて話したあの岩礁の近くである。


「なんじゃ小僧、見かけん顔だな」


 気配を感じさせることなく近づいて来た老人にビクッとしながらも、その顔を見るといつぞやの勇者に憧れた老人だとわかり安堵する。


「あぁ、おじいさん、お久しぶりです」


 お久しぶりという言葉に首を傾げる老人。それを見てアルハードは納得する。そういえば、この老人と対面した時は旅人風の姿に変身していたなと。


「おっと、失礼。この前おじいさんの英雄譚を聞いた者です――確かこの姿でしたよね」


 指を鳴らし、旅人風の姿へと変身する。


 それを見た老人は一度大きく目を見開いたが、すぐにいつもの柔和な笑みへと戻る。


「こりゃたまげたわい! それは特異体質か何かかのう?」


「まぁそんなところです――っと、本来の姿はこっちですよ」


 特異体質というわけではないが、話せば長くなるので今はそういうことにしておく。


 本来の姿に戻り、改めて老人と向かい合う。


 基本的にアルハードの話し方はガサツというか、貴族のそれではない。それでも一応は貴族の身分であったため、目上の人に対してはある程度節度をもった話し方をする。


 それが例え、勇者を偽る? 英雄譚を披露するボケかけの老人だとしてもだ。


「おぬし今すごく失礼なことを考えていなかったか?」


「い、いえいえそんなことないですよ!」


 意外と鋭いところのあるこの老人。多分ボケてはいないと思う。


「まぁいいわい。それにしても、あの青年が本当はこんなちんちくりんな小僧とは思わなかったわい」


 ちょっとした仕返しなのだろうか、背が低く、童顔なアルハードにはちんちくりんなという言葉は意外とダメージがデカイ。老人に聞こえないことをいいことに、ナルが笑っている。


「これから成長するんですよ!」


 ついムキになってしまうところが、アルハードの心がまだまだお子様だという照明になるとは、アルハード自身気づいていない。


「まぁそんなことはどうでもいいわい。それよりおぬし、まさか本当にこの村に住み着く気なのか?」


「えぇ、まぁ、ここのやつらも意外と気のいい奴らですし、自給自足の生活も悪くないですしね」


「ほぅ、ワシが言えたことではないが、変わっておるのう」


 本当に爺さんが言えたことじゃないな。とは心の中で呟く程度に留め、曖昧な笑顔を浮かべる。


「ところでな、最近なんだか妙に臭いのだが……そう、卵が腐った臭いを更に強烈にしたような、そんな臭いが漂っておるのじゃが、おぬし何か知らんかの?」


 ギクリとする。


 その臭いの原因はまず間違いなくムーン=ビーストだろうと思うアルハードだが、そもそもの根本的な原因はアルハードがムーン=ビーストを召喚したことにある。


 この老人、何か心当たりは無いかと聞いてきているが、確実にわかっていて聞いているのだろう。


 いくらインスマスの住人と不干渉とはいえ、村の中に化け物じみた姿形をしたムーン=ビーストが闊歩していれば、嫌でも目につくというものだ。


 アルハードの目が泳ぐ。さて、なんと言い訳をしたものかと考えていると、老人が先に口を開いた。


「ま、大方予想は付いとる。最近村に住み着いてる化け物どものせいじゃろ?」


「あ、あはは……はい、すみません」


 どうあがいても分が悪いのはアルハードであり、自身のしでかしたことでこうして人様に迷惑がかかってしまっている以上、素直に謝るしか無かった。


「なんでおぬしが謝るのじゃ?」


「いやーなんと言いますか……奴らは俺の従者と言いますかなんと言いますか……」


「ほう! なんじゃおぬしすごいのう! 特異体質に更にあんな化け物どもを従えるとは! なんじゃ、この村で戦争の準備でもしているのか?」


 戦争という単語が出た際に、老人の目つきがやや変わった。そのことに少し気圧されたアルハードは慌てて弁解をする。


「い、いや、俺は別に戦争なんかするつもりはないです! ただ普通に暮らしたいなーっと……」


「普通に暮らしたいとな? この村で普通に暮らすとは……おぬしはやはり変わっているのぅ、もしくは本当に頭がおかしいのか?」


 何がそんなにおかしかったのか、老人はゲラゲラと笑い始めてしまった。


 変なことなんて言っていないと思っているアルハードは、その姿に少しばかりムッとするが、棺桶に片足突っ込んでいそうな老人にキレるなんてそんな大人げない真似はできないと、なんとか言葉を飲み込む。


 一通り笑った後老人は、じゃが、と言葉を紡ぐ。


「こんなに酷い臭いの中では普通の暮らしなんぞできまい」


「そうなんですよ……せめて臭気抑制が使えたらと思うのですが」


「なんじゃおぬし、生活魔法も使えんのか?」


 小馬鹿にしたような、呆れているような、驚いているような、そんないくつもの感情が混ざった複雑な面持ちで老人が言ってきた。


 アルハードは悔しい思いをなんとか噛み殺し、もしかしたらこの老人は臭気抑制が使えるのかもしれないという考えに至る。


 藁にも縋る思いでそのことを聞いてみる。


「もちろん使えるぞ、あんなもの基本の基本じゃろ」


「神様!」


 手を組みお祈りのポーズで叫ぶアルハードに、流石の老人も若干引き気味であったことは、テンションの上がったアルハードには気づくことはなかった。

せっかくなので、キーワードに星球大賞2を付けてみました。

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