11-1 『インスマス』の英雄
アルハードと『ムーン=ビースト』、『深きもの』が共闘し魔族を倒している隙に、負傷した『インスマス面』達は戦線を離れ、この村で唯一『インスマス面』全員が集まれる教会前の広場で治療をしていた。
治療と言っても、光属性である治癒の魔法が使える者はいなかったので、傷口を洗い流したり、止血したりする程度だった。
一方魔族を撃退した後アルハードは、『ムーン=ビースト』達と共にまだ砂浜にいた。
アルハードの横には、先程力を貸してくれた『ムーン=ビースト』が辺りをキョロキョロと見回し、一応警戒しているようであった。他の『ムーン=ビースト』達は各々雑談をしている。
『深きもの』達は、海面に散らばっている魔族の残骸を処理しているようだ。どうやら沖の方へと運んでおり、ある程度の場所まで運ぶとそこに置いて戻ってくる。それの繰り返しだ。
沖には雑食で巨大な魔物がいるため、それらに残骸を食べさせ処理しているようだった。
アルハードはというと、砂浜に仰向けで寝そべり、ぼーっと朝日が差す空を眺めているだけだった。
疲れた。というのがアルハードの率直な感想だった。身体的にも疲れが溜まっているが、精神的疲労がそれに勝っている。
やっとのことで辿り着いた『インスマス』では、そこの住民である『インスマス面』に襲われて、自分を襲っていたはずの『インスマス面』は魔族からの襲撃を受け、『インスマス面』と『深きもの』を守るため百以上いる魔族に立ち向かい、『ムーン=ビースト』という異形の化け物を召喚し魔族を全滅させた。
これを一晩でこなしたアルハードの精神は摩耗の一途を辿っていた。
打算的な考えがあったとはいえ、ちょっと無茶しすぎたなと、やや放心していた。しかし、そんな放心も長くは続かない。『ムーン=ビースト』達から発せられる硫黄のような臭いが、そのまま放心を続けさせてはくれなかった。
くっせぇ! と半ば悲鳴のように叫び、ガバリと身を起こしたアルハードに声がかけられた。
声の主は、包帯が無かったのか腕に割いた布を巻き付けている『インスマス面』だった。
基本的に『インスマス面』は判別がしづらい。そのため、今声をかけてきた『インスマス面』がアルハードにはどこどこの誰々さんかわからないのも無理はない。以前あったことがあるのか、それとも初対面なのか。
「おい旦那、聞こえてるか?」
「あぁ、聞こえてる聞こえてる……あんた、俺と会ったことある?」
アルハードの不躾な質問に、一瞬眉をひそめる『インスマス面』だったが、すぐに質問の内容に気がついたのか、魚面をニヤリと歪める。
「はっは、俺たち『インスマス面』はわかりづらいもんな! 旦那と会ったことはあるぜ、村の中でと、さっき魔族の攻撃から守ってもらった時と、今で三回だ!」
そこまで聞いたアルハードは、村の中で自分に警告をしてきた柄の悪い三人組の真ん中にいた『インスマス面』だと思い至った。そう言われてみれば、なんとなく目元が一緒のような感じがした。
「俺はデリックって言うんだ、さっきは助かったぜ」
礼を言うデリックと名乗った『インスマス面』は、昨日初めて会った時の喧嘩腰の姿勢ではなく、助けてもらったことに対して心から礼を言っているようだった。
相手が名乗ってきたのだから、自分も名乗るべきなのだろうが、果たして本名を言ってもいいものかアルハードは迷っている。
アルハードという名前は決して珍しいものではなく、ボールドウィンと名乗らなければ大丈夫だろうと思い、更にもしアルハードと名乗って怪しまれるようでは、どちらにせよこの村に滞在することは無理だろう。そう結論づけ、名乗ることにした。
「デリックか、俺はアルハード、お互い無事で何よりだよ」
「はっはっはっ、あんな化け物連中を引き連れてるあんたが無事じゃなかったら、とっくに俺達は全滅してるところだ、本当に助かったよ」
そう言いながら差し伸べられた手をアルハードは握り返す。魚を直接触ったような、人間とは違った弾力を手のひらに感じるも、ヌメリのようなものはなかったので不快さはなかった。
デリックはそのままアルハードを引き上げ、立たせる。
「すまんが、命の恩人に皆お礼を言いたいそうなんだが、何分怪我人が多くてな……死にはしないが動けない者が何人かいる。今教会前の広場で治療しているところなんだが、旦那が良ければ皆のところに来ちゃくれないか?」
デリックが言うには、今教会前の広場にはこの『インスマス』の住人の殆どが集まっているそうで、皆村を救ってくれたアルハードにお礼を言いたいのだと言っている。アルハードとしても、お礼云々は別にどっちでも構わないが、話を聞いてもらうのにより多くの村人に聞いてもらった方がいいと思ったので、快く了承する。
デリックと共に教会へと向かう。何故か『ムーン=ビースト』達は役目を終えたのに帰ろうとはせず、アルハードに着いて来たがったので、一緒に教会へと向かうことにした。
大所帯になってしまうが、デリックからしても『ムーン=ビースト』達は、アルハード同様『インスマス』を救ってくれた恩があるので、特に何も言うことはなかった。
『ムーン=ビースト』達にはくれぐれも『インスマス面』や『深きもの』達には手を出すなと言い聞かせる。彼らにもその気は無いようで、大人しくアルハードに着いていった。
道中デリックが、昨日の不躾な態度を謝罪してきた。
「昨日はあんな態度と取ったりしてすまなかった。俺もそうだが、この村の住民達は皆よそ者を嫌うんだ。なんせこんな見てくれだからよ、風当たりがきつすぎるから、自分達を守るにはああするしかなかったんだ」
もう一度、すまなかった。と言いデリックは頭を下げてくるが、そのことに関してアルハードは特になんとも思っていなかったので、気にすることはないと笑顔で返す。
「あんたらの気持ちも少しくらいはわかるから、気にすることはない。というよりも、昨日の夜なんかあんたのお仲間に襲撃されてるんだ、あのくらいの態度なんでもない」
魔族の襲撃で忘れかけていたが、アルハードは昨夜『インスマス面』に襲撃されている。それに比べたら昼間のデリックの態度などなんでもないことのように思えた。しかしデリックはというと、その話を聞き、グッと息を詰まらせると、苦虫を噛み潰したような表情になる。
「そう……だったな。まず先にそのことを謝罪しなきゃだった。重ね重ねすまなかった! 不問にしてくれとは言わない、罰を与えるというのであれば甘んじて受け入れるし、何か償えることがあれば俺が償う」
教会へ向かう道中、デリックと話をしていく中でアルハードは、目の前の『インスマス面』は非常に仲間思いであり、よそ者に対して強く当たってしまうのは、今は環境がそうさせているのであって、本来ならば実直な性格なのだろうと思った。
アルハードとしても別に罰を与えるつもりもないし、そうであればそもそも助けたりなんてしなかったので、この件に関しても気にしてないと返事をするだけだった。
アルハードが気にしていないと言うと、デリックはその大きな目を更に見開き、すまない、ありがとう。と気まずげに言うだけであった。
やや気まずい雰囲気の中、どちらも言葉は発さず、教会へ向かい黙々と歩いて行く。
(気まずい……なんかこの村に住まわせてくれって言える雰囲気じゃなくなっちゃったんだけど)
無言の空間に耐えきれなくなったアルハードは、心の中でナルに話しかける。
(アルが気にする必要はないですよ。気にするのはそこの『インスマス面』がすればいいことです)
(そうは言ってもさ、ほら、俺って繊細な心の持ち主だし)
(アルは冗談が上手いですね)
冗談で言ったわけではないのだが、ナルにはそう捉えられてしまったようだ。
アルハードとしては内心面白く無いと思いながらも、ナルに口で勝てる気がしないので、それ以上言うことは止めた。代わりにナルからある提案がされる。
(そこのデリックとかいう『インスマス面』はかなり気にしているみたいなので、逆にそれを利用させてもらいましょう)
どういうことかとアルハードが聞くと、ナルが作戦を説明してくれる。
作戦と言うほど緻密なものでもないが、ナルによると、デリックはアルハードにした数々の無礼をよく思っていない。なので、その心に浸け込んでアルハードをこの村に住めるように住民を説得させるのに使うというものだった。
デリックは皆を説得することで、先の件の償いをすることができるし、アルハードもこの村に住めるようになるので、お互いに益があるとのこと。
アルハードはというと、なんかそれ相手の弱みにつけこんで狡くない? と思ったが、深く考えることは止めた。なんとなく、勢いに任せた方がうまくいきそうな気がしたからだ。
意を決してデリックに声をかける。
「なぁデリック、ちょっとお願いがあるんだけど」
「な、なんだ!? 俺たちにできることがあるなら言ってくれ! 精一杯なんとかするからよ!」
アルハードのお願いという言葉に、思った以上にデリックは食いついてきた。
なんとなく察しているデリックの性格からも、ここはあまり隠し事をせず、真っ直ぐ言葉をぶつけた方が良さそうだとアルハードは思った。
「あんた達がよそ者を嫌うことは承知の上でのお願いなんだけど、俺をこの村に住まわせてはくれないか?」
アルハードのお願いを聞いたデリックは驚いたような表情を見せた後、やや難しそうな顔になる。
「この村にか? 見ての通りこの村はよそ者に対してかなりきつい。そうでなくてもこんなに寂れた村だぞ? そんなところに住みたいって」
「あぁ、いや、実は俺追われている身なんだ。だからこそこの閉鎖的で辺境にあるこの村がいいと思ったんだ」
追われている身という言葉を聞いたデリックが訝しげな目で見てくる。そりゃ知り合いでもない追われてる奴なんて匿いたくないだろう。しかしアルハードは気楽に考えていた。絶対に『インスマス』に住みたいというわけではない。住むことを拒否されても、先の件で彼らの自分に対する感情は決して悪いものではないだろう。ならばこの村を発つにしても何かしらの援助くらいは貰えるだろうと、そう思っていた。
実はこの姿は仮の姿でな、本当の姿はこれなんだ。そう言って指を鳴らす。別に指を鳴らす必要はないが、なんとなくだ。
アルハードの姿が旅人風の男から元の姿に戻る。その光景にデリックは驚いているようだ。
「こんなお願いをしているんだ、姿を偽ったままってのはよくないよな……それで、もう一度お願いするが、俺をこの村に住まわせて貰えないか?」
デリックにはやや逡巡するも、何かを決心したかのような表情になる。
「よしっ、旦那がいなきゃこの『インスマス』の連中はみんな死んでた。何より俺の命は旦那に助けられた。夜中に旦那を襲ったにも関わらずだ! その償いもしたいし、旦那がこの村に住めるようみんなまとめて俺が説得してやる!」
俄然やる気になったとばかりに、デリックは拳を握る。
思った以上にスムーズに話が進み、アルハードとしては少しばかり拍子抜けだったが、なんとかなりそうなのかと期待せずにもいられなかった。
アルハードが追われている身だと言っても、デリックはそれを追求することはなかった。アルハードに対して負い目があるからなのか、それとも命の恩人の素性をいちいち詮索するようなことを嫌ったのか、とにかくアルハードにとっても、最もデリケートに扱う必要のある事柄に目を瞑ってもらったことは僥倖であった。
『深きもの』達を呼んでくると言ってデリックは海に走って行ってしまった。『インスマス』には背の高い建物がないので、村の何処にいても教会の尖塔は見えるため、道に迷うことはない。
『ムーン=ビースト』達と共に教会を目指す。
教会前の広場には数多くの『インスマス面』がいた。治療を受けている者や、横になっている者。忙しなく動き回っている者等だ。
こうして見ると殆ど区別が付かない。
『インスマス面』達はチラチラとアルハード達を伺っているが、誰一人として話しかけてくる者はいない。興味深そうにアルハードを見てくる者や、『ムーン=ビースト』が怖いのか、それとも臭いからなのか表情が固い者もいる。
今は元の姿に戻っていたので、アルハードが誰なのかわかっていない様子である。先程『ムーン=ビースト』を従えていたのは、旅人風の男であったが、今は子どもにすらも見えるアルハードだったので、それ故の視線なのかもしれなかった。
若干の居心地の悪さを感じつつ、デリックが来るのを待つこと十数分。多数の『深きもの』を連れてきたデリックが合流する。
「みんな! この人がさっき村を救ってくれた人だ!」
デリックが大きな声で皆にそう言うが、アルハードの容姿が変わっていることで、大半の者が難しい顔をしてアルハードを見ている。
「みんなが怪しがるのも無理ないな。この人は実は追われているらしくて、さっきはそのために変装してたそうだ」
そこまでデリックが説明してくれたところでアルハードが割り込む。
「今の姿は元の姿なんだ。訳あって追われている身だからさ」
アルハードは指を鳴らし、『インスマス』を救った旅人風の姿へと変わる。集まった人たちが驚いており、何やら近くにいる者と話している。
あまり本題を引っ張っていても仕方ないだろう。ここは思い切ってお願いするのがいいだろう。
「実は折り入ってお願いがあるんだ。俺と『ムーン=ビースト』達をこの村に住まわせて貰えないだろうか」
そう言うと更にざわざわし始める。それもそのはず、アルハードだけではなく『ムーン=ビースト』達もこの村に住まわせてくれと言っているのだ。ちなみに『ムーン=ビースト』達とは先程待っている間にどうしたいか聞いたところ、どうかアルハードに仕えさせて欲しいとのことだった。
アルハードにそう言ってきたのは、アルハードが力を借りた『ムーン=ビースト』だったが、どうやら全員の総意らしかった。
アルハードとしても迷惑をかけるようなことがなければ別に構わなかったので、力になってくれた『ムーン=ビースト』の意見を尊重することにした。とはいえ、仕えて欲しいというわけではないので、そこは今後話し合うことにした。
「あんた達がよそ者を嫌ってるってのは知ってる。もちろん迷惑はかけないようにするし、村の外れにでも置かせて貰えないだろうか」
頭を下げる。それに続いてデリックも、こいつはみんなの命の恩人だから是非とも願いを聞いてやりたいと伝える。
広場が更に騒がしくなる。駄目かなこりゃとアルハードが思っていると、広場にいる一人の『インスマス面』が声を上げた。
「わた、わたしはいいと思います。彼はこの村を救ってくださった英雄ですし、『ムーン=ビースト』? さん達にも助けてもらいましたし」
更に別の声が続く。どうやら『深きもの』のようだ。
「そうだな。我らが同士を助けてくれた者に非礼はできない」
それを皮切りにそこかしこで声が聞こえてくる。どうやら皆アルハードがこの村に住むことに異論はないようだった。というよりも『インスマス』の英雄として取り沙汰されようとしていた。
ありがとう。という声がいくつも聞こえた。そのたくさんの言葉がアルハードの耳へと届く。
むず痒かった。照れくさかった。嬉しかった。王都にいた頃はこんなにもたくさんの人に感謝されるようなことはなかった。ありがとうなんて言葉をかけてくれたのはソフィアだけだった。
その時アルハードは初めて知ることができた。この言葉はこんなにも温かいものだったのかということを。
この村で暮らそう。この村のために頑張ろう。ありがとうと言う言葉を投げかけてくれる彼らの役に立ちたい。昨日あれほど敵意を向けられてたというのに、アルハードはそんなことはもはやどうでもよかった。直感に近いものだが、おそらくここは、自分にとって居心地のいい場所になるそんな気がしたのだった。
これで第1章終わりです。
ありがとうございました。




