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ネクロノミコン~神話生物と暮らす~  作者: @素朴
第一章
18/60

10-2 襲撃

 海へ向かって走る最中に、ナルから『拷問者の招来/退散』を教えてもらった。


『アル・アジフ』を読み解いて神話呪文を習得するのには、その難解な内容からかなりの時間を要するが、ナルから直接教えてもらうと、すぐに習得することができた。


 ナルによって、アルハードの頭の中にその神話呪文のイメージが浮かび上がり、何をどうすればどのような事象が起こるのかが一瞬で理解できるためである。


 ナルにかかれば、それこそ全ての神話呪文を扱うことができるようになるが、それは決してしない。


 楽しみがなくなると、ナルは言っていた。故にアルハードはまだ、六つの神話呪文しか扱えない。その内の二つのみが、アルハードが自力で覚えたものであり、未だ攻撃手段となる呪文は覚えていない。


 アルハードの持つ攻撃手段といえば、触手による攻撃だけであった。


 魔族は空を飛んでいるという。ここからでも見えるが、その数は多そうであった。


 触手はかなり遠くまで伸ばせるとはいえ、魔法が使えないアルハードには遠距離を攻撃する手段が殆ど無い。そのため、自分が助けに行ったところでどうにかできるとは思えなかったが、とりあえず海まで行き、最初は様子を伺うだけにする。


 もしかしたら『インスマス面』や『深きもの』達だけで、なんとか魔族を迎撃できるかもしれない。


 そうした場合再び彼らの矛先が自分に向く可能性があるため、いつでも逃げられるような体勢は整えておきたいと考えていた。


 もし『インスマス面』や『深きもの』達ではどうにもならなければ助ける。恩を売る形で対話による交渉へと持っていくためだ。


 触手での攻撃には限界があるようにも思えるが、今回は『ムーン=ビースト』と言われる神話生物の手を借りる。


 拷問者という点に不安を拭いきれないが、今はそのことに目を瞑る。


 ナル曰く、彼らならば十分過ぎる戦力になるとのことだった。


 状況としては緊迫しているが、気負いすぎてもどうにもならないため、なるべく冷静になろうと努める。


 ナルが大丈夫だというのなら、きっと大丈夫なのだと思うことにする。






 砂浜に着くと、目の前に広がる光景は酷いものであった。


 魔族の数は百をゆうに超えており、人型の魔族に羽が生えた者が殆どだが、鳥のような顔をした魔族や、小型のワイバーンもいる。


 対して『インスマス面』は三十人程だろうか。


 それとは別に海から顔を出している者もいる。『インスマス面』を更に魚に近づけたような顔だった。


 頭以外は海の中であるため全身を見ることはできないが、おそらく彼らが『深きもの』と言われる者達だろう。頭を出しているのは二十人もいないが、他の者は海の中で様子を伺っているのだろうか。とはいえ、数では魔族が倍以上いるし、ひと目見ただけで『インスマス面』達が劣勢なのは火を見るより明らかである。


 アルハード物陰に身を隠し、海の様子を伺う。


 魔族の中に大きく負傷しているものは見当たらなかったが、『インスマス面』達はかなり負傷している。


 漁をするときに使う銛だろうか、彼らの武装はそのくらいしかなく、魔族たちの一方的な魔法でどんどんとやられていってしまってる。『インスマス面』や『深きもの』達は魔法が使えないのか、誰も魔法を使っている者がいない。


 これでは一方的にやられ、この村は壊滅してしまうだろう。


 魔族は見たところ驚く程強力なやつはいないように見える。荒野で追われた"槍象"のがまだ凶悪な魔物だった。


 使っている魔法も初級程度の風と火の魔法だ。一人だけ他の魔物よりも強そうなのがいるので、あいつが親玉なのかもしれない。


 そんなことを思っていると、その親玉っぽいやつが声を張り上げる。


「ハッハッハ、醜い魚面どもめ! さっさとくたばりやがれ!」


 下品な笑い声といい、見下すようなあの目。アルハードはそのどちらも大嫌いだった。ましてやそれを平気で相手に向けることができる奴らは虫唾が走る。


「あんたたちはなぜこんな村を襲ったりするんだ!?」


 右腕を負傷している『インスマス面』がそう問いかける。『インスマス面』は見分けづらいが、なんとなく昼間アルハードに警告してきていた、ガラの悪い三人組の一人のような気がした。


 魔族が『インスマス面』の問に答えるが、それは非常に身勝手なものだった。


「お前たちの顔が、臭いが気に入らないからだ。気持ちが悪い。俺たちはそんな害獣を駆除しに来ただけだ」


『インスマス面』や『深きもの』達は誰かに迷惑をかけたのだろうか? 確かに見てくれは悪い。彼らの体臭も魚臭い。そんな彼らが人間社会で過ごすことは無理であろう。それが自分たちでわかっているからこそ、こんな辺境の地でひっそりと過ごしているだけだというのに。

 

「さっさと死ね」


 親玉魔族が先程の『インスマス面』へ向けて中級の風魔法を放つ。初級程度なら数発は耐えれるかもしれないが、アレが直撃するのはマズイ。


 アルハードの中で助けに入ることは、砂浜に着いて状況を確認しすぐ決まっていたが、どうやって登場しようか迷っていた。しかしそんなことは言っていられる状況ではなくなった。アルハードは『インスマス面』と風魔法の間にその身を割りこませる。


 右手の先から幾重にも触手を重ね、更に硬質化までさせて盾にする。


 風魔法が触手の盾に触れると、触手がバラバラに散らばった。


 硬質化させた触手をバラバラにする程の威力。直撃していればまずこの『インスマス面』は助からなかっただろう。しかし、アルハードにも『インスマス面』にも怪我はなく、触手の盾が壊されただけで済んだ。


「なにもんだお前!」


 親玉魔族が声を上げるが、そんなものは無視するアルハード。


「大丈夫か? 今あいつらは片付けるから、怪我人を手当してやってくれ」


 アルハードはそれだけ告げると、親玉魔族へと振り向く。後ろで『インスマス面』が何か言いたそうにしていたが、それは後で聞くこともできるだろう。


「『深きもの』達聞いてくれ! よそ者の言葉に耳を貸すなんて嫌かもしれないが、俺はあんたたちを助けたいと思っている! 今から俺がやつらを海に撃ち落とすから、トドメを頼む!」


 たかが一人の人間如きに無視され、あまつさえ倒すとまで言われた魔族達は、青筋を浮かべている。


 けれどそんなことはアルハードには関係がなかった。


 自分達が気に入らないから殺す。


 見下し、嘲り、身勝手さを押し付ける。そんな奴らをアルハードは許せなかった。


 それは、アルハード自身がそうだったからである。


 立場上殺されるなどということはなかったが、周囲はアルハードをおちこぼれとして扱った。


 きっと『インスマス面』達も、その見た目から酷い扱いを受けてきたのだろう。だからこそ、こうして誰かに迷惑がかからないよう、ひっそり生活をしているのだとアルハードは考える。


 それなのに、あの魔族は彼らを駆除すると言っていた。


 どうにもそれを、アルハードは許すことができなかった。


 助けることで話ができるようになるかもしれないと考えていたが、今はそれだけではなかった。


 純粋に彼らを助けたいと思った。


 魔力を練り上げ、呪文を口にする。


「来い『ムーン=ビースト』!」


 アルハードを中心に幾つもの魔法陣が展開される。その一つ一つはナルを召喚した時に比べると遥かに小さいが、展開された魔法陣は実に五十個あった。


 召喚は成功したという手応えがアルハードにはあった。しかし、次にアルハードを襲ったのは悪臭だった。


 臭い。酷い硫黄の臭いが磯の臭いを感じさせない程鼻孔に流れ込んでくる。『インスマス面』達も顔をしかめている。

 

 魔法陣から姿を表したのは、酷く醜い化け物であった。


 二メートルを超える巨体は灰白色で油がかっており、ヒキガエルを連想されるような見た目である。頭部と思われる場所に目は見当たらず、ピンク色の触角と思わしきものが鼻の辺りから何本も突き出ている。


 悍ましい見た目の魔物はいるが、それとは比べ物にならないほど、目の前にいる存在は化物という言葉がピッタリだ。


『ムーン=ビースト』。それが五十体。


 突然召喚された彼らは辺りをキョロキョロと見回してる。


「俺があんたたちを召喚した! すまないが手を貸してくれ!」


 アルハードは声を張ってそう言うが、『ムーン=ビースト』達はあまり乗り気ではないようだ。


 やばい。とアルハードの中で警鐘が鳴らされる。


『ムーン=ビースト』の助けなしではこの状況を打破することはできないし、もし彼らが第三の勢力として敵対することになってしまったら、それこそ最悪だ。


 魔族達も、突然召喚された異形の化け物に唖然としているため、今は攻撃が止んでいる。


『インスマス面』や『深きもの』達もどうすれいいのか判らず、動きを止めている。


『ムーン=ビースト』達は各々辺りをキョロキョロしたりしているだけで、召喚者であるアルハードに興味を示してはいない。


 嫌な汗を背中にかいていると、ナルが呆れたような声を溜息とともに吐き出した。


(アル……あなたは王都で一体何を学んだのですか)


 突然王都での話をされたアルハードは混乱してしまう。その様子ナルは、本当に何もわかっていないのかと言いたげにしているが、状況が状況なので、お小言は後のしておいてやると言わんばかりに続ける。


(お願いではなく命じるのです。『ムーン=ビースト』は下級の奉仕種属です。彼らは主を求めている。アルは彼らの主となればいいのですよ)


(そんなこと言ったって、こいつら俺の言うことなんか聞いてくれそうにないぞ)


(あんな下手に出た言い方ではダメに決まってます。アルはこの世界を手に入れるのでしょう? ならばこの世界の王たる者の威厳を示すのです)


 別段この世界を手に入れるつもりはこれっぽっちも無いが、今はそんなことを論じている場合ではない。アルハードはその辺のことはスルーし、威厳を示すという言葉について考える。


 おちこぼれであるアルハードに威厳なんてものはない。その言葉は自分の父や国王に相応しいものである。そこまで考えて、アルハードはあっさりと思考を放棄する。


(いや、俺に威厳なんて無いだろ)


(無ければ作り出せばいいのですよ。王都で数多くの男達を誑し込んだ魔性の女を演じたのは一体誰なのですか? そう、演じるのです。アルにはそれができるはずですよ)


 ナルは演じると言った。王都で情報収集する際アルハードは絶世の美女を演じたのだ。初めはナルの言う通りにしていたが、途中からは相手の反応を伺い、何をどうすればいいのか試行錯誤しながら行っていた。


 惰性と七光と諦めだけで生きていたアルハードにとって、王都で情報収集をしながら過ごしたあの時間は、確かに目標を持って過ごしていた。


 頑張ろうなんて気持ちになったのは何年ぶりだっただろうか。あの日の夜、アルハードはナルに魅入ってしまったのだと思う。あんな風になれるように頑張るという気持ちが沸いてしまったのはナルのせいである。


 まだまだナルとの旅は序盤も序盤だ。こんなところで終わっていい訳がないし、終わらせるつもりもない。


 できるかできないかではなく、やるしかないだろう。


 魔族どもと『インスマス面』、『深きもの』達は、『ムーン=ビースト』という異形の化け物が現れたことで動揺していたようだが、次第にざわざわし始める。何より魔族どもは今にも攻撃を再開しそうな雰囲気だった。


 もう悩んでいる時間はない。演じる。お願いするのではなく、命じる。


 アルハードは視線を下に落とし、小さく息を吐いた。


(いい目ですね。私の魔力を声に乗せないさい。多少はアルの演技を手助けできるはずですよ)


 ナルの魔力を声に乗せるというのはイマイチ感じがわからなかったが、やるしかないので、なんとなくでやってみる。


 ナルの魔力をイメージ、それを声に乗せる。


 ――おい。


 短く、たった一言アルハードが口にすると、『ムーン=ビースト』達は蛇に睨まれたカエルのように固まってしまった。いや、『インスマス面』や『深きもの』達もアルハードを見たまま固まっている。


「俺は手を貸せと言ったんだが……もしかしてお前達は言葉がわからないのか?」


 伏せていた視線を上げ、『ムーン=ビースト』達を睨みつけるように見渡す。


 アルハードの視線を受けた『ムーン=ビースト』からは、アルハードに対して畏怖や畏敬のようなものを感じることができる。


 アルハードが本来の姿であったならば、子どもが精一杯怖そうな雰囲気を出しているようにしか見えなかったが、幸いにも今は旅人風の見た目であり、そのことも相まって多少なりとも威厳が伺える。


「言葉がわかるのなら動け! 全滅させろ! 一匹残らず刈り取れ!」


『ムーン=ビースト』達の突然の挙動に戸惑ったアルハードだったが、戸惑っていても仕方がないので、『ムーン=ビースト』達に指示を出す。すると、彼らはすぐさま行動に移ってくれた。その動きはまるで、訓練された軍隊のようだ。


 彼らの戦い方は実にシンプルなものであった。自らが創りだした無機質な槍を魔族目掛けて投擲するといったものだ。


 しかしその威力はとてつもなく、魔族は避けることも防ぐこともできずに槍に貫かれる。そして海へ落ちていった魔族は、深きものの鉤爪によってトドメを刺される。


 魔族達も魔法で応戦するが、『ムーン=ビースト』はまるで意に介さないようで、平然と火や風を身体で受け止める。


 あれほどいた魔族達は為す術なく数を減らしていく。親玉が何か怒鳴っているようだが、そんなことはどうでもいいとばかりに、アルハードの視線は『ムーン=ビースト』が作り出される槍に向けられていた。


(アレは『ムーン=ビースト』たちが魔力で創りだした槍ですよ。彼らにしか作り出せないものですが、もし出したいようなら彼らの力を借りれば使えますよ)


 疑問に思っていると、ナルから解説をもらった。


 力を借りるとはどういうことか聞くと、軟弱なアルではいつ死んでしまうかわからない。なので、ナルが神話生物の力をアルハードが使えるようにしてくれたらしい。


 力を借りるためには相手の同意がいるが、力を貸してもらえるのであれば、その神話生物の能力を扱うことが出来るようになるらしい。


 軟弱という部分には異を唱えたいところだが、その他は特に問題はなさそうだったので、さっそく近くにいた『ムーン=ビースト』にお願いし、力を貸してもらう。


 了承した『ムーン=ビースト』は光の粒子となり、アルハードの体へと入っていった。


 少し驚いたが、先程から槍でばったばったと魔族を倒している『ムーン=ビースト』の姿を見ているアルハードは、どちらかと言うとワクワク感が勝っていた。


 自らの手に『ムーン=ビースト』の槍をイメージし、魔力を形にしていく。案外すんなりできた。『ムーン=ビースト』の筋力を借りれば、魔族一匹くらいは撃ち落とせるかもしれない。


 そんなことを思いながら、アルハード思い切り槍を投擲した。


 しかしアルハードが放った槍は、アルハードの予想を裏切るかのように、他の『ムーン=ビースト』達が投擲する槍の速度を遥かに超え、親玉魔族を貫いた。小さな風穴が胸に空き、数瞬遅れてその風穴が広がり、親玉魔族は爆ぜた。


(え、は?)


 周りがシンと静まり返った。魔族たちは目を見開き、『深きもの』達は何が起こったのかわからなかったようだった。『ムーン=ビースト』達は何が起こったかわかっているようだったが、信じられないといった感じだろうか。


 一番困惑しているのはアルハードだということを、ここにいる者達で気づいたのナルだけだった。


 時間が止まったかのような静寂が場を支配するが、親玉魔族の残骸が海に落ちる音でアルハードは我に返った。


「……お、親玉はやった。今がチャンスだ! 畳み掛けろ!」


 俺が声を上げると、それに呼応するように『ムーン=ビースト』と『深きもの』が声を上げた。そして残る魔族を全て倒し終える頃には、日が昇り始めていた。

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