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ネクロノミコン~神話生物と暮らす~  作者: @素朴
第一章
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10-1 襲撃

 アルハードは咄嗟にベッドから起き上がる。一応部屋に入る時鍵をかけたとはいえ、おそらく宿の亭主辺りが開けてくるだろう。


 自分がさっきまで寝ていたベッドを、触手を使って入り口のドアのところに押し込む。これで多少は時間を稼げるだろう。


 案の定鍵が開けられるが、まだ入ってはこれなさそうである。

 

 歓迎されていないとは思っていたが。まさか襲撃されるとは思わなかった。昼間の視線と、砂浜で老人と話していた時に海から感じたいくつかの視線。品定めされているような、敵視されているような視線だったが、いきなり襲撃してくる程『インスマス面』は短絡的な思考をしていないと思っていたが、どうやら考えが甘かったようだ。


 何が気に食わなかったのだろうか。


 村を見て歩き回っていたことか、あの老人と会話していたことか。心当たりはそれ程多くはない。それとも『インスマス面』達は、こうして旅人が来ると誰かれ構わず襲いかかるような連中なのだろうか。


 いくら考えても結論には至らないため、今は保留としておく。それよりも今この状況をどうやって打開するかに思考を切り替える。


 迎撃してもいいのだが、相手の戦力がわからない以上迂闊に手を出すわけにも行かない。


 この村に住んでいる『インスマス面』は五十人程度で、その内どれだけの人数が敵になるかわからない。もしかしたら全員かもしれないし、戦闘がこなせる者は少数なのかもしれない。


 懸念事項としては『深きもの』達である。


『深きもの』達が一体何人いるのか把握出来ていない。彼らの生活圏である海は広大な広さを誇っており、海の中から感じた視線の数も少なくはない。


 他にもどんな伏兵がいるとも限らない。


 ならばここは逃げ一択だろう。


 しかし、逃げたところで何処に行けばいいのだろうか。こうして襲われた以上、彼らと交渉することはすでに出来なくなってしまった。明確に敵対されてしまったため、この村に住まわせてくれなどと言うことは出来ない。


 ならばあの老人の元へと逃げ込むか。老人は彼らとは不干渉だと言っていたので、老人の元へ逃げ込めばそれ以上襲ってくることはないかもしれない。


 そう考えて、すぐさまその考えを却下する。


 迷惑はかけられない。


 ではどうするか。この村を出て、再び自分が住める地を求めて旅をするしかなかった。


「あーもーどうしてこう上手く行かないんだよ!」


 色々と考えを巡らせているのに、上手く事が運ばない。アルハードは苛立たしげに声を荒げる。


 その間にも扉を押し開けようと、何やら体当たりをしているような音が聞こえるが、ベッドを押し当て、更に触手で抑えることで、なんとか侵入を防ぐ。


 "槍象"にはあっさり引き千切られた触手であるが、それは"槍象"の力と重量が規格外であったためで、『インスマス面』の体当たり程度ならば、アルハードの触手でも堪えることが可能だ。


 じっくり結論を出している暇はない。


 とりあえずこの場は逃げる。そのままこの村を去るのか、後日落ち着いたところで舞い戻るかはその時に決めよう。


 ざっくりと考えを纏め、早速逃げ出す準備をするアルハード。


 逃走経路はこの部屋にある唯一の窓。


 アルハードが泊まっているのは二階であったが、触手をロープ代わりにすればその程度の高さは危険でもなんでもない。


 そうと決まれば荷物を纏めるが、長旅をしてきたアルハードは、少なくない荷物がある。中でも簡易テントと寝袋はかなり嵩張る。それを持って逃げるのは手間だった。しかし、このまま村から出たとして、テント無しでは雨風を防げないし、あの荒野の上にそのまま寝るのも嫌だった。


 やや悩んだ末、どちらも置いていくことにした。なんにせよ自分の命が大事だとアルハードは自身に言い聞かせる。


 そうと決まれば逃げるのに邪魔にならない程度の荷物だけ持って、窓から飛び降りる。地面に着く前に触手を伸ばし、窓枠に捕まり落ちる勢いを殺す。


 素早く物陰に身を隠し、周囲を警戒する。


 下に待ち伏せがいないところを見る限り、襲撃者は上の階に行っているやつらだけなのだろうか。


(なんか俺逃げてばかりだな)


(王都で檻の中から逃げたりとかですか)


 内心では焦っていたアルハードだが、ナルと会話することでその焦りを沈める。


 なんだかんだ言いつつも、ナルはアルハードにとって心強い相棒なのである。


(アルは父親や故郷からも逃げてますしね。まさに敗走という言葉がピッタリですね)


(逃げてないし負けてない!)


 ナルの余計な一言に噛み付くアルハード。


 心を落ち着けるために話しかけたのだが、これでは逆効果のような気もするが、ナルの軽口は今に始まったことではないので、さくっと切り替える。


 一方アルハードが泊まっていた部屋の扉に体当たりしていた『インスマス面』は、突然ドアの抵抗がなくなったため、体当たりの勢いそのまま部屋に転げ込んだ。


 アルハードが逃げたことで、ベッドを押し込む触手がなくなったためだ。


「くっそ、あの野郎窓から逃げやがった!」


 転げ込み、無様な格好になっている『インスマス面』に代わり、後から入ってきた『インスマス面』がすでにもぬけの殻となっている室内を見て声を荒げた。


「まだ遠くへは言っていないはずだ! 探し出せ!」


 宿の亭主がそう告げると、襲撃者達は来た時と同じように荒々しく階段を駆け下りる。


 宿の中からドタドタと足音が聞こえたアルハードは、身を隠しながらも、見つかった時にいつでも反撃出来るよう身構える。


 アルハードは『インスマス面』が自身を探すために、村へと散っていったのを見送ってから、こっそりと村の出口へ向かおうと思っていた。


 辺りは夜の帳が下りてきており、月の明かりがうっすらと『インスマス』の町並みを照らす。陰鬱とした村の雰囲気と相まって、身が震えるような気味の悪さを感じる。


 襲撃者に見つからないよう物陰で息を殺してじっとしていると、突然海の方から大きな爆発音が連続して聞こえた。それに伴い悲鳴や怒号が聞こえてきた。


(一体何がどうなってる!?)


(アルが襲われて身を隠していると、海の方から爆発音が聞こえてきてます)


(ご丁寧にどうも!)


 言われなくてもわかっている。見たままの状況をナルが伝えてくる。


 この状況で僅かながらも動じず、しまいには茶化すようなことを言ってくるナルのメンタルはどうなっているんだろうか。


 少しでもその強靭なメンタル、もしくは動じない心臓を分けてもらいたい。


 そんな風に思考が脱線しそうになるのを、首を振り切り替える。


 とにかく今は情報が足りな過ぎた。


 自分はなぜ襲われているのか、今も断続的に聞こえてくる爆発音はそのことに関係あるのか。


 襲われていることは最早仕方ないと半ば諦め、この爆発音は一体何なのか、ということを考える。


 このまま便乗して逃げ切るために利用するかとも考えたが、爆発音が逃走の際障害に成り得るのであれば、何が起こっているのか確認する必要がある。


 アルハードがどうするか悩んでいると、海側から『インスマス面』が走ってくる。


 海の様子を見ようと、少しばかり顔を出していたアルハードは、慌てて物陰に身を隠す。


 爆発音を聞きつけたのか、先ほどの襲撃者と思しき複数の『インスマス面』が宿から出てくる。


「どうした!? 何があった!?」


「ま、魔物が海の向こうから攻めてきたんだ」


「なんだと!?」


「翼があるやつらだった。数も結構多い」


「被害の状況は!?」


「わからん。やつら風魔法と火魔法で上空から攻撃してきやがるんだ。『深きもの』達も援護に来てくれてるが攻撃が届かねぇ!」


「くそっ、俺達も行くぞ」


 幸運にも今し方走ってきた『インスマス面』が、海の状況を教えてくれた。


 彼らは慌ただしく会話した後、その魔物の襲撃があったという海に向かって走っていく。どうやらこの騒ぎは、アルハードが襲われていることとは無関係のようだ。


 幸い『インスマス面』達はアルハードを襲っている余裕はなくなったようで、皆海へと行ってしまった。


 このまま逃げようか。そう思ったが、ここでその魔物を追い払うのを手伝えば、話くらいは聞いてもらえるかもしれない。


 そんな打算的な考えが思い浮かぶ。


 しかし、空を飛んでいる相手はかなり不利だろう。ここは余計なことはしないで逃げようか。


 結局いい案が思い浮かばなかったアルハードは、ナルに判断を仰ぐことにする。現状の自分の手札ではどうにかするビジョンは見えないが、ナルならばいい手を知っているかもしれない。


 意地悪で教えてくれないことも多いが、それでもアルハードにとっては頼りになる存在である。


(ナル。今から海に行って魔物を倒しに行こうと思うんだが、何かいい方法はない?)


 アルハードはまず、『インスマス面』達を助けるためにはどうするか聞くことにした。


 今の自分であれば、多少後手に回ったとしても逃げることだけに徹すれば、この村から脱出することは可能だと考えたようで、それならば先に自ら動いてみるのもいいかもしれないと考えていた。


(倒すのにいい方法? 掴んで千切ればいいのでは?)


 ナルのアドバイスは、またしても千切るだった。


 あまりにも野蛮な発言しかしないナルに頭を抱えそうになるアルハードだが、めげずに他に何かないか問う。


(数が結構多いらしいし、魔物は空を飛んでいるらしいんだ)


(私もそれは聞いていたので知ってます。というより彼らを助けるのですか?)


(まぁな。つっても無理そうなら即見捨てる)


(あんな扱いをされたというのに……アルはお人好しですね)


 アルハードは自分でもお人好し過ぎるかなとは思っているので、そのことに関しては何も言わない。ただし、あくまで自分のできる範囲のことをやってみるだけだと伝えた。


(魔物という存在がどれほどの強さかわかりませんが、彼らならば扱いやすいですし、適任でしょう)


(彼ら? 『深きもの』達のことか?)


(いえ、違いますよ。そうですね……多少残忍で、拷問が趣味とかいう変わった者達です)


 大丈夫なのかよそれ。とアルハードが顔を歪める。


(彼らは私の眷属でもありますし、まぁ暴走するようなことはないと思いますよ)


 アルハードの不安を感じ取ったのか、ナルがそう説明する。


 なんにせよ、今のアルハードではこの状況を自分一人の力でどうにかすることはできない。故にナルが言う彼らの力を借りる必要がある。


(というより、何故助けたりなどするのですか?)


 早速ナルから彼らに協力を求める方法を聞こうと思ったが、逆に質問されたしまった。


 ナルの質問は至極当然のことで、今し方襲い掛かってきた者達を助けることが理解出来ていない様子である。


 アルハードは決して善意などではないことを伝える。


 もしかしたら『インスマス面』達を窮地から救い出すことが出来れば、話を聞いてもらえるかもしれないし、何か便宜を図ってもらえるかもしれない。


(ここを拠点にしようと思ってるんだ。だからここらで恩を売っておきたいんだよ)


(なるほど。『インスマス面』どもに借りを作らせ、尚且つ自身の戦力を知らしめることで奴らを脅す訳ですね)


(違います)


 おや? 違うのですか? とアルハードによってあっさり否定されてしまったナルは首を捻っているようだった。


 アルハードはというと、どうしてお前は物騒な事ばかり考えているんだよ。と僅かな頭痛を感じているようだ。


(脅すとか、そういうことはしない。ただ、この村に住まわせて貰いたいなって)


(ほぅ……神話生物との共存ですか)


(共存というか……うん。まぁそうだな)


(なるほど。それは面白そうですね。今まで神話生物は人間から崇拝はされど、共存などとは聞いたことがない)


(へぇ、そういうものなのか)


(そういうものなのです。いいでしょう、その面白そうな考えを実現するために、特別に呪文をお教えしましょう)


 本当に特別ですよ。と念を押すナル。


 どうやらアルハードの考えをナルは気に入ったらしく、新たな呪文を教えてくれるようであった。


 正直共存などとは考えてもいなかったアルハードだが、どうにかなるだろう開き直る。


 何より新しい呪文ということでテンションが上がっており、先程襲撃されていたことなどとうに忘れていた。

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