8-2 招かれざる客
ガラの悪い三人組の『インスマス面』と分かれた後、村の中を散策したが特に目ぼしいものを見つけることは出来なかった。
村にある建物はどれも似たようなもので、レンガ造りの家が数十あった。そのどれもが酷く劣化していて、とても人が住んでいるとは思えなかったが、窓の奥、暗がりの部屋の中から視線を感じたので、人が住んでいるであろうことがわかった。
一つだけ、村の中心部に位置する場所に教会があった。
中に入ることは出来なかったので、何を崇拝しているかまではわからなかったが、その教会だけは手入れがされており他の建物よりも幾分かマシだった。
村を歩いてみてアルハードは、なんだか不気味な場所だなという感想を持った。
誰一人として村の中を歩いている者はおらず、かと言って誰も居ないわけではなく、常に建物の中からは視線を感じる。まるで監視されているかのような気分になった。
アルハードは最後に海へ行くことにした。
産まれて初めて見る生の海だったので、少しばかりウキウキとした気分で、足取りも軽かった。
★☆★☆★
海が近づくと磯の香りが増すが、『インスマス面』と対面した時のような不快な感じはしなかった。
「おぉ、すげぇ!」
初めて見る砂浜、初めて見る海。
この海の先は世界の果てではないかと錯覚してしまう程に、どこまでも続く水平線に目を奪われる。
波は穏やかで、空も快晴であったため、海と空の境界が曖昧に感じられるほどだった。
この景色を見れただけでも、ここまで旅をしてきた甲斐があるというものだ。
もはやぼったくりの宿にも、不味い飯にも目を瞑ろう。いちいちそんなことで目くじらを立てるのが馬鹿らしく感じる。
(見ろよナル、砂浜だぜ! 海だぜ! うっわ砂サラサラ砂漠かここは! 水平線も終わりが見えねぇ!)
(――ッフ)
鼻で笑われた。
ちょっとはしゃぎ過ぎたとは思うけど、それはあんまりだと思うの。
(ナルって結構冷めてるよな)
(アルがお子様なだけですよ)
(俺はお子様じゃない)
(はいはい、アルはお子様じゃありませんね)
軽くあしらわれてしまったので、これ以上色々言うのは止めておく。ここで言い返してお子様認定されるのも癪であるし、俺は大人だから。
そう言い聞かせ、心を落ち着け、改めて周囲を見渡す。すると、岩礁の近くに一つだけ人影があった。
『インスマス面』かと警戒したが、ここからでは顔がよく見えない。
別に相手が『インスマス面』であっても、話を聞けるだけなら構わないかと思い、その人物へと近づく。
そこにいたのは普通の人間の顔をした老人だった。
「こんにちは」
俺に声をかけられたからか、それともこの場に人間がいたからかわからないが、老人はやや驚いた顔をし、一度目を大きく見開いた後、しゃがれた声であいさつを返してくれた。
「おじいさんはこの村に住んでいるのですか? あ、隣いいですか?」
そう聞きながら、返事を待たずに老人の隣へ腰を下ろす。
俺としてはこの村で初めてまともな会話を交わせそうな相手。しかも自分と同じ外見なので、ここは多少強引でも話をしておきたかった。
老人も俺の態度は気にしていない様子だったし、村の中で感じる視線のような、よそ者に対していい感情を持っていない雰囲気ではなかったのでひとまず安心だ。
さて、何から話したらいいのだろうか。
人を見つけた。とりあえず話をしようと、行き当たりばったりだったので特に話の内容を考えていなかった。
とりあえず自己紹介からだろうか。あぁ、でも、今はアルハードではなく旅人風の格好だったな。
「えーと、私世界中を旅している者でして……おじいさんはこの村の住民なのですか?」
「そうじゃなぁ……まぁ住民といえば住民じゃな」
「そうなんですね。ここは変わった村ですね」
「ははっ、確かに変わっておるな」
言ってから、ちょっとこの言い方は失礼だったかなと思ったが、老人は気にもしない様子だったので一安心だ。
「村のやつらは変な奴らじゃろ? 魚臭いし、見てくれも悪い」
「えぇ、まぁ……でも、おじいさんは普通の人間のように見えますが」
「わしは人間じゃよ。この村で唯一のな」
「唯一?」
つまりこの村にいる者は、この老人以外全て『インスマス面』ということなのだろうか。村の規模はそれ程大きくはないし、おそらく五十人程度しか住んでいないだろう。
そうなると、逆になぜこの老人はこの『インスマス』に居るのか気になってくる。
地図にも乗っていないような辺境の地。そんな場所へ好き好んで来るようなもの好きなのか、はたまた自分と同じで、訳ありの人物なのか。
そう思案していると、老人は自分から語ってくれた。
「お主は旅人と言っていたが、まぁわしも旅をしていてな、それでこの村に流れ着いたのじゃよ……ちと訳ありな身なのでな、誰も知らないこの地で暮らしておるということじゃ」
どうやら後者のようだ。
なにやら親近感が沸いてきた。それに、ここ数十日もの間ナル以外の者と会話らしい会話などしていなかったので、当たり障りのない会話でも楽しい。
「私もこの村の人と話しましたけど、皆気難しいというかなんというか……よく彼らがここに住んでもいいと言いましたね」
「ほー、お主この村の連中と話したのか。ははっ、連中よそ者には厳しいからの、なに、わしは語り合っただけじゃよ」
「語り合った?」
「そうじゃ、拳という肉体言語は、人間でも亜人でも魔族でも共通のようじゃしな」
ハッハッハと笑う老人は、どこか胡散臭さを感じる。
肉体言語って、それただ暴力で言う事聞かせただけなのでは?
そもそもいつからこの村にいるかわからないが、目の前の老人はヒョロっとしていて、とても腕に自信がある者には見えない。
「なんじゃお主その顔は」
どうやら俺は、目の前の老人を怪しい爺として見てしまっていたようだ。
老人の目がキランと光ったような気がした。
「ふむふむ。その顔は信じていないな。どれ、一つわしの武勇伝を聞かせてやろう」
老人は語る。己の正体を。
「実はな……わし、元勇者だったのじゃよ」
いきなり胡散臭い事を言いだした。
勇者といえば、世界中で讃えられる存在だ。その冒険譚は俺でも読んだことがあるし、憧れもした。
あろうことかこの爺、自分が元勇者だという。
老人は語る。その才能を。
「そりゃあもう皆に讃えられてのう、腕良し、器量良し、顔良し。正に完璧超人とはわしのことじゃ」
どう見てもその腕の細さじゃ剣も振れなかっただろう。顔は……まぁ、昔はかっこよかったんじゃないかな。
老人は語る。勇者の冒険譚のような生い立ちを。
「信頼のおける仲間たちとともに、世界中を旅したのじゃよ。悪いやつらは誰であろうと懲らしめて、困っている人を救い、最後には魔王を討ち取ったのじゃ」
魔王を打ち取る。それこそ勇者としての最高の誉れだろう。
魔王は魔族を引き連れ、この世界を乗っ取ろうとしている諸悪の根源。
俺は子どもの頃読んだ本を思い出す。
その魔王を倒すのはいつだって勇者だ。
この爺ボケが始まっているのかもしれない。
老人は語る。魔王を討ち取ったその後を。
「魔王を討った後にな……まぁなんじゃい、静かに暮らしたくて、各地を転々としていたら、この村に行き着いたという訳じゃよ」
先程までの、俺に口を挟ませないような、切れ目のないトークの歯切れが悪くなった。
おや? とも思ったが、訳ありの身だと言っていたし、俺自信も色々詮索されたくないことはあったので、聞き流すことにした。
「どうじゃ! すごいじゃろ? ちょっとは尊敬してもいいんじゃよ?」
褒めてもらいたいのか、チラチラとこちらを見てくるが、正直棺桶に片足突っ込みかけてそうな爺さんに見られても、特にこれと言った感情は沸かない。
「んん? どうしたんじゃ? あっ、わしのあまりの凄さに声も出ないのかの」
返事のないことを勝手に解釈しているようだ。どうやら非常に自分にとって都合のいい頭の持ち主なのだろう。
「確かにわしの経歴に恐れ慄くのはわかるが、そんなに畏まらなくてもええんじゃよ」
んん~? と言って眉の間にシワを寄せながら、こちらに顔を近づけてくる。
えらく畳み掛けてくるな……。と思ったが、ふと目の前の老人が、俺の事を見ていないことに気付いた。
目を細め、顔を近づけてきてはいるが、その視線は俺の後ろ、海に向けられていた。
うーむ……。と唸る老人。
俺の後ろに何かあるのかと振り返ろうとしたが、それを制するように老人が話しかけてくる。
「久しぶりの人との会話に少しばかりはしゃぎ過ぎてしまったな」
「この村にはおじいさんしかいないのでしょう? なら人間との会話は久しぶりですよね」
「いや、わしはこの村の者達とは会話などせんよ」
久しぶりの人との会話というのだから、人間との会話かと思ったが、どうやら違うらしい。
この老人は『インスマス面』とは会話しないのだろうか。
「わしはこの村の者達とは不干渉を貫いておる」
俺の疑問にあっさりと答えてくれる。
「最初に語り合った際に決めた彼らとのルールじゃよ。わしはこの村の者に何かあっても動かないし、わしに何かあっても放っておいてくれとな」
老人はどこか悲しそうな、そんな雰囲気を纏いながら言葉を紡いでいく。
その姿は、元勇者などと戯言を言っていた時とは大違いで、一言で言い表すのなら、寂しそうだった。
大抵の人間が知らない、この辺境の地で、誰とも関わることなくひっそりと生きるこの老人は、一体どれほど強い心の持ち主なのだろうか。
もし俺が、誰とも関わりのない生活をするとなると、多分だが気を病んでしまうと思う。
王都では友人と呼べる存在などいなかったが、ソフィア先生がいてくれた。
この旅だってずっとナルがいてくれた。
だからこそ堪えることが出来たのだと思う。
「おじいさんは……寂しかったんですか?」
自然と零れ出た言葉に、老人は驚いたような表情をした後、穏やかな、祖父が孫に見せるような笑みを浮かべた。
「そうかもしれないのう。今日は楽しかったわい」
つられてこちらまで笑顔になってしまう。
ちょっと変わった老人だが、悪い人には見えなかった。
「じゃあ、またこうしてお話を聞きに来ます」
また来よう。
海の見えるこの場所で、この老人の戯言に耳を貸すのも悪くない。
幸い俺には時間がある。何に拘束されることもなく、自由気ままにいられる時間が。
しかし、老人は断りをいれた。
「嬉しい提案じゃが、それは駄目じゃな」
えっ、という呆けた顔をしている俺に、老人は先程の三人組の『インスマス面』と同じ様なことを俺に言ってきた。
「ここの連中はよそ者が大嫌いじゃて、お主も自分の身が大事ならば早めにこの村を去るといい。今日ここで会話したことも忘れ、この村のこと自体を忘れ旅を続けるといい」
なぜだろうか。なぜこの村の者達は俺に早く去れと言うのだろうか。
三人組の『インスマス面』然り、この老人然り。
けれど、この村を出る出ないは俺の意思で決めることだ。俺は老人の警告に対して、曖昧な笑みを浮かべるだけだった。
そんな俺を見て老人は何を思ったのかわからないが、よっこらせっとと言いながら立ち上がった。
「今日は楽しかったぞ……また、わしの話を聞きに来てくれるんじゃろ?」
日も暮れてきたし家に帰るとするわい。とだけ言い残して、さっさと帰路に着いてしまった。
なんとなく、心の内を読まれたかのような気がして、少しだけ恥ずかしくなった。
★☆★☆★
老人を見送ってから、アルハードは宿に戻ることにした。
宿では食事は出ないみたいだが、もう一度昼に行った食事処に行く気にはならなかったため、晩御飯は抜きである。
この村はどうやら訳ありのようだ。
しかしアルハードは、ここなら自分は王都の兵士に怯えることなく暮らせそうだと思う。後は気難しい住人にどうやって受け入れてもらえるか、そこが問題であった。
また、この村を出ていこうにも、西の大国まで食糧も水も保ちそうにない。この村でそういった物を売っている場所は見かけなかったので、ある程度村人と打ち解けて、譲ってもらうか売ってもらうかしなければならない。つまり何日かは滞在し、村人と会話する必要がある。
ナルが、『アル・アジフ』に『インスマス』について、少しだけ記述があるということを言っていたので、アルハードは宿で読んでおこうと思った。
会話をするにも何にしても、まずは相手のことを知らないことには行動のしようがない。
固いベッドの上で、目を瞑り、『アル・アジフ』をイメージする。
『インスマス』について『アル・アジフ』を読み進めていくと、その生態についてなどが簡単に書いてあった。
その記述の中に『深きもの』、『クトゥルフ』というものがあった。
ブクマしてくださった方、ありがとうございます。




