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ネクロノミコン~神話生物と暮らす~  作者: @素朴
第一章
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8-1 招かれざる客

 村にはすんなりと入ることができた。というよりも見張りなどはおらず、遠くから見回した感じでは、人が外にいるようには見えなかった。しかし村の中に入ってから、ここは無人の村ではないことはすぐにわかった。


 今は旅人風の姿に変身しているので、アルハード自身が指名手配されているということがバレる心配はない。


 にも関わらず見られていた。


 レンガ造りの風化が酷い家の中から見られていた。誰一人としてアルハードの前に出てくるものはない。


 敵意を感じさせるような、視線。


 王都にいた頃のような、見下し、嘲笑うかのような気分の悪い視線ではないにしろ、歓迎されていないことはわかった。


 村は海に面している部分のが建物が多く、荒野側にはまばらである。尤も、建物の数もそれほど多く無く、村全体を歩くのに半日もかからないだろう。


 漁業がメインだと聞いていたが、野菜を育てているような痕跡はなく、僅かばかり麦が育てられている程度だった。


 アルハード以外の旅人はおらず、建物の中からの視線は感じるが、ここまで住民と会うこともなかった。


 廃れた村だったので、寝泊まり出来そうなところはないかと思っていたが、宿が一つ存在しており、それ以外に泊まれるところもなかった。


 その宿は風化が酷く、また壁には蔦が伸び放題になっている。高級宿どころか、王都の中でも治安の悪い西側の宿よりも劣るが、仕方がないのでその宿に足を踏み入れる。


 カウンターと思しき場所には誰もおらず、ロビーにあたる部分も閑散としている。


 すみませーんと声を出してみると、二階から人が降りてくる。


 鼻をつく魚臭さがひどい。


 この村に入った時、ナルのいう磯の香りがかなり強いと感じたのだが、アルハードはその言葉の意味を理解した。


 海自体の臭いではなく、今こうして目の前の人物が発する臭いなのだと。


 あまりの臭いに鼻をつまみそうになるが、初対面の相手にそれは失礼に当たると我慢する。そして何より臭いも酷いが、その人間の面影を僅かばかりしか残していない、亜人とも魔族とも言えない、ある種悍ましさすら感じられる見た目に、アルハードは悲鳴を上げそうになる。


 妙に頭が狭く、髪の毛も少ない。ギョロッとした魚のような眼は今にも零れ落ちそうで、平べったい鼻はより醜悪さを際立たせている。それは様々な種族が行き交う王都でも見ない顔立ち。首辺りの皮膚は弛んでおり、目に見えるところの肌は鮫肌の様で、吹き出物が多い。


『インスマス面』と呼ばれる直視しがたい顔。


 王都でも曖昧な情報しか得られず、皮膚病が蔓延しているという噂話が誇張されただけだと思っていたが、実際に対面してみることで、それが誇張なのではないのだと悟る。


 手入れなどしていないであろう髪の毛は、ボサボサとしており、何年も着古し修繕なども施されていない服はボロボロで、不潔感さえ感じさせる風貌はとても宿屋の亭主とは思えないものだった。


「なんだ」


 無愛想で、低く篭ったような声。訝しげな視線は、旅人風の姿であるアルハードにジトッと絡みつく。


 驚きのあまり少々気圧されたが、気を取り直してアルハードは話しかける。


「失礼。旅の者ですが、ここは宿であっていますか?」


 なるべく相手に不快感や敵対心を与えないよう、丁寧な言葉を選ぶ。


 ああ。と最低限の言葉で肯定されたので、今晩ここに泊まらせて欲しい旨を伝えた。


「あいにく手持ちが中央国の通貨しかないのですが、大丈夫ですか?」


「一泊銀貨三枚だ」


 そう言ってカウンターの奥へ部屋の鍵を取りに行ってしまった。


 銀貨三枚。ぼったくりもいいところだ。王都にある最低ランクの宿に素泊まりするだけであれば銀貨一枚あれば事足りる。銀貨三枚ともなればそれなりの設備が整っている宿に、二食は付くだろう。ましてやこの宿、見るからに老朽化が進んでおり、設備が充実しているようには見えない。


 食事を摂れるようなスペースも見当たらないので、何か食べるのであれば、外で食べるか、何か買ってきて食べるしかないだろう。とはいえ、この村にはこの宿一つしかない。背に腹は代えられない。


 何泊するか決めてはいなかったので、とりあえず一泊分のお金を渡すと、今にも折れそうな鍵を受け取った。


 二階の一番奥の部屋だ。とだけ告げられた。


 食事ができるところはないかと尋ねると、どうやらこの村に唯一あるらしい食事処が、宿の前にあるとだけ教えてもらった。


 亭主の態度はやや気になるものの、『インスマス』の住民は気難しいと聞いていたので、アルハードは、まぁこんなもんだなと納得することにした。


 指定されて部屋のドアを開けると、狭い部屋に木が組まれただけの簡易ベッドが一つだけ置いてあった。


 簡易ベッドの上には薄い敷布団に薄い毛布。一応シーツは敷いてあるようだった。


 最後にこの部屋を掃除したのはいつなのだろうか、そう思える程に埃っぽかった。


 予想していたよりも酷い部屋に、思わず表情筋がひきつるアルハードであったが、ベッドがあり、屋根がある分だけマシだということにした。


 とりあえずは飯だ。ということで、テントや寝袋だけを部屋に置いて、残りの荷物は持って食事に行く。


 宿の前に食事処があるとのことだったが、これまた酷くボロボロの外観であった。


 看板などは見当たらなかったが、入り口と思わしきスイングドアを通ると、僅かばかりの客席とカウンターがあり、酒場のような場所であった。


 昼時だというのに空席が目立つどころか、客が誰もいない有様に、アルハードは唯一の食事処がこれとは、一体ここの住民の食事情はどうなっているのだろうか? 皆自炊でもしているのだろうか? などと呑気なことを考えていた。


 客どころか亭主もいなかったため、ここでもまたすみませーんと声を上げる。


 やがて奥の厨房から亭主と思わしき人物が出てきた。


(あれ? さっきと同じ人)


(よく見てくださいアル。違います。こっちの『インスマス面』は髪の毛がほとんどありません)


(あ、本当だ。こっちの人のが禿げてるな。言われなきゃ全然見分けが付かなかった)


(『インスマス面』は見分けにくいですからね)


「おい、なんだ」


 厨房から出てきた『インスマス面』は、不機嫌そうにそう言ってきた。


 ナルと脳内会話をしていたアルハードは、『インスマス面』からしたら呼び出したにも関わらず、何も言わず突っ立っているだけに見えた。どうやら痺れを切らし、声をかけたようだった。


「あ、や、すみません……そこの宿の亭主からここで食事が出来ると聞いたので」


 脳内会話をしていて放ったらかしてしまっていた相手から声がかかったので、慌てて返事を返す。


 カウンターにあるイスの一つに腰を下ろし、そこでメニューなどが無いことに気付いた。


 表情がいまいち読み取りにくいが、おそらく仏頂面で、何も言わない亭主からの無言のプレッシャーに居心地が悪い思いをしながら、簡単に出来るものをお願いした。


 注文とは言えなくもない注文を聞くと、亭主は奥の厨房へと引っ込んでいった。


 亭主がこの場を去ったことで、鼻をつく魚臭さがいくらか和らいだ気がした。


 アルハードとしては、本当は豪盛な魚料理が食べたいところだったが、客がいないところを見るに、もしかしたら仕込中だったのかもしれないと、簡単にで出来るものをお願いした。


 待っている間に、ナルから『インスマス面』について聞くことにする。


(なぁ、『インスマス面』って皆あんな顔なのか?)


(えぇ、多少個体差はあるものの、大体同じような顔をしていますね)


(そうか……原因不明の皮膚病って聞いてたけど、思ったよりも深刻そうだな)


(ふふっ、アルは優しいのですね。けれど、アレは皮膚病でもなんでもないですよ。ああいうものなのです)


(あんな見た目の亜人なんて見たことも聞いたこともないけどなぁ)


 亜人とは、人間、魔人以外の人型の種族の総称である。


 人間はアルハードと同じで、この世界で最も多い存在である。


 魔人は魔族とも呼ばれ、禍々しい魔力が集まる場所から自然発生する存在。基本的には魔大陸内でしか発生することはないとされているが、あまり魔人についての研究は進んでいないとされている。


 亜人はそのどちらでもない存在を指す。獣人やエルフなどは亜人に分類されており、様々な種族が存在し、各々が集落などを形成し暮らしている事が多い。


 アルハードは『インスマス面』と呼ばれる存在を見た時、魚人種の一種だと思っていたが、ナルによればどうやら違うらしかった。


 王都で得た情報では、重い皮膚病患者が多くいて、それ故に醜悪な見た目だと聞いていた。自身が見た情報と聞いた情報をかけ合わせ、皮膚病の酷い魚人の集落だと考察したが、そうではないらしい。


(『インスマス面』というのは、そうですね……簡単に言えば成長途中の姿とでも言えばいいでしょうか、とにかく彼らはアルの言う亜人ではないですよ)


(うーん……よくわからない。亜人でなければなんだ? 魔族か? とても人間には見えないし)


(魔族がどういった者達かわかりませんが、おそらく違います)


(人間でも、亜人でも魔族でもない存在? そんなのこの世にいるのか?)


(ふっふっふっ、アルも人が悪いですね。今こうしてあなたと話している存在は一体なんだというのです)


 そう指摘され、あっ、そう言えばこいつ邪神だとかなんとか言ってたな。ということを思い出した。


 どうにも自分の中での常識というものが凝り固まっていたようだと、アルハードは認識を改めることにした。実際自分は『ニャルラトホテプ』という超常の存在と共に旅をしてきたのだ。


 それもそうだな。と返事を返したところで、『インスマス面』の亭主がトレーに料理を乗せて持ってきた。


 料理と呼ぶにはお粗末過ぎるそれは、魚を一匹丸々焼いただけのものと、小ぶりの硬そうなパンが一つだけだった。


 簡単なものと言った手前、文句は言うのはお門違いだが、久しぶりの食事がこれでは残念に過ぎるというものだ。しかし、ここは漁村であり、実はこの焼きすぎなのでは? と思われる魚は絶品なのかもしれない。そう気持ちを切り替え、焼き魚を口に運ぶ。


 一口。非常に塩辛かった。


 久しぶりに塩、というよりも野生の味以外の味覚を感じるので、舌が敏感になっているのかと思ったが、それを差し引いても塩が効き過ぎている気がした。


 あまりの濃い味に、慌ててパンを千切って口へと放り込む。


 硬くて、パサパサしていた。


 つまりどちらも不味かった。


 久しぶりのちゃんとした食事を楽しみにしていただけに、アルハードはかなりガッカリした様子である。


 なんとか水で流し込み、腹だけは膨らましておく。


 代金は銀貨一枚だった。あの料理でこの値段はぼったくり過ぎだ。


 腹を膨らませただけの食事を済ませ、村の散策へと出る。少しすると、三人組の『インスマス面』に声をかけられた。


「あんたこの辺じゃ見ない顔だな」


「旅人か?」


「何しに来た」


 とそれぞれが言いたいことを一斉に言ってきた。


 ガラが悪そうな雰囲気を醸し出しているため、やや警戒心を強めながらも準備しておいた嘘を並べる。


 辺境の土地に興味があり、中央国から来たしがない旅人で、数日程適当に滞在した後、西の大国に行くと伝えた。


 しかし彼らは疑いの眼差しを向けてくる。とは言えこれ以上は言えないので、こちらから問いかけ話を変える。


「この土地の人たちはあまり外には出てこないのですか?」


「あぁ、人見知りが多くてね、しかも外のやつらなんてほとんど来ねぇんだ」


「そうなんですね……あなた達はそんな感じはしないのですが」


「俺らはこの村の警備を兼ねてるからな」


 真ん中にいたリーダー格と思わしき『インスマス面』が答える。見た目的には三人共それ程違いはないのだが。


「まぁここのやつらはよそ者が好きじゃねぇから、あんたもあんまり連中を怖がらせないようにしてくれ」


 要するに余計なことはするな、早くこの村から出て行けとのことだった。


 なるほど、この村は予想以上によそ者に対しての風当たりがきついのかもしれない。


 宿代も食事代もぼったく同然の値段であったし、今こうして村の警備をしているというガラの悪そうな連中が忠告して来た。そのことからも、歓迎されていないということは一目瞭然だった。


 アルハードはちょっと歩いて見て回るだけだと言って、その場を後にした。

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