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ネクロノミコン~神話生物と暮らす~  作者: @素朴
第一章
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1-1 おちこぼれ

初投稿です。よろしくお願いします。

 中央国クレイアデス。


 アルフレッド・クレイアデス王が治める、この世界にある五大国の一つ。


 その国の公爵であり大将軍の父。社交界の花型である母。若くして騎士団の団長を務める兄。宮廷魔術師長である姉。


 ボールドウィン公爵家は天才の集まりだ。そんな公爵家の次男として生まれたアルハード・ボールドウィン。


 当然のようにアルハードも周囲に期待されていた。アルハード自身もその期待に応えようと努力していた。兄の様な剣術を、姉の様な魔法を。何より父に認めてもらえるよう努力を重ねた。


 しかし、アルハードには才能が無かった。


 剣術の稽古では真っ先に音を上げ、魔法は初級の魔法ですらうまく発動させることができない。唯一人より優れている点があるとすれば、それは魔力量が非常に多いことだった。


 魔力量が多いからといって魔法が得意な訳ではない。アルハードが使える魔法は、精霊の力を必要としない『生活魔法』と呼ばれる、子どもにも使えるような魔法だけだった。


 つまりアルハードは何をやらせてもダメな子だった。それは自他共に認めているものであり、それ故アルハードはとても捻くれた性格になってしまっていた。


 それでいて、ある意味で開き直っていたのも事実。


 公爵家の次男である限り、父ダミアン・ボールドウィンの機嫌さえ損ねなければ、自分は親の七光りで何不自由なく生きていけるのだと。


 出来損ないの自分に対する周りの陰口はひどいものだが、そんなものはもう何年も聞いてきたので、なるべく気にしないようにしている。どうせ面と向かって言ってくる奴などいないのだからと。


 この国では、六歳から初等学園に通うようになる。それから三年毎に、初等学園、中等学園、高等学園と上がっていき、一般的には高等学園を卒業すれば仕事に就く。


 当然学園に通えない子ども達もたくさんいるが、そういった子ども達はもっと早くから仕事を始めている。


 アルハードの年齢は十六歳。高等学園も卒業しており、本来ならば何か手に職を持っているはずなのだが、アルハードは自由気ままに歩きまわっている。


 自由気ままにとはいったものの、王都にある屋敷にはなるべくいたくないため、アルハードは初等学園の時に魔力操作の先生をしていたソフィアの研究所に入り浸っていた。


 王都の屋敷はボールドウィンの面々が生活している場で、当然父や母もそこで暮らしている。大将軍という役職故に、ボールドウィン家は特に領土を持っていない。これは父ダミアン・ボールドウィンが決めたことだった。


 屋敷の中でのアルハードの扱いは酷いものである。父にはすでに見限られ、母にはいない者として扱われる。兄には努力を怠った者として毛嫌いされている。姉は普段屋敷にはいないので、どう思われているかは知らない。


 従者達も必要最低限の世話のみをし、愛想笑いを浮かべるだけだった。


 実家であるのに、アルハードは居心地の悪さから、屋敷では食事と就寝時以外は寄り付かないようにしている。


 そんな訳で、アルハードは今日もソフィアの務めている研究所を訪れていた。


「あいつらまた俺の悪口言ってやがった」


「いつものことじゃないか。言わせておけばいい。どうせ面と向かって言えるような奴はいないのだし」


「それは俺が大将軍で公爵の息子だからさ」


「それをアルが口にするのもいつものことだな」


 ソフィアは書類に目を通しながら、アルハードの愚痴を聞く。これもいつものことだ。


 今アルハードがいるのは、ソフィアの執務室である。本来ならばそこは、この研究所の所長であるソフィアの仕事部屋であり、用事がない限り所員でもあまり訪れることはない。


 それなのに、特に用があるわけでもないにも関わらず、毎日のように居座るアルハードを疎ましく思っている所員も多い。そもそもアルハードは、ここの研究員でも何でもない。


 アルハードがこの研究所に自由に通えるのは、言ってしまえば親の七光りのおかげである。


 この研究所では都市結界魔法についての研究を行っている。国の機関であり、研究員は二十名程。その全ての者が魔法に精通している。


 そのトップであるソフィア・デイヴィス。ハーフエルフの彼女は非常に魔力操作に長けている。その実力は中央国でもトップクラスである。


 ハーフエルフではあるが、エルフ特有の金髪に長い耳というわけではなく、髪の色は薄紫色で、耳も人間と変わらない。見た目は完全に人間と同じだ。しかし、見た目は人間で言うところの二十五、六歳と言ったところだが、ハーフエルフは長寿のため、彼女の実際の年齢は五十を超えている。


 見た目が人間と同じである以上、歳は五十歳だと言われても、それを信じる者はいない。


 薄紫色の髪は、肩に掛からない程度の長さで切り揃えられ、整った顔立ちを一層良く見せている。瞳も髪と同じ薄紫色をしている。


 白衣が良く似合っており、仕事ができる女に見える。しかし、その身に纏うアンニュイな雰囲気から、やや近寄りがたい感じがする。


 アルハードは、ソフィアのことを先生と呼んでいる。それは初等学園時代の生徒だったときの癖である。


 ドアをノックする音がした後、所員の一人が部屋に入ってきた。


 アルハードは一応この研究所の人間の顔は全て覚えている。今入って来た男はここの副所長である。


 副所長はアルハードを一瞥し、すぐにソフィアへと歩み寄る。アルハードを見たのは一瞬だったが、その目はアルハードを心底見下していた。副所長目はその嫌悪にも近い感情を微塵も隠そうとしない。


「都市結界の性能向上実験のレポートです」


「わかった。後で目を通しておくからそこに置いといてくれ」


 短い事務的なやりとりだけをし、副所長は部屋を後にする。


「……ふん、あいつは嫌いだ」


「またそんなことを言って」


「あいつの人を見下したような目が嫌いだ。先生に対してだって敬意を感じないし」


「彼は野心家なんだよ。それよりアルは、私に敬意を持っているとでも?」


「あぁー……いや、それは、まぁ……」


 言い淀むアルハードを見て、ソフィアは愉快そうにクスクスと小さく笑う。


 ソフィアはアルハードが自分に懐いてくれていることが心地好かった。誰に対しても皮肉屋のアルハードが、自分にだけは気さくに話しかけてくれる。確かに出来の悪い教え子だったが、別にそれでもいいじゃないかと思っている。


「先生はどうして俺なんかの相手をしてくれるんだよ」


 唐突に柄にもないことを質問してきたので、ソフィアは少し驚いた。さては、何か嫌なことでもあったのだろうか。そんなことを考えながら、書類から顔を上げ、アルハードへ視線を向ける。


「んー……確かにアルは、同年の子らが頑張っている中、毎日のようにこんなところに遊びに来てるようなろくでなしだけど」


 誰がろくでなしだー! とアルハードから抗議の声が上がる。しかし、ソフィアはそれをスルーし言葉を続ける。


「まぁ、出来の悪い生徒ほど可愛げがあるってものだ」


 ソフィアはそう言って微笑む。


 微笑みを向けられたアルハードは、うぐぐ……と黙ってしまう。


 アルハードは真っ直ぐとした言葉に弱い。普段耳に入る言葉は、悪意のあるものばかりであるがために、褒められたり、お礼を言われたりすると、素直に喜べないらしかった。






 あれっきりアルハードは黙り込んでしまっていた。


 特に会話もない時間が気まずいとは互いに思わないが、今日はなんとなく会話をし続けた方がいい気がしたので、ソフィアは話題を振ることにする。


 とはいったものの、ソフィア自身あまりコミュニケーションを取るのが得意ではないので、思い切って聞いてみることにする。


「アル、今日何か嫌なことでもあったのか?」


 突然変なことを聞いてきたソフィアに対して、やや訝しげな表情になるも、すぐに視線を外し、どことなく言いづらそうに言葉を紡ぐ。


「いやー……まぁ、嫌なことというか、ちょっとね……」


「さあさあ、おねーさんに言ってみなさい」


「おねーさんって歳でもないだろ……」


 ソフィアは無言で手元にあった羽ペンを投擲した。


 インクが付いたままの羽ペンは、そのままアルハードの鼻っ面に突き刺さる。


「いっだぁ! な、何するんだよ!」


「さあさあ、おねーさんに言ってみなさい」


「あ、はい。えっとですね」


 物理行使からの真顔の圧力が怖かったのだろうか、インクの付いた鼻を擦りながら、アルハードは今朝のことを話し始める。


「実は今朝母様とすれ違った時に挨拶したんだけど、その、無視されたってだけなんだよ。まぁ、あんまり気にするようなことじゃないんだけどさ」


 なるほど、そういうことかと納得する。


 アルハードの母親には会ったことはないが、話を聞いている限り、アルハードには冷たいという印象を持っていたソフィアだが、まさかそこまでとは思わなかったので、少なからず驚きはした。


 公爵家の夫人であり、アルハードの母親も上級貴族の出自である。それに、長男長女ともにとても優秀であるので、なんの才も持たないアルハードに冷たく当たるのも無理は無いのかもしれない。


 しかし、それにしても無視までされるとは。産みの親に無視されたということに、アルハード自身思うところがあるのかもしれない。


 見ればアルハードは、少し居心地の悪いような、曖昧な笑みを浮かべている。


「なるほどな……ふむ。アル、ちょっと私のことをお母さんと呼んでみろ」


 ソフィアの言葉にアルハードは、どんな表情をすればいいのか、どんな言葉を返せばいいのかわからないでいるといった様子だ。それ程までにソフィアの言っていることは素っ頓狂なものだったのだろう。


「……おい、何だその顔は」


「え、いや、何だって、それこっちのセリフだから」


 やっとのことで絞り出されたアルハードの声は今にも裏返りそうである。


 一方ソフィアからは、フザケているような雰囲気はあまり感じられない。それどころか、私は大真面目に言っているんだぞと言わんばかりである。

 

「アルがあまり母親に甘えることができないみたいだったから、甘えさせてやろうと思っただけだよ」


「なんだよその変な気遣いは……てか俺もう十六だから母様に甘えるとかないから……」


「とりあえずお母さんと言ってみろ」


 呆れているアルハードだったが、ソフィアは引き下がらない。


 ソフィアが意外と頑固だということは、それなりに長い付き合いがあるアルハードは知っている。そうそうに諦めたのだろう、アルハードは渋々といった様子で、多少の恥ずかしさを噛み殺したような表情だ。


「ぐっ……お、お母さん」


「ふむ。思っていたのと少し違う気がする」


「何がだよ」


「次はお姉さんにしてみようか」


「意味がわからな……はぁ」


 言いかけて、ため息に変わる。


 ソフィアはと言えば、当初の目的であったはずの、母親に甘えさてやるというのは、今や綺麗サッパリ忘れているのであろう。今は、アルハードにお姉さんと呼んでもらうということに、期待を持っている。


 一方は諦めた雰囲気。もう一方は期待に満ちている雰囲気。執務室は異様な雰囲気に包まれていた。もし、先程のように研究員が入ってきたら何事かと思ったことだろう。


「お姉さん」


「お姉さんの前にソフィアと付けてもう一度」


「ソフィア姉さん」


 ソフィアは更に注文を付ける。アルハードはからは諦めた空気が漂っていたし、やや呆れられた顔をしているが気にしないことにした。


 ソフィアは顎に指を当て、なるほどなるほど、これはありだなンフフ。と小さくつぶやきながら頷いている。


 何がだよ。と言いたげなアルハードだが、今は置いてけぼりである。


 ソフィア姉さんか、ふふっ。と普段表情の変化に乏しいソフィアだが、僅かに口角を上げ、ニヤついている。


 実はアルハードは、自分を過小評価していて気づいていないのだが、アルハードの顔は母親の遺伝子をしっかりと受け継いでおり、それなりに整っているのである。


 しかし、比べる対象があの兄と姉では、自分自身かなり劣っていると思ってしまっても無理はないだろう。


 兄はまさに、両親の良いところを寄せ集めたような顔立ちである。父親譲りの、暗めの金髪に、母親譲りのグレーの瞳。各パーツは言わずもがな。一言で言い表すのなら、すごくカッコイイ。


 姉は母親の遺伝子が色濃く出ている。栗色の髪にグレーの瞳。社交界の花型と言われる、母親の美貌を遺憾なく受け継いでいる。昔侍女が廊下で話しているのをアルハードは聞いたことがあるが、嫉妬すら覚えない美貌だという。


 そんな二人を間近で見ているため、自分の容姿に自信が持てないのも無理ないのかもしれない。


 アルハード自身も、姉と同じ様に栗色の髪にグレーの瞳。兄や姉程ではないが、それなりに顔立ちも整っているのだが、やや童顔であった。実際は十六歳だが、見た目としては高めに見ても十三、四歳くらいに見える。そして、同年の男性と比べ身長もやや低かった。


 その童顔と低身長がアルハードのコンプレックスとなって、自身の過小評価に拍車をかけている。


 しかし、アルハードは知らなかった。その童顔と、低身長が一部の女性達の中で大人気だということを。


 ボールドウィン家に仕える侍女の数はそれなりに多い。が、アルハードと親しい侍女は一人もいない。それは、侍女達が冷たいのではなく、アルハードが自身をあまりにも卑下にしているため、どう接して良いのか判らずにいるからだった。


 アルハードを世話したいという、庇護欲にかられている侍女は、実はかなり多くいることをアルハードは知らない。


 侍女の中には、ソフィアに嫉妬している者もいるくらいなのである。


 そういった事情があり、なぜソフィアがニヤついているのか、その理由をアルハードが知るはずもなく、目の前でニヤけている先生の姿に疑問符が浮かぶだけだった。


「今日は一日気分良く仕事が出来そうだ」


「はぁ、よくわからないんだけど」


「アルはそのまま変わらずにいれば良いということだよ」


「ますます意味がわからん」


「さて、いい時間だし、そろそろ食堂に行こう」


 時刻は丁度お昼である。


 この研究所には食堂が備え付けられており、ここの研究員であれば自由に利用することが出来る。流石は国営の研究所というだけのことはある。


 アルハードは研究員ではないが、そこも親の七光りを発揮しているため問題ない。


 昼食をソフィアと摂ることは、もはや日課と言ってもいい。しかし、その時食堂で感じる視線が、アルハードは苦手だった。どうせ自分のことを蔑んでいるのだろうと、そう思っているからである。


 しかしそれはアルハードの勘違いで、男性所員からはソフィアと一緒に食事をしていることへの嫉妬の視線で、女性所員からは可愛い物を愛でるような視線なのだが、そのことを知る由もない。


 ソフィアは軽く書類をまとめ、さっさと部屋を出て行く。アルハードもそれに続く。


 しょうもないやり取りをソフィアとしたためか、アルハードの顔色は若干ではあるが、今朝よりは良くなっていた。

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