芳の葛藤そして覚悟
体育祭が終わった次の週の火曜日。教室ではクラスメイトの皆が体育祭の話で友達と楽しそうに会話していた。
そんな中、会話に混ざることが出来なく悲壮感たっぷりの俺の目の前では奇妙な光景が起きていた。
「体育祭の行われている最中に暴力を振るってしまい申し訳ありませんでした。お願いだから委員長の座を降ろさないでください!」
委員長が何故ここまで体育祭の暴力の件について謝っているのかというと、委員長は生徒会長の安藤先輩に女の敵を倒したと報告してしまったのだ。そしたら生徒会長は「いくらふしだらな行いをしていたとしても、暴力を振るってしまったら貴方も風紀を乱したことになるわ。来週学校に着いたら、芳君にしっかりと謝ってきなさい」とのことだそうだ。さもなければ委員長の座を降ろされてしまうとも聞いた。そうまでして委員長でいたい理由がとても気になるのだが、それは後で聞こう。
生徒会長も俺のことだったせいか、激怒していたのだという。
愛は変態を救い、正しき者をも罰する力を持っている。なんて甘美な響きだろう。思わず涙が溢れてきた。
そんなに俺のことが好きなら、安藤さんの婿になることを希望します。実際告白されたわけだし、その選択しも存在するわけだ。
せっかくいつもと立場が逆転している状況なんだから、上からものを言わなければ損というものだろう。
「まぁ許してやっても良いよ。俺にも非が少しあったのは認めるしかないからな。だが条件付でってことになるが?」
「も、もちろん承知の上であります。たとえどんな条件でも受け入れます」
「なら、俺が命令したことに対して逆らうことなく、忠実に従うのだ。それが出来ないのなら委員長を辞めさせる。良いな?」
「くっ、しょうがない。その条件を飲もう」
くっくっく、人の弱みにつけ込んで愉悦感を味わう。これは俺の人生が灰色からバラ色へ一歩近づいた証拠でしょ。いや間違えた。灰色から黒だった。
そんな芳は普段と変わってないように周囲の人の目には映ったこはずだ。思想や性格、態度に変化したところはないと思ったに違いない。しかし、誰よりも俺を親しく、そして俺を理解していると思われるあいつは、違和感に気づいていたようだ。
「どうしたんだ芳? 難しい顔をして」
「お前は気づいていたか」
「もちろんだ。朝から下手に気障ってただろ。建前ばっかでよりいっそう気持ち悪く俺には見えたぞ。それはさておき、親友の悩みとなれば助けるしかないだろ」
「無駄に格好付けようとするな、お前に言われたことそっくりそのまま返すぞ」
「いいから言え」
その言葉がやたらと真剣味を帯びていたので、芳もそれに答えるように真剣な表情となり、悩みの根源の一つ、二年前、まだ芳が中学三年生の頃の出来事についてから語り始めたのだった。
「お前は進路をなんだと思っているんだ?」
「そんなの将来進むべき方向に決まっているじゃないですか」
「なら、どうしてこんな自己PRカードになるんだ?」
今俺は進路相談をしている。季節は冬で高校に送る自己PRカードのことで相談を持ちかけられた。ちゃんと書いたつもりなんだけど。
そして担任の教師、今井はその自己PRカードを机の上に叩きつけた。
その内容とは、志望理由が普通校で平穏に過ごせそうだから。中学校生活の中で得たことが凡人は一番良いカーストで、友達関係は遠からず近づきすぎないことが大切だということ。高等学校卒業後が特にやりたいことはないとのことだ。あれ? おかしなところなくない?
「確かに答えにはなっている。だが、特徴的ところが凡人は一番良いカーストとかいう持論だけで、短所や長所、目指しているものがなに一つ記されていない」
あーそういえば書いていなかった。俺の長所と短所か……。やばい、考えてみたけど思いつかねぇ!
「よくある例でいうと、国際社会で活躍したいとか好きな科目とかを適当に書いて、それについての具体的な方法を書くって感じだと思う。何もない場合は偽っても良い」
うわっ、こんな適当でよく教員免許取れたな。普通だったら、もっと的確なアドバイスをしてくれるんじゃないのか。
「お前にとっては期待はずれだったようだけど、世の中そんなのであふれかえっているから利用しなくちゃもったいないだろ」
「俺は先生の人間性について脳内会議することにします」
「おい待て! 大人にあまり希望を求めるなってことを伝えたかっただけだ! いきなり難しそうな顔するな!」
どうしてこんな性格になってしまったんだろう? 大人になって老いていくと皆同じように腐っていくのかな? それとも、人生経験豊富なのかな? まぁ、他人の人生なんて分かるわけがないのだから、結論から言って考えるだけ無駄だった。
俺の脳内会議に結論が出たところで、先生は初めてまともなことを言った。
「とにかくだ。こんな短文じゃ印象的なだけで悪評が立つだけだから、オススメはしない」
「まぁ冗談はともかく常識的に考えて駄目なのは分かりました。ですが、凡才で有名な俺は自慢じゃないけど善し悪しがなんなのか分からないし、適当な口実を作ったとしても後に面倒くさいことになったとき、対処しきれない場合があると思います」
だいたい、国際社会で活躍したいとか書いて、やたらと教師陣に絡まれたりしたらどうすんだよ。将来就きたい職業も決めてない俺が下手に会話なんてしたら、口達者じゃない俺が返す答えは必ず短文になる。そうすると一問一答になって、めちゃくちゃ怪しまれるだろう。俺って結構ツンデル?
じゃあ、と先生は口角を悪党の如く吊り上げて言った。
「変態っていう設定で書いてみたらどうだ?」
そんな突拍子のない言葉に思わず「はぁ?」と素っ頓狂な声を出してしまった。いや、もうなんかどうでも良くなってきたぞ。
「分かりました。こうなったらもうなるようになることを願うしかなさそうですね」
「良かった。拒否するようなら実力行使をする羽目になっていたところだった」
何この人怖いんですけど。てか実力行使とか教師じゃなくて不良とかがいう言葉だと思うんですけど。本当に教師なの?
「変態といっても色々あるけど、細かい設定を教えてください」
「特に要望がないならハーレムはどうだ?」
「ハーレム?」
「簡単に説明すると複数の女子ときゃっきゃうふふな生活を送ったりする事だ」
「つまりリア充の上位に君臨する者だけが得られる特権みたいなものか?」
「だいたい当たっている。ラノベでよくあるやつだ」
「あー、あれですか。主人公が個性豊かなヒロインたちに休む暇なく振り回される可哀想なやつですか。現実でそうなるとは思えませんし、絶対に嫌ですけどそれで書きましょう」
「平凡だからなせる業だ。お前の将来に期待しているよ」
これが俺の過去。あの頃は変態じゃなかったから結構懐かしいな。でも、あの後本当に書かせられた俺って可哀想だよね。思わず涙が出てきてしまう。
この昔話をした後に、芳はもう一つの葛藤の原因になっている生徒会長に告白されたことも簡潔に話した。
「本当かそれ! お前非モテキャラのくせに普通にモテてどうするの? 呪われたいの? 呪ってやる!」
隼の目が血走っていて、全く冗談に聞こえてこないのは俺の勘違いだろう。いや、勘違いであって欲しい。
「あのな、俺も割と真剣に考えているんだ。今後のハーレム人生に大きな影響を与える分岐点だと思っている。何かいい方法は見つからないか?」
「俺に思いつく方法はどれも片方しか選ぶことができない。でも、芳だったら両方とも捨てることなく、当事者の想いに答えることができる選択が出来るんじゃないか?」
悲しませることのない結果か。難しいけど無きにしも非ずと言えるだろう。俺が選ぼうとしてるのは極めてシンプルな方法かもしれない。けど、これが一番最適だと確信している。俺の欲深さ故に辛いことがたくさんあるのは承知だけど、感謝をする日が来ようとは思わなかったよ。
「どうやら変態だから選べるルートもあるみたいだね。頑張って来いよ」
「あぁ、変態としてな」
こうして覚悟ができた芳は準備を始めるのだった。