その一
なんだこりゃ。収拾つかねぇ。
「ぶっあいそうだなぁ!」
げらげらげら、と遠慮のない笑い声が頭上に降ってきたので、舌打ち混じりに見上げると、
「……フリッツ」
「よぉ」
金色短髪の男が歯を見せて人懐っこい笑みを浮かべていた。彼は右手を上げて、そのままその手で僕の頭を叩く。ヘルメットがずれた。
「やめてよ。前が見えない」
「おお、わり」フリッツは僕のヘルメットをグイと後頭部の方へずらした。思わず後ろに倒れそうになる。
「なんでお前はそう、馬鹿力なのかな」
「ああ?力が有り余ってんだよ」
彼は右腕を力いっぱいと言うふうに大きく回した。僕はヘルメットの位置を直しながら、溜息をつく。
「……で?フリッツは何をしに来たの?ただからかいに来たわけ?」僕が半眼で問いかけると、彼は「あ、そうだ」と膝を叩いた。そして、今更姿勢を正して、
「ハンス・プラーヴィチ隊員!壁の様子は!侵入者は!脱走者は!」と声を張り上げた。
「ああ……別に普通。脱走を試みた男が一人射殺されたくらいだよ、フリードリヒ・ロイド隊員」僕は頬を掻く。
「あっそう」フリッツも大して興味無さそうにあっさりと全身の緊張を解いた。
「それにしてもあれだな。この隊員、て呼び方好きじゃねぇや」
「しょうがないだろ。『階級は平等の原理に反する』んだから」
僕は壁に寄りかかって、立てかけていた散弾銃を手にとった。
「まあ、別にいいけどな」そう言って彼はゆっくりと踵を返した。
そこで、空っぽの左袖が揺れる。
「その、なんだ。お前も目、大事にしろよ」振り向かず、彼はそう言った。
「……ああ」僕は、義眼の入った右目を瞼の上から撫でた。
風が、壁の前の草原を揺らした。