導入
文章力誰かくれださい。
「空をね、飛べると思ったんだ」
彼女が振り向く。風で髪が舞い上がり、白い顔が見えなくなる。
「無理だね」僕はそう言った。
僕は今、どんな顔をしていてるのだろう。彼女のように白いのか。
「夢がないわ」
風がやんで、彼女は声なく笑っていた。そして、どこかのバレリーナのように、一回転。僕は手に力を込めた。
彼女が立つのは、国境である壁の上。後ろ向きに彼女が倒れるのを許してしまえば、僕は死刑だ。
「余計なことはしない方がいい」
相変わらず無愛想な声が出た。まあ、この状況で愛想を振り撒くほど、僕の頭はお花畑ではない。
「無愛想ね」彼女は幼子のように頬を膨らませた。そして、よいしょ、とわざとらしい声をあげて壁のへりに腰かけた。足をぱたぱたと前後に動かしている。
「そろそろ撃つよ」僕はそんな彼女を見ながら、散弾銃の照準を合わせる。
「あら、親切ね。わざわざ逃げろって言ってくれるの?」
彼女は口の端を釣り上げた。
「逃げられるわけないだろ、そんなとこから」言いながら首を回すと、ぼきりと音がした。
「ねぇ、私、空を飛びたかったの」
「……」
「貴方、一緒に飛んでくれないかしら。私、貴方のこと」
好きよ。
彼女の唇がそう動いた。
僕は目を瞑った。そして長く息を吐いて、散弾銃を下ろす。
ぺた、ぺた、と裸足の音。彼女が立ち上がったのだろう。
「好きよ、ハンス」
囁く彼女。
僕は目を開いた。
そして、
――――――……
銃声。