人生5
周りは、一気に洋風の建物が並ぶ町になっていた。
人の気配はない。
俺は突然のことに混乱して、たまたま近くにあったベンチに座った。
座って考える。ここはどこだ?わからない。何でこんなところにいる?わからない。どうやってきた?わからない。すべてが分からなかった。
どうしよう。どうする?ああ、こういうときに、本心が出てしまう。
口調だって、おかしい人みたいに見せようと思って、偽ってるときの一人称は『ボク』にしたし、変なしゃべり方もしたのに。焦ると、いまだに、弱い自分が出てくる。
「…ああっ。ちょっと待って、うわ…落ちる!落ちる!!」
近くで、声が聞こえた。周りを見渡すと、右のほうに続く道から、1人の男が歩いてきていた。
その男は、折れそうなほど細くて、なのに、大きな袋を持っている。
「待ってよラミー。これ、重いんだってば」
男は誰かと話をしていた。だんだん近づいてくる。そして、気づいた。
男は、動くヌイグルミと話をしていたのだった。
「はあ…はあ……。おや?珍しいね、こんなところに人がいるなんて。どうしたの?」
やがてすぐ近くまで来た男とヌイグルミは、俺に話しかけてきた。
俺は、驚きで何も出なかった。
「あ…あ…えと…それ……」
「ん?…ああ、この子?この子はラミー。女の子だよ」
俺が聞きたいのはそういう話じゃないのだが。
「もしかして、あっちの世界から迷い込んだ子かな?まあとりあえず僕の家に入って話そう」
「え?…え??」
俺は、わけも分からず、その男と動くヌイグルミに、すぐ後ろの家に連れて行かれた。
かなり大きくて、ヨーロッパ風の建物。そこが男の家のようだ。
………。
俺は今、ソファに座ってお茶を飲んでいる。目の前には男が座っている。あのヌイグルミは、お菓子を与えられて部屋中を動き回っていた。
男はとても奇異な見た目をしていた。折れそうなほどの細い体。見た目は東洋人のようだ。長髪を左側でゆるくまとめていて、服装はかなり質素なシャツとズボン。片目は包帯で隠れていて、首にも包帯が巻かれている。時折服の裾からのぞく肌にも、傷跡が見えた。
俺がかなり見ていたからだろうか、男は不思議そうにこちらを見ていた。
男の名はアガン。ヌイグルミはラミーといった。アガンが怪我をしているのは、ラミーのせいだという。しかし、アガンは気にしていないらしい。何故?と聞くと、アガンは「愛してるから」と言った。
たとえ冷たくされても、たとえ自分が殺されても、ラミーがいなくては生きていけない。それに、これも一種の愛の形なのだ。立派な愛情表現の一つ、だから、痛くない。
変な理由だった。でも俺は、今までそんな風に考えたことは一度もなくて、そんな風に明るく考えられるアガンが、ちょっと羨ましくもあった。もっとも、俺みたいに、相手の考えが分からないから言えることなのだが。
俺はラミーの心を読んであげようと思った。そうすれば相手のことが分かるかもしれない。でも無理だった。俺でも、人間でないものの感情は、読み取れなかった。目の前のヌイグルミは動いているのに、それがとても不思議だった。
アガンは、この世界が、俺たちが住んでいる世界とは違うと説明してくれた。ここは、多くの種族が共存する世界。暮らしぶりは、人間の生活と似ているらしい。この世界と人間の世界は、どこかでつながっていて、時々人間が迷い込む。一応、帰る方法はあるという。
アガンは一通り説明をしてくれたところで、俺にここで暮らさないかと聞いた。
この世界で生活している人間も多く存在するらしい。大概は、人間の世界で生きられなくなった人。いじめや、重い借金、リストラなど、様々な理由がある。アガンは、俺のことを見抜いた上で、そう提案してきたのだ。
というか、この世界に迷い込む人間というのは、何か問題を抱えている人が多いという。今までも、こうして迷い込む人がいたのである。
俺は迷った。向こうに俺の居場所はないし、こっちにいたほうが、1つの生物として存在を認めてもらえるのではないかとも思う。
俺は考えて考えて、そして、決めた。
「やめるよ。俺はまだ、あっちで何もやってないし。それに、なんとなく元の世界で暮らすほうがいい気がする」
なんとなく…ただ、なんとなく、元の世界のほうが、いい気がした。自分には、ここよりも、元の世界のほうがいいと思った。それぐらいの理由だ。
「そうか…それじゃあ仕方がないね。またいつでも来ていいよ」
アガンは少しだけ悲しそうに言った。