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ここにはいない

作者: かなぶん

 暗い部屋の中で目を覚ますと、いつもの汚い天井がそこにあった。

 何も考えることが出来ずに周りを見回すと、普段とは違い少し目線が高いことに気が付いた。

 暗闇に目が慣れ始め改めて辺りを見回すと、壊れたパソコン、縦長の箪笥、二段に重ねた本棚、窓から見える団地の明かり、寝ているときには見えない視点があった。

 自分の不思議さに寝返りをしても不自然さは消えなかった。

 目を開けたまま、箪笥の下から二段目をぼーっと眺めていた。

 少しづつ、少しづつだけど、自分の視点が上がっていくのに気付く。

 たまに天井の木目を見ていると木目が変わっていく、動いている気がする。そんな気のせいに襲われていた。

 でも今は違う。

 目を閉じてゆっくり目を開く。それでも視線の位置は高くなっていった。

「あぁ〜なるほど」

 ついつい声が出る。

 いや声は実際は出ていない。口パクだ。

 いやどうだろうか?

 この状態で声は出るものだろうか?

 僕は浮いていた。

 幽体離脱という現象が僕の体に起こっていた。

 不意に自分の本体が気になり体を起こし下を見ると、布団の上で静かに眠る僕がいた。

 布団の周りは散らかっていてゴミが散乱していた。汚い。

 客観的に見るとそう思ってしまう自分の部屋なのに。

 でも片付けようと思うことは微塵も感じなかった。

 今はそんなどうでもいいことよりも、この状態を楽しむべきだ。

 面白い。

 高くと思えば体はふわふわと上昇していき、低くと思えばゆっくりと下降していく。自分の意志を読み取り動く。

 まるで最初から浮くことが出来る特別人間になれ、そしてこれから鳥のように外に飛び出して夜の空を自在に飛び回ることが出来ると思うと、楽しくて嬉しくて仕方なかった。

「あっ」

 もう駄目だ。

 気付いてしまった。

 もう戻れない。

 忘れていた。

 このまま忘れていたかった。

 僕はもうここから動けないだろう。

 だって見付けてしまったもの箱を…。

 睡眠薬と書かれた小さな箱を…。そして動かない自分。

 膝を折り自分に触れると、体温を感じなかった。

 そして上下しない胸、呼吸をしない自分がそこに虚しく横たわっている。

 記憶が蘇る。

 頭の中にキーンと高い音が響いた。

 人には一度か二度はあるだろう。死にたいと思うことが。

 口では簡単に言える言葉だけど、いざ実行に移そうとすると躊躇して出来ないもの。

 僕はそれ何度も実行しようとして何度も躊躇った。

 そして今日僕は初めて実行し、初めて成功した。

 それが成功したということは戻って来れないってことだった。

「誰か助けて、僕はここにはもういないけれど、僕はここにいるから気付いて」

 声は出ているのだろうか?聞こえているのなら僕の涙を早く止めて。


 あれから程なくして、僕はいなくなった。

 何となくわかる。

 きっと僕は焼かれ、骨になり、土に帰っただろう。

 けれど僕は動けずに淋しい。

 誰か助けて…。

 僕の声が聞こえるなら。


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― 新着の感想 ―
[一言] 地縛霊に出会うという物語はよくありますが……そうなる“瞬間”を描いたのはおもしろい試みだと思います。 ただ「幽体離脱」とはっきりと言うよりも、浮いているという事実をもっと細かく書いたらもっと…
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