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エルフんどし番長  作者: 水前寺鯉太郎


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第8話「春の奉納紙角力(かみずもう)と、大地を揺らす三連覇」

第8話「春の奉納紙角力(かみずもう)と、大地を揺らす三連覇」


 三月。長く厳しい冬が終わり、私立聖樹学園を抱く大樹海にも、ようやくうっすらと春の息吹が訪れようとしていた。


 この時期、学園は一年で最も熱狂的な空気に包まれる。


 それは春の訪れとともに大地のマナを呼び覚ますための巨大な神事――『春の奉納紙角力(ほうのうかみずもう)大会』が開催されるからである。盤面を叩く激しい振動によって大樹の根を刺激し、豊穣を祈願するという、エルフにとって極めて神聖かつ闘争心に満ちた儀式であった。


「いよいよですね、アルヴェイン番長(アタマ)! 前人未到の大会三連覇、オレたち舎弟一同、全力で応援させてもらいますぜ!」


「ええ! 今の先輩の『大地の重み』を持ったタッピングに、敵う者など学園には存在しません!」


 学園の大講堂。熱気でむせ返るような控え室で、特攻のシマダとけん玉のサキが興奮気味に声を上げる。足元ではアース・パグのトシロウが、新しい春の匂いに鼻をヒクつかせながら「グヒッ!」と勇ましく吼えた。


 雑賀アルヴェインは長ランの襟を正し、純白の一晒し(ふんどし)の結び目をぐっと力強く締め直した。


「ふっ……三連覇なんざ、ただの通過点に過ぎねぇ。俺は俺の『漢(おとこ)』を、この神聖な盤上に叩きつけるだけだ」


 アルヴェインは静かに目を閉じる。冬の特訓で得たオークの「泥着力」、そして黒鋼の土俵で魚人マリオとぶつかり合った「重み」。今の彼には、絶対的な自信が満ち溢れていた。


 学園新聞部が発行した大会の予想オッズ表には、当然のようにこう記されている。


 ◎(本命):雑賀アルヴェイン(三年生・絶対王者)


 誰もが、白フンの番長の圧勝を疑っていなかった。


 だが――神事は甘くない。大樹に集う若き才能たちが、打打倒アルヴェインに燃え、静かに牙を研いでいたのである。


「準決勝、第一試合! 雑賀アルヴェイン 対 アーサー・ペンドラ! 両者、盤面へ!」


 大講堂の中央に鎮座する、樹齢千年のご神木から切り出された『特大・神事盤』。


 アルヴェインの前に立ち塞がったのは、オッズ表で△(単穴)の評価を受けていた、西方『聖騎士王国』からの留学生、人間族のアーサーであった。


 彼はまだ中等部から昇格したばかりの1年生だが、中等部の大会を総なめにした天才である。金髪碧眼、折り目正しい騎士の制服を身に纏い、その指先には鋼鉄の指サックが装着されていた。


「アルヴェイン先輩。あなたの『白フン』という破廉恥な装い、騎士の誇りにかけて、僕がこの盤上で粉砕してみせます」


「威勢がいいな、1年。だが、漢の重みは言葉じゃ語れねぇぜ」


 アーサーの紙力士は、ミスリル箔でコーティングされた『重装甲騎士・ランスロット』。対するアルヴェインは、冬の寒稽古を経て和紙の繊維が限界まで引き締まった『赤フン号・極(きわみ)』である。


「はっけよい……残った!!」


 行司の軍配が返った瞬間、アーサーの目が鋭く細められた。


「聖槍タッピング……『キャメロット・スラスト』!!」


 カンッ! カンッ! カンッ!!


 アーサーの指先から放たれるのは、面ではなく「点」で盤面を貫く、恐るべき直線の打撃であった。振動が波ではなく、鋭い槍のように盤面を一直線に走り、アルヴェインの『赤フン号』の足元を正確にえぐり上げる!


(なるほど、点の振動で俺の紙力士の重心をピンポイントで浮かす気か……! 恐ろしい1年だ!)


 浮き上がる『赤フン号』。講堂のエルフたちがざわめく。


 だが、アルヴェインは慌てない。彼は静かに股を開き、丹田に気を落とした。


「貫通力は認める。だが……『大地』は点ではなく、面で受け止めるもんだ!」


 ズ・ドゥゥン!!


 アルヴェインが放った『一晒し・丹田叩き』。


 指先から放たれた極太の重低音が、アーサーの鋭い直線の振動を、盤面全体を揺らす面振動で完全に包み込み、相殺してしまった。


「な、なんだと!? 僕の聖槍振動が、泥沼に飲み込まれたように消えた……!?」


「泥の重みを知らねぇ若造には、貫けねぇよ!」


 ドガァァン!


 アルヴェインの強烈な二撃目が神事盤を打ち鳴らし、浮き上がったのはアーサーの『重装甲騎士』の方だった。そのまま『赤フン号』が豪快な寄り切りを決め、盤外へと弾き飛ばす。


「勝負あり! 雑賀アルヴェインの勝ち!!」


 ワァァァァッ! と講堂が揺れる。アーサーは崩れ落ち、自身の指サックを見つめて呆然としていた。


 そして、熱狂も冷めやらぬまま、舞台はついに決勝戦へと移る。


「決勝戦! 雑賀アルヴェイン 対 マルセリーノ! 両者、盤面へ!」


 反対側のブロックを、圧倒的な熱気で勝ち上がってきた男。予想オッズ◯(対抗)、南方『火山群島』からの留学生であり、サラマンダーの血を引く情熱の2年生チャンピオン、マルセリーノであった。


 褐色の肌に赤髪のマルセリーノは、上半身裸に熱気を逃がす特注の革短パンという、荒々しいスタイルで立ち塞がった。


「アルヴェイン先輩! あんたの大地の重み、噂通りだ! だが俺のパッションと熱気からは逃げられねぇぞ!」


 マルセリーノの紙力士は、火山岩の灰を漉き込んだ難燃性の黒和紙『炎魔竜・サラマンダー』。指先を神事盤に滑らせるだけで、摩擦熱によって盤面から陽炎が立ち上る。


「いくぞ……はっけよい、残ったぁぁぁ!!」


 ドバァァァン!!


 マルセリーノの指先が盤面を擦るように叩かれると、超高速の超高熱タッピングによって神事盤の上に『上昇気流(サーマル)』が発生した!


 熱風のブラストを受け、『赤フン号・極』が空中へ浮き上がり、そのまま吹っ飛ばされそうになる!


「ギャハハ! どうだ! 足腰がどれだけ重くても、熱気流で空に持ち上げられちゃ接地すらできねぇだろ!」


「なにぃ!? 紙力士を焦がさずに、空気の対流で浮かせただと!?」


 シマダとサキが青ざめる。力ではなく、熱による物理干渉。エルフの軽さも、オークの重みも通じない絶体絶命の浮遊攻撃である。


 宙に浮きかけ、くるくると回転する『赤フン号』。


 だが、アルヴェインは動じなかった。彼はニッと不敵に口角を上げた。


「……マルセリーノ。お前の情熱(熱気)は本物だ。……だがな、熱ってのは上がっていくばかりじゃねぇ。大地の冷気と混ざり合い、嵐を起こす『風』になるんだよ!」


 アルヴェインは深く四股を踏み込み、下半身の締め込みを限界まで締め上げた。


 かつて寒中水泳で己の血を煮やした熱。そしてオークの泥特訓で得た大地と繋がる質量。さらには、かつて己が得意としていたエルフ本来の『風の精霊術』。


すべての経験、すべての文化、すべての仲間との絆が、この白い一晒しを介して丹田へと直結する!


「喰らえ! 俺の全魂……『一晒(ひとざら)し・大樹大嵐(たいじゅたいらん)叩き』ーーッ!!」


 ズ・ドドドドドドドォォォォンッ!!


 アルヴェインの十指が、神事盤の縁をまるで千手観音のごとき残像で叩き打った!


重低音の衝撃波と、下半身から巻き起こる冷却のマナが、マルセリーノの発生させた熱気流と真っ向から衝突。神事盤の上で強大な『局地的大竜巻』が巻き起こった!


熱気は一瞬で冷やされて風へと変わり、浮き上がっていた『赤フン号・極』は風の目を捕らえて垂直に着地。逆に、対流の嵐に呑み込まれたマルセリーノの『炎魔竜』が、制御を失って大空へと巻き上げられた!


「な……なにぃぃぇぇーーっ!? 俺の熱風が……大嵐に飲み込まれたァァッ!?」


 ドガァァァァン!!


 神事盤の中央へ、ズシリと着地した『赤フン号・極』。そして、竜巻の勢いのまま盤外の遥か遠くへ叩きつけられた『炎魔竜』。


 静寂が講堂を包み込み……直後、裂けるような歓声が爆発した!


「そこまで! 勝者、雑賀アルヴェイン!! 春の奉納紙角力大会、三連覇達成ーーーッ!!」


「ワァァァァァァァァァァァッ!!」


 地鳴りのような歓声と拍手が大講堂を揺らし、天井から桜に似た精霊の花びらが大量に舞い散った。


「あ、頭ぁぁぁっ! 三連覇だ! 前人未到の三連覇達成だぁぁぁっ!」


「先輩! おめでとうございます! やっぱりあなたは最高の番長です!」


 涙を流しながら抱きつくシマダとサキ。マリオも、小太郎も、ゴルバ先生も、心からの拍手を送っている。足元ではトシロウが「グヒッ! グヒッ!」と歓喜の遠吠えを上げた。


 敗れたマルセリーノは呆然とした後、爽やかな笑顔でアルヴェインに向かって頭を下げた。


「負けたよ、アルヴェイン先輩……。あんたの白フンに宿っていたのは、ただの重みや風じゃねぇ。学園中のみんなの情熱を飲み込んだ、でっかい『大樹の魂』だったんだな」


「ふっ……いい情熱(風)をもらったぜ、マルセリーノ。お前のおかげで、最高の嵐が吹けた」


 アルヴェインは桜吹雪の舞う講堂で、白フン姿のまま腕組みをし、遠く大樹の頂を見上げた。


 泥にまみれ、傷つき、負けを味わいながらも、一本の芯(白フン)を通し続けて掴み取った栄光の三連覇。


 男の汗を吸ってどこまでも真っ白に輝くその一晒しは、春の温かな風に揺れながら、誇り高く、どこまでも気高くたなびいていたのだった――。

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