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異世界転移が起こりすぎた世界に友人が行ってきたらしい

作者: 夏浦志希
掲載日:2026/09/18

 お昼時を過ぎてなお、客足の途絶えないファストフード店の最奥の席。僕はネッ友のサトーに急遽呼び出され、今ここにいる。


「なんだよ、いきなり呼び出して」

「そう怒るなって」

「怒りもするだろ、半年未読スルーしたかと思えばいきなりマ○ク奢れって」

「でも、わざわざ来たってことは話を聞きに来たんだろ?」

「……そりゃお前が『異世界行ってきた』なんて言うから、まともな精神状態なのか確認しに来たんだ」


 半年ごしの返信が「異世界行ってきたから話聞きたきゃマ○ク奢れ」だった。この雑な感じに懐かしさを覚えつつ、異世界という単語が引っかかりて二つ返事をしてしまったのだ。


「で、聞くのか? 異世界の話」

「そりゃあ、聞くに決まってる」

「じゃ、今日は奢りな」

「ちょっと待てよ、奢るなんて言ってない」

「そう固いこと言いなさんな。話を聞きたいなら、奢ってくれ。半年も向こうにいたもんで支払いが立て込んでるんだよ」


 彼は見せびらかすように空になった財布をひっくり返す。そう言われると、奢ってやるかという心持ちにもなってきた。

 

「……わかった。異世界の話がつまらなかったら金は返して貰うからな」

「ありがてぇ。ご馳走様だ」


 早速俺のスマホでハンバーガーを頼む。強欲なことに2個も頼みやがった。

 

「気が早いな」

「異世界転移の体験なんて滅多に聞けないんだからな。もう既に面白いだろ」

「それは……一理ある」

「じゃあ、話すぜ。俺が半年間、異世界で何をしていたのかをな」



*



 俺がネット掲示板を夜な夜な眺めていると、とある掲示板に辿り着いたんだ。タイトルは『異世界に行く方法を見つけました』。結構古いもんだったから、異世界ものの流行り始めに誰かが作ったんだろうな。

 最初は釣(・)り(・)だろうと思いつつ、暇つぶしに覗いてみるとやけに具体的な方法が書かれてるんだ。

その方法とやらは、言わないでおくけどさ。


「これまじなやつじゃねぇか……?」


 方法が書かれている後には「絶対やるな」と書かれていた。こんないかにもな掲示板はないし、興味本意で最後までスクロールしてみたところ、意外なことに成功報告が数件あった。

 子供騙しだなと思いつつ、大したことでもないし、試しにやってみたんだ。


「えっと……こうか?」


 書かれている通りやってみると、なんだか急に寒気がし始めてな。やけに体が怠いもんで、ベッドで横になったんだ。

 その時はただ苦しくて目を閉じるしかなかった。

 で、次に目覚めた時には知らない天井を見つめていたよ。廃病院みたいな感じかな、薄汚れていて今にも剥がれ落ちそうな感じだった。


「どこだ……ここ?」


 最初は体調崩して救急車で運ばれでもしたんだろうと思ったさ。でも俺は一人暮らしだから助けを呼ぶ人なんていないし、緊急搬送されたにしては管で繋がれてないんだ。


「異世界だよ」

 

 不思議に思っていると、俺の疑問に答える人物がいた。

 中肉中背のおっさんで、見た目は明らかに日本人なんだ。


「異世界なのに日本語は通じるんだな」

「私も日本人だからね。日本人の渡来者が後を経たないからこうして配属されてるんだよ」


 案の定、日本人だった。

 その時は失望と安心と半々だったな。異世界に来るならもっと魔法陣で召喚されるとかもっと大々的なものであって欲しかったけど、意思の疎通が出来る人がいるのはやっぱりありがたいもんだ。


「ここはどういう世界なんだ? 例えば、そう。魔法はあるんだろうな?」

「あるにはあるけど、私たちには使えないよ。魔法に関しては我々渡来者は魔力を持ってないし、精霊とコンタクトを取ることも難しい」


 向こうでは地球人のことを渡来者って呼ぶらしいぜ。っと、そんなことはどうでもいいか。

 聞きたいのは魔法の話だよな。

 通常魔法と精霊魔法つってな、魔法を使うには2種類の方法があるんだ。異世界ものが好きなら説明するまでもなく、なんとなく想像付くだろ? まあ想像がついても使えなきゃ意味ないんだけどさ。


「魔王はいるのか? それを倒す勇者は?」

「いるにはいるけど、私たちには関係ない話かな。だって戦う術がないわけだし」


 もうこの時点で俺は萎えたよ。

 魔法も使えなけりゃ、勇者にもなれないんだぜ?

 異世界の醍醐味がほとんど失われたようなもんだ。


「ちなみに日本に帰る方法は?」

「あるよ。膨大な金を貢ぐか、転移魔法陣を作ればね」


 帰る方法が確立されているだけまだマシってなもんよ。

 異世界で骨を埋めたくはないし、少し異世界の風景を味わってから帰ろうと思ったんだ。



*



「じゃあ、魔法は使ってないし、魔王も倒してないと?」

「……まあね。せっかく異世界に行ったのに、それらしいことはあまり出来なかったな」


 サトーは2個目のハンバーガーを平らげ、コーラを一気に飲み干した。次はポテトを注文したようだ。


「今のところ、俺は金を出すつもりはないぞ」

 

 転移するまでの話はなんというかありきたりだし、転移してからの話も素朴だ。これが創作なら離れてしまうところだ。


「そう、焦るなって。まだ序盤も序盤だぜ?」

「それもそうだな」

「もう、続きを聞くか?」

「いや。その前に、その異世界に行く方法とやらは何だ?」


 ネット掲示板と、書かれていたであろう異世界に行く方法。サトーは濁していたが、確かめておく必要がある。


「まさかお前、異世界に行く気じゃないだろうな」

「……ダメなのか?」

「ダメってことはないが、オススメはしないぜ」

「だったら、教えてくれよ」

「そんじゃ、話が終わった後にまだ聞きたいようなら話してやるよ」

「わかった」


 約束は取り付けた。急いては事を仕損じるともいうし、じっくり話を聞いてから、異世界へ行く方法について聞くとしよう。


「それで、異世界から日本へと帰る方法は金を貢ぐことか、転移魔法陣を作るだったか。金を貢ぐ方がまだ簡単そうだが……」

「難易度で言えばそうかもな。そろそろ続きを話そうか」

「頼む」


 届いたポテトを摘みながら、サトーは再び話し始める。



*


 

 それから俺はおっさんの案内で渡来者村に行ったんだ。

 なんつーか、外国に日本人街ってあるだろ? それに近い感じで、俺みたいに異世界へと渡ってきた日本人がいっぱいいるんだ。

 老若男女って表現できるほどでもなかったが、いろんな人がいたぜ。学生とかサラリーマンとかニートとか、職業も問わずな。まあほとんどの人が死んだような顔してたけどさ。


「村長の西野だ。君の名前は?」

「サトー、っす」

「……本名は?」

「佐藤健太」

「日本での職業は?」

「……答えなきゃダメか?」


 村へ着くや否や、村長の家で身元を根掘り葉掘り聞かれたよ。

 悪いことやって事情聴取されてるのかと錯覚したね。まあ、ケーサツのお世話になったことはないから想像だけどさ。


「最後に。君は日本に帰りたいのかい?」

「そりゃ、帰りたいさ。そもそも異世界に来るつもりはなかったし」

「だが、榎本さんに話は聞いただろう? 日本に帰るのは難しいんだ」

「話は聞いたよ。俺は金を稼いで帰ろうと思ってる」


 榎本ってのは最初のおっさんな。

 そんで日本に帰るために、金稼ぐか、魔法陣か。

 その2択なら間違いなく、金を稼ごうとするだろ? ほら、『現代知識で無双!』みたいなやつ。知的財産でいっちょ儲ければ帰れると踏んだわけだ。


「ちなみに金稼いだとして、どこに貢ぐんだ? 神サマにでも献上するのか?」

「当たらずとも遠からずだな。宗教団体に献金するんだ。うん、君ならちょっと得するかもね」


 異世界にもなんとか教ってあるのは違和感ないけど、いざ宗教団体って言われると身構えるもんでさ。村長の発言の意図は聞かないでおいたよ。


「とにかく栄えた都市に行きたいんだが、どこに行けばいい?」

「東にまっすぐ行けば主要国はあるが、君は日本語しか話せないだろう?」

「そうだな。異世界語が話せないとやっぱ厳しいか?」

「厳しい。簡単なフレーズだけでも覚えておけば、意思の疎通くらいはできるだろうが……異世界人ってだけで舐められるからな」


 村長曰く、言語的な問題よりコミュニケーション自体が取れないらしい。もっとこう、持て囃されるものかと思ってたんだが、現実はそう甘くなかったわけだ。

 この現実って表現が正しいのかもわからんけどさ。


「それから君は……佐藤君は何か日本の知識で金儲けしようと思ってるだろう?」

「そうだけど。何かまずいか?」

「創作だと国家転覆が起こるとかなんとかで禁止されてたりもするが、そういうわけじゃない。この世界においては日本の知識なんて役立たないんだ」

「どういう意味だ?」

「要らないんだよ、現代知識なんて。全部魔法が解決するんだ」


 魔法ってのはよっぽど便利なものなんだ。物理とか化学とか、そういう知識なんかお話にならないくらいにな。

 そんなこんなで日本帰国プランが一瞬にして瓦解したわけだが、そんなに気落ちはしてなかったな。まだ、魔法すげーくらいにしか思ってなかった。


「……とにかく、一度でかい都市に行ってみるよ」

「だったら、これはせめてもの餞別だ」


 村長は一冊の本とそれから食糧を少し分けてくれた。

 食糧つっても芋が10個ほど、そんで本はガイドブックみたいなものだ。

 

「君はまだ生きる活力がありそうだ。ここに居るべきじゃない」


 別れ際、村長はそんなことを言ってたな。

 俺は面白半分で行っちゃった訳だけど、一縷の望みをかけて向こうに行ったやつがあの話を聞いたなら暗い顔にもなるだろうな。

 


*



「つくづく異世界感がないな」

「今んとこ日本人しか出てきてないしな」


 サトーは話しながら、手に付いた塩を舐め取る。気持ちはわかるが、行儀は悪い。


「というか、サトーって本名も佐藤なのか」

「真っ先に気になるのそこか? ありきたりな苗字で悪かったな」

「悪いとは言ってない。苗字はともかく、ネットネームくらいひねればいいのに」

「いいんだよ、別に」


 まあ、僕がとやかく言うことでもないか。


「それより、渡来者村とやらについて聞きたいな」

「別に、なんも面白い話はないけどな」

「それでも聞かせてくれ。どんな感じの村だった?」

「んー、そうだな。縄文時代の竪穴式住居ってあるだろ? あんな感じのかぽつぽつと建ってて、あとは畑があるくらいか。小さい村だったよ」

「住民は全部で何人くらいいた?」

「……30、いや40くらいはいたかな」

「男女比はどのくらいだった?」

「断然男の方が多かった……って、なんでそんな尋問チックなんだ」

「すまない。癖でな」

「やめてくれよ、村長を思い出すぜ」


 話を聞く限り、異世界へと渡った人はそこそこいるみたいだ。渡来者村に居ないであろう人もいるので、実際の数はもっと多いだろう。さらにいえば掲示板には成功報告があるという発言から、既に異世界に行ってこちらに帰ってきてる人もいるはずだ。


「向こうの主食は芋なのか?」

「少なくとも渡来者村ではそうだった。芋の他に木の実や果実も食ってたようだが。非力だから狩りは難しいんだとよ」


 縄文時代と喩えたあたり狩猟採集がメインだと思っていたが、狩猟ですら困難というわけか。漁撈も多分、難しかったのだろう。


「あと、気になるのは本のことか」

「なにぶん先駆者が多いからな、必要な情報をまとめてくれる親切な人が居たんだろう。実際役立ったぜ」

「今も持っているのか?」

「いや、旅の途中で紛失した。せっかくなら実物を見せてやりたかったが、もう叶わないな」

「残念だ」


 サトーは続いてナゲットを頼んだ。付属のソースはBBQだった。


「じゃ、そろそろ続きといくか」


 

*


 

 村長の西野が言っていた主要国ってのは、タナーカ王国って名前の国だった。

 もちろん、ふざけてないぜ?

 異世界語の発音でもタナーカって感じなんだ。タナカじゃなく、ナとカの間を伸ばしてひとまとまりにするのがコツだ。

 っと、そんなことはどうでも良くて。タナーカ王国には原住民も居てな。俺の容姿を一目見た途端、蔑むような目を向けてくるんだ。あれはなかなか、嫌な気分になったな。

 早いとこ人の目から逃れたくて渡来者大使館(便宜上、俺はそう呼んでる)に行くことにした。村長にまずそこに向かって日銭を稼ぐための仕事を斡旋して貰えってアドバイスを頂戴してたんだ。


「ようこそ……って、なんだ。また新しい渡来者か」

「どうも、サトーです」

「お前! それは本名か?」

「そうだけど。本名、佐藤健太」

「いいか、よく聞け。その名前はここ以外では名乗るな、厄介ごとになる」


 大使館にいたのはシゴデキそうな青年。もれなく、日本人だ。柿田という名前らしい。


「この世界で他の佐藤がやらかしたのか?」

「そういうわけじゃない。むしろ、日本に帰りたいなら好都合とも言える」

「話が見えないが、どういうことだ?」

「渡来者帰還運動ってのがあってな、それを主導しているのがサトウ教団という組織なんだ。渡来者集団でありながら莫大な富を抱えるサトウ教団は、何かと目の敵にされるんだよ」


 曰く、魔法も碌に使えない劣等種の運営する組織が大成しているのが気に食わないらしい。

 あれだけ嫌悪感を持たれてるのに、サトーって名乗りでもしたら……想像するだけで恐ろしい。


「わかった。気をつけるよ」

「おうよ。それで、わざわざここに来たってことは働くつもりなのか?」

「一旦な。本当は一発当ててさっさと帰るつもりだったんだが、そう上手くいかないようだしな」

「ここタナーカ王国は日本人の流入が多すぎてな。一般人の知識じゃどうにもならないレベルまで発展しちまったんだよ」


 パソコンやらスマホやらはまだ開発されていないみたいだが、もはや時間の問題らしい。それに、魔法のせいで知識が役立たないと来た。ここまでくると興醒めだな。


「仕事についてだが、まずは検品でもやるか?」

「検品? あのレーンに流れてくる商品をチェックするやつか?」

「そうだ。日本でいうところのバイトみたいなものなんだが、時給はいい。日払いだからすぐに金も手に入る」

「それは助かるな」

「今日から体験もできるが、どうする?」

「ぜひお願いしたい」

「決まりだな」


 異世界でも働くってのはいまいち気が乗らなかったが、戦う術がないんじゃまともに冒険者も出来ないだろうからな。

 30年ほど働けばちゃんと帰れると追加で説明があったので、仕方ないことだと自分に言い聞かせて、働き始めたわけだ。



*



「夢のない話だな」

「まあ、創作みたいに上手くはいかないさ。何者でもない奴が異世界に行ったところで、何かになれるわけじゃない。英雄になるような奴は、最初っからその器があるんだよ」


 サトーの悲観的な言葉には諦めが篭っていた。実際に異世界に行った者として、感じるところがあったのだろう。


「だいたい異世界に行ったらチートのひとつやふたつくれって話だ。なんだよ魔法の使えない劣等種って。そんな設定滅多にないぜ」

「異世界に行ったらいきなり魔法が使えるようになるってのも変な話じゃないか?」

「そうだけどよ……成り上がるわけでもなく、ただ弱いだけの奴の物語なんか読みたくねぇだろ?」

「言わんとすることはわかる」


 弱いなりに足掻いて魔王を倒す物語なら読みたくもなるが、サトーはモブが異世界に行って何もできないあるいはしない話を読みたくないと言っているわけだ。


(あれ……? それって今のサトーの話では?)

 

 いや、これから何か面白い要素があるのかもしれない。まだ続きはあるみたいだし、最後まで聞こう。

 と、その前に。話の続きを聞く前に、いくつか聞いておきたいことがある。


「ところで、タナーカ王国ってのは日本人が王様をやってるのか? だとしたら日本人……渡来者がそこまで嫌われるのは理解できないんだけど」

「それは俺も思ったさ。ちゃんと柿田さんに聞いたぜ」


 サトーの説明によると、タナーカ王国建国当時は魔法というものが普及していなかったらしい。というより、渡来者(日本人)が魔法という概念を持ち込んで確立された超能力をそう呼ぶことにしたそうだ。文明の発達していなかった異世界を発展させた功績から、今でもタナーカという名が残っているということだった。

 しかし、魔法を開発した張本人はやはり魔法が使えなかったらしい。やがて年が経って魔法体系が出来上がる頃になると、タナーカという存在は忘れられ、我々渡来者は魔法の使えない劣等種だと蔑まれるようになった。


「てなわけで、王様は現地の人間だ」

「経緯はわかったが、なんというか……残念だな」

「残念、一番しっくりくる言い回しだな」


 繰り返すが、夢のない話だ。

 せっかく異世界に行けたのに、フィクションみたいに上手くいかないんじゃ意味がない。


「で、まだ他に聞きたいことはあるか?」

「ある。サトウ教団って何だよ」

「知らん。若干ネタバレになるが、結局俺はサトウ教団に献金することはなかったしな」

「そうなのか?」

「苗字の被る確率が一番高いわけだし、何か関係値があるわけでもないさ。間接的には世話になったが、直接何かしてもらった訳じゃない」

「渡来者帰還運動をしてるんだろ? 素晴らしい機関じゃないか」

「……そうか? まあ、現地人はともかく、日本人にとっては良い機関かもしれないな」

「僕はその逆のつもりで言った。日本人はともかく、現地人にとっては良い機関だと」

「お前、話聞いてたか? 現地人はサトウ教団のことを疎ましく思ってるんだぜ?」

「そうだったな」

「まったく、せっかく話してるんだからちゃんと聞いといてくれよ」


 僕は異世界に日本人が行くのは良くないと思ったからそう発言したわけだけど。拗ねられても面倒だから、軽く流しておくか。


「さて、そろそろ物語は佳境を迎えるぜ?」

「ほう。バイトの話はどうなったんだ?」

「今から話してやるさ」


 サトーはまたポテトを頼んだ。

 見てるこっちが胃もたれしそうだ。



*



 検品作業は単調でつまらないものだったが、運がいいことに割り当てられたレーンは転移魔法陣のスクロールの検品だったんだ。

 もちろん、日本に帰ってくるための魔法陣じゃない。それで帰ってきたんじゃ、話としてもつまらないからな。

 レーンを流れているのは異世界の中を移動するための魔法陣だ。複雑な模様が絡み合った円陣に魔力を注ぎ込むと発動するらしい。結局使用方法的に、俺じゃ扱えない代物だったよ。


「どの魔法陣がどこに行くのか、判別できるのか?」

「見る者が見ればわかるらしい。素人目には全然わからん」

「そうか」


 てな感じで体験を終え、次の日から本格的に働き始めたんだ。魔法陣のことは特に気にせず、金を稼ぐための作業だと割り切っていたけど。

 ところが不思議なもんでさ、何時間も同じような魔法陣を眺めてると、ある規則性に気づいたんだ。魔法陣には共通部分と固有部分があることにな。

 すぐに閃いたよ、共通部分が転移の式で固有部分が行き先指定の式だなって。それに気づいちまえばこっちのもんだ。俺はすぐに転移魔法陣の模造品を作ることに成功したんだ。

 まあ、すぐって言っても2ヶ月以上はかかったけどな。何せ、固有部分が想像以上に難しかった。どこに飛ぶのかわからん魔法陣なんて怖くて乗れないからな。慎重に解析を進めたよ。ちなみに、ここでも渡来者村で貰った本が役立った。


「柿田さん、俺仕事辞めるよ」

「急にどうしたんだ? 体でも悪くしたか?」

「いやそういう訳じゃない。日本に帰る目処がついたんだ」

「冗談は休み休み言えよ。まだここに来てから2ヶ月しか経ってないじゃねぇか」

「2ヶ月の間に必要な物資、資金が揃った。そういう訳で、ここに用は無くなったんだ」


 引き止められたけど、出ていった。

 ここに居ても進展しないとわかっていたからな。

 そう、魔法陣を起動するのには魔力がいるってところだ。俺は魔力を持っていないし、どうにかして魔力の供給源を確保しなきゃならない。

 でも、俺にはひとつ考えがあった。実は2ヶ月に及ぶ解析の傍ら、気晴らしに街に出たことがあってな。そこで魔力問題に終止符を打てる答えを見つけたんだよ。


「どのような奴隷をご所望でしょうか?」

「魔力、多い奴」


 俺が導き出した答えは、奴隷だ。

 まあ、嫌悪感を持つのはわかる。人権意識だなんだとうるさい日本では考えられないことだしな。俺だって抵抗はあったが日本に帰るためならやむを得ないと思った。


「条件を踏まえると、一番安いものでこのくらいになります。どうされますか?」

「頼む」


 こうして俺は2ヶ月分の貯金をはたいて奴隷を買った。

 日本語が通じなかったから意思の疎通は難しかったが、意外となんとかなったな。魔法陣に魔力を供給してもらうだけだし。

 そこからは実験の連続だったよ。魔法陣を描いては、魔力を注いでもらい、指定した場所に飛ぶか確認してな。やっぱり日本には飛べなかったが、異世界の観光って意味では有意義な時間だった。



*



「奴隷か……」

「異世界にはありがちな要素だろ? まあ、奴隷つっても衣食住は担保していたし、実験助手みたいな立ち位置ではあったけどな」


 蔑視されているような状態で現地人に協力を取り付けるのは難しいだろうし、仕方ない選択なのかもしれない。


「ちなみにその奴隷、日本人もいたか?」

「さてな。商品……人が並べてある感じじゃなかったからなぁ。もしかするといたのかもしれないが、魔力が多い奴という条件を付けちまったからわからねぇ」

「そうか」


 想像したくはないが、渡来者が奴隷と化していてもおかしくない状況だ。サトーが知らないのなら、僕に知る術はないけれど。


「その話はさておき、転移魔法陣だったか。よく技術を盗めたな」

「案外、ガキの頃余白に魔法陣を描いて遊んだりしてたのが功を奏したのかもな。そういう時期がお前にもあっただろ?」

「……まあな」


 心当たりは大いにあった。

 いわゆる厨二病全開だった時期、魔法陣を描くのにハマったことがある。アニメや漫画の模写をしたりもしたっけか。懐かしいが、思い出したくはない記憶だ。


「そんな訳で、転移魔法陣自体は簡単に盗めたんだ。サトウ教団にお世話になったってのはそこの話な」


 サトーが検品していたのは、サトウ教団お抱えの商店に卸すための商品だったらしい。直接関わりがあったわけじゃないという説明にも納得がいく。


「でも、日本へ帰るための転移魔法陣は出来なかったんだろ?」

「それは、この後のお楽しみだ」


 サトーは締めと言わんばかりにパイを頼んだ。

 やりたい放題してるが、まあ許してやろう。



*



 流石は異世界というべきか、あちこち飛び回ってみると面白かったぜ。

 火山地帯や毒沼に転移して危うく死にかけたこともあったが、今となってはいい思い出だ。それから異世界の定番、エルフの里やドワーフの鉱山なんかにも行けたんだ。もれなく劣等種だと罵られて終わったからそれはむしろ悪い思い出だな。ああいう亜人ってのは創作の中だからいいんだ。

 思い出話はさておき、飛び回ったといっても無計画に飛び回った訳じゃない。検品レーンに流れてくる転移魔法陣のパターンを全てなぞっていったんだ。しらみつぶしに全ての転移魔法陣を試したもんだからやたらと時間はかかったけどね。

 検品場では商品として卸すと聞いていたが、実はサトウ教団が使うために作ってるんじゃないかと思った訳だ。甚だ見当違いという可能性もあったが、その時はその時だと思って楽観的にこなしてた。


「これで、最後のひとつだな。魔力、頼めるか?」

「……はい」

「よし。これで、この世界とはお別れかもな」


 奴隷が魔力を込めた瞬間、眩い光が全身を包んだ。

 気がつくと、でっかい門の前に居たんだ。

 でっかいじゃ言い表せないな。でっっっかい、くらいだ。

 一目で当たりだと思ったね。

 可能性としては考えていたけど、実は日本へ帰るための転移魔法陣なんてものは存在しなかったんだ。転移門、と俺は呼んでるけど、これで日本に帰れるという確証があった。

 期待で昂る気持ちを抑えながら、転移門に手をかけた。ここを通れば帰れるとは思っていたが、門は閉ざされていたからな。喜ぶにはまだ早いと思った。


「……ん、やっぱ動かないか」


 押しても引いても横に力を加えてもびくともしない。

 となれば、試すのは魔力だ。


「魔力、頼めるか?」

「はい」

 

 常識の範疇を悠々と超える魔力はやはり偉大と言うべきか、転移門が重低音を響かせながら開いた。

 門の向こうは白んでいて何も見えなかったけど、迷わず飛び込んだ。

 それからしばらくは浮遊感があった。転移の時と似てるけど、ちょっと違うんだ。そうだな……飛行機が離陸する時、一瞬体が浮くだろ? あれがずっと続く感じだ。

 

 こうして、長いようで短い異世界旅は終了した。

 終わってみれば、あっけない旅だった。



*

 


「それで、無事日本に帰って来れたサトーは俺の奢りでマ○クを爆食いしていると」

「あ、奢ってくれるのか? ってことは面白いと思ってくれたわけだ」


 面白さでいえば創作の方がよっぽど面白いとは思うが、なんというかこういう創作にすらならなそうな話も嫌いじゃない。リアリティがあるというか、他人事に思えないというか。

 

「バトル要素や冒険要素は全くなかったから盛り上がらなかったけど、サトーの話を聞いて身の丈にあった異世界転移なら体験してみたいとは思ったな」

「ということは、異世界転移の方法も知りたくなった?」

「是非とも知りたい」

「今聞くか? それともこんなところじゃなんだし、場所を変えるか?」

「そうだな……サトーはもう追加注文しないのか?」

「ああ。食いすぎて腹が破裂しそうだ」

「なら、場所を変えよう」


 おかげさまで、俺の財布まで空になりそうだ。

 奢ると言った手前二言はないが、出費が痛いことに変わりはない。


「俺はどこでもいいが、どこに行こうか」

「行く宛ならある。着いてくるか?」

「いいぜ」


 話は纏った。

 僕は満を持して、胸ポケットから手帳を取り出す。

 それは、異世界転移が蔓延る世になってから秘密裏に設営された組織のものだ。


「サトウ教団教祖、佐藤健太。悪質な異世界誘致の嫌疑で一時的に身柄を拘束させて貰う」

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