姉騎士の胃は悲鳴をあげた
細かい設定はふんわりしているので、気軽に読めます。
自サバ女に引っかかってやらかした弟の尻拭いと謝罪に行ったらなんか思ってたのと違う展開になって困惑する話です。
なんてカワイソウな姉騎士。
シェナ・リルトンは女だてらに騎士である。
リルトン伯爵家に生まれ、初めは何不自由ない生活を送っていた。しかし、早くに両親を亡くし幼い弟と2人だけになってしまった。
幼子だけで家が回る訳がないので、医者として独り立ちしていた叔父に助けを求めた。
そうして叔父に領地経営を補佐してもらいながら、学習院に通い、護衛騎士として大成できた。
主に王宮内での女性貴族や女性王族の護衛が仕事だ。数少ない女騎士としてこれ以上ない誉であった。
跡取りとした弟には同い年の侯爵家令嬢の婚約者がいる。
これまた素晴らしい令嬢で文句のつけようもない。むしろ何故我が家と縁組みしてくれたのかと疑問に思う程の素晴らしさである。
時折届く令嬢や弟の手紙の文面から、交流は順調であると思っていた。シェナが卒院して就職して、2人が学習院に入ってからも続いていると思っていた。
…が、弟はやらかした!
よりによってシェナの長期遠征中にやらかした!
王都の学習院の騎士科に通う弟は、同じ騎士科の自サバ女を伴って、食堂で婚約者に「こいつは男友達みたいなものだから、お前に口出しする権利はない」と宣っていちゃついたのだ!!
さらに自サバ女は「シェナお義姉様に憧れて騎士を目指しててさ。 だからシェナお義姉様に習ってサバサバしてんだよね」なんて言いやがった。
しかも何回も同じ事をしていた上、友人達に婚約者の愚痴を言って笑っていた。
シェナはサバサバのつもりはない、雑なだけだ。
雑でもマナーと常識は厳守している。
お前のはただの非常識なアバズレなんだよ!!
誰がお義姉様だ!!!!!
遠征から戻ってすぐその惨事を知ったシェナは、
即調査(事態を正しく・客観的に精査する為)
即捕獲(愚か者ズを助長させない為)
即説教(自分の馬鹿さを正しく理解させる為)
即整理(自分達の身の振り方と慰謝料の為)
即謝罪(これ以上の不義理を犯さない為)
と身だしなみを整えて着の身着のまま馬に飛び乗った。
髪先が頬を掠る度にくすぐったいが、結い止めるものがないので放置するしかない。
弟達への説教中に、腰近くまである髪を切り落とした。愚かな弟へ、お前のせいで姉はいなくなると分からせる為に切り捨てた。
令嬢が、女性が、肩より上で髪を切るのは『出家』か『女性の放棄』を意味する。
叔父から「令嬢に戻りたい時の為に」と伸ばすよう約束していたが、こうなったら万が一にもその可能性はないし邪魔なだけだ。同席していた叔父が落ちた髪を悲しげに見つめていたのだけは、申し訳なくなった。
顔面蒼白で言い訳を重ねる、弟の最後の姿を思い出してため息をつく。
夜通し書類仕事をするシェナを心配していた心優しい弟はどこにいったのか。拙いながらもケーキを作って誕生日を祝ってくれた弟はどこにいったのか。
どうして気付けなかったのか。どうして止められなかったのか。
後悔している内に、侯爵家が見えてきた。シェナは手綱を握り締め、気合を入れた。
先触れから謝罪を盛り込んだからか、広めの応接間に通された。出された茶菓子に手をつける余裕もなく、申し訳なさに胃を痛めながら侯爵家の入室を待った。程なくして御当主夫妻と後継者令息と被害者令嬢が入室した。まさかのフルセットである。
シェナの胃痛は増した。
「愚弟が申し訳ございません!! あれは北部辺境の鉱山に送り、叔父が伯爵家当主となりました。婚約破棄はこちらの有責と周知して慰謝料は必ずお支払いします!!! その為に今の部署から移動します!!!」
彼らがソファに座って用件を促した瞬間、土下座した。
土下座は斬首刑のポーズであり、「首を跳ねてください」「頭を踏み潰してください」という騎士の最上級の謝罪である。
シェナはずっと騎士として生きてきた。付け焼き刃の貴族の謝罪など、無礼なだけだと判断した。
「…まず1つづつ擦り合わせようか。あなたは婚約破棄をと思っているのだな?」
額を床に擦り付けているので、侯爵家当主の顔は見えないが声は低く重い。自然と場の空気が冷えて重苦しく感じる。大切な娘を侮辱したのだから当たり前だ。
「はい。あれはご令嬢に相応しくありません。不当な婚約で時間をとらせてしまい申し訳ありません」
「慰謝料はいかほどに?」
「ご希望の額をお申し付けください。まず即金で50000000ルルン(1ルルン=1円)をお渡しし、残りも必ずお渡しします」
50000000ルルンは衣類・家財道具・王都の屋敷を売った金と貯蓄を合わせて用意できた最大金額である。叔父と頑張って捻出した。
残りは愚弟の鉱夫としての給金と、私の身代金と給金で賄う。
移動願い先の討伐騎士団は、常に魔物討伐など非常に危険な仕事をこなしている。死者も多いので常時人員募集中だ。その為、入団時に高額な身代金が支払われる。どうせ殉職するので、本人が使用できるよう先払いされるのだ。とても有難い。
「伯爵家は叔父が継ぐと?」
「私も愚弟も不適格です。それに、これ以上家と領民に負担を強いるわけにはいきませんので、愚弟共々貴族籍を除籍いたします。先程申請しましたので、すぐに抜かれるかと」
堅苦しい貴族生活は嫌だ、と医師になった叔父に押し付けるのは心苦しいが、叔父は「そこまでしなくても…シェナが継げばいいと思うんだけどなぁ」なんて苦笑いしながら引き受けてくれだ。
「ふむ…ではリルトン伯爵家に慰謝料請求はしないでおく。ただ、あなたは姉なだけでそこまでする必要はないのでは?」
「姉なのにあれを諌められなかった罪です。保護者として責任を取ります」
いや護衛騎士しながら領地経営に教育とか過労死するわ、なんて後継者令息がぼやいたが夫人の「お黙り」の一言で口をつぐんだ。
そういえば今ここに居ない侯爵家の次男は、私と同じ護衛騎士だ。なんとなく業務実態を把握されているのだろう。
「そうか。妻よ、お前はどう思う?」
「あれの扱いは妥当だと思うわ。他は…そうね。ルシィ、あなたはどう思っているの?」
夫人から声をかけられた被害者令嬢・ルシアンナ嬢は、入室して初めて声を出した。
「先程から被害者のわたくしの意見が聞かれていませんわ。わたくしの願いも聞いてくださります?」
「大変失礼致しました。なんなりとお申し付けください」
気が動転して配慮できていなかったと己の未熟さを痛感する。シェナは深く反省しながら次の言葉を待った。その美しい涼やかな声からどんな難題が来ようと叶えようと決意を固めた。
「では、我が家の2番目の兄と結婚して侯爵家の分家を興してください」
「しょ………………はい?」
思わず顔を上げれば満面の笑みのご令嬢が目の前にいた。いつの間にソファから立ち上がったのか。
「了承を得たからすぐに婚姻届を出しましょう! アル兄様は王宮に居るわよね? その場でサインしてもらいましょう!」
「あいつなら除籍と移動阻止の為に人事部にいるだろし丁度いいか。ほら、ルシィ、シェナ嬢、行くぞ」
さっき迄の重苦しい空気はどこにいった。
心なしかウッキウキなご令嬢から差し出される婚姻届は当人達のサイン以外が埋まっていた。待て、どうして保証人枠に御当主と叔父のサインがある?
「まぁ予定よりもいい結末だからいいか。提出し次第、うちと伯爵家の家門に伝えるようにな」
「結婚式の衣装を縫わないといけないから、すぐ戻ってらっしゃい。その間に仕立て屋と大まかな話をしておきます。時期は…髪が肩を過ぎたくらいが限界かしらね」
あれ?なんか思ってたのと違うな?
固めた決意の向かう先が迷子である。
困惑しきりの頭でサインし、王宮でこれまた困惑しきりの侯爵家次男・アルフィスがサインし、婚姻届は問題なく受理された。あれよという間に結婚式が行われて、婚姻は無事成った。
被害者からのお願いと言われれば、シェナに拒否権はなかった。
そして気がつけば結婚披露パーティーが滞りなく行われた。
シェナの頭は困惑したままであった。どゆこと?
同じく困惑していた筈のアルフィスは、侯爵家の尽力によって美しく着飾ったシェナを腕に携えニッコニコである。切り替えが早い。
笑顔がルシアンナ嬢に似ているな、と場違いの感想を持った。
軟派で交友関係の広いアルフィスの祝事に、多くの友人が駆けつけ、アルフィスの幸福をからかいながら祝福した。学習院時代からシェナを応援してくれていた令嬢達も駆けつけ、騎士姿も麗しいけどドレスもお似合いだなんて!、と大盛況だ。
叔父は嬉しそうに泣いて、侯爵家当主に慰められている。
今更「贖罪なのに何故結婚して祝福されているのか」なんて聞けない。この空気を壊せるほど雑な性格はしていない。
「なんだか、入口が騒がしいようですね。様子を見に…」
「主役が出ちゃだめでしょ。うちの使用人は優秀だから大丈夫」
「あ、はい」
がっちりと組まれた腕を振り払って逃げる程の危機でもなかった。
こうしてシェナは良くしてくれる侯爵家一家の意図が分からず困惑し続け、漸く全てを理解した時にはあまりの衝撃に彼女の胃は悲鳴をあげた。
シェナの第二子妊娠が発覚する直前の出来事であった。
アルフィスは泣いた。いろんな意味で。
お読みいただきありがとうございます。
弟と自サバ女の存在感の薄さよ…。
アルフィス目線と弟目線を追加する予定です。
よければご覧ください。




