引きこもり令嬢は遠くから覗き見られていたことに気付かない
――――――――――クレア・エルペスター侯爵令嬢視点。
「わたくしには何もできない……」
細りゆく月を見ながら、独り言ちます。
慎ましくというより、人目を気にしてウジウジする毎日でした。
いつまでこそこそと生きていかねばならないのでしょうか?
ああ、わたくしが何をしたというのでしょう?
でも状況を見通せないので、下手に動けません。
わたくしだけが危険ならともかく、養父様に被害が及んだら申しわけないです。
各国を巻き込み、戦乱になってしまう可能性すらありますし。
はあ、わたくしにできるのはせいぜい、庭の草木を愛でることくらいですか。
無力ですねえ。
ため息のみがこぼれてしまいます。
そんなわたくしを遠くから見ていてくださる方がいるなんて、この時は知るよしもありませんでした……。
◇
――――――――――王宮にて。レーベナル王国第一王子カーマインの側近にして諜報員オーロス視点。
「わかったんだな?」
「判明しました。俺の調査は完璧です」
「うむ、オーロスの調査を疑ったことなどない」
興奮気味のカーマイン殿下。
レーベナル王国の次期王ともあろうお人がなあ。
いつもは落ち着いた方なのに。
何があったって?
よくある惚れた腫れたの話だよ。
カーマイン殿下の一目惚れさ。
運命の女だ真実の愛だと大騒ぎ。
今まで浮いた話一つなくて、逆に心配されてた王子なのにな。
当然お相手候補の令嬢には身辺調査が入るわけよ。
ところが不思議なほど情報が出てこない。
おかしいってことになって、諜報員の俺にお鉢が回ってきたのさ。
「ああ、クレア嬢! 君は僕のものだ!」
「それはまだ早過ぎるんじゃないですかね?」
「む? オーロスの調査で問題があるのか?」
「問題だらけと言いますか。侯爵が何も言わない理由もわかりますよ」
クレア・エルペスター侯爵令嬢というのが、件の彼女の名だ。
エルペスター侯爵家なんて大貴族の令嬢なのに、ほとんど知られない存在ってのがまずおかしい。
どうして殿下はそんな令嬢に惚れるのかってことに、文句を言いたい。
ミステリアスな女性が気になるという心理はわからなくもないけど。
「話せ」
「その前に、殿下がクレア嬢について知ってることを教えてくださいよ」
「エルペスター侯爵令嬢と言うが、どうやら養女らしいということ。何故か貴族学院に通っていないということ」
調査以前におかしいと思われたのはこの点だ。
養女としたなら、何らかの期待する点があってエルペスター侯爵家に迎え入れたんだろう?
何故学院に通わせず、社交にも出さない?
だからこそあまり知られてないわけだが。
「表向き病弱だからということになっているが、どうせウソなんだろう?」
「よく御存じで」
「伊達にクレア嬢ウォッチャーをしていないからな。元気に邸内を跳ね回ってることは知っている」
思わず苦笑。
カーマイン殿下は遠眼鏡を手に入れ、それを玩具にしている内に偶然クレア嬢を発見したのだ。
そのためクレア嬢の一般知名度はないも同然だったのに、殿下は知ってたりする。
あんまり騒ぐものだから殿下の周りではクレア嬢が知られるようになってきた。
「遠眼鏡で見つけたから遠距離恋愛って言い張るのはどうなのですかね?」
「いいではないか。侯爵の庶子というわけでもないんだろう?」
「ありませんね。エルペスター侯爵家の血が入っていることは間違いなさそうですが」
「ははあ? わからん」
「聖女セーラの失踪事件というのがあったでしょう?」
二代前の王の第三王女セーラは聖女の力を発現したのだ。
聖女とは国際間のパワーバランスに影響しそうなくらい大きな魔力を持った女性のこと。
いやもうレーベナル王家から聖女が出たってことで、当時は大変な騒ぎだったらしいよ?
「背信聖女セーラが関係するのか?」
「聖女セーラは失踪と言っても、見張りがついていたらしいんですよ」
「む、当然だな」
「ところがどうやら聖女セーラは、見張りのエルペスター侯爵家の令息と駆け落ちしたんですね」
魅力的な王女であり、聖女だったんだろうが。
強力な戦力でもある聖女セーラの出奔は、レーベナル王国にとって裏切りに等しい。
「クレア嬢は背信聖女セーラの子孫に当たるのか?」
「簡単に言うとそうです」
「ほお? つまり我が国を裏切ったセーラの子孫、かつ王位継承権保持者だから表に出しづらいということなんだな?」
「半分当たりです。しかしもうちょっとややこしいんです」
「どうややこしい?」
レーベナルの王位継承権なんてものはないも同然だ。
自分から故国を捨てた王女の血統なんだから。
そっちはどうにでもなるんだが……。
「レーベナルを去った聖女セーラとエルペスター侯爵家の令息は、マニトバ王国で腰を落ち着けたんです。もちろん名と身分を隠してですが」
「マニトバ? マニトバは……」
そう、マニトバは後にゴフラグーナ帝国に征服されちゃったんだよ。
「聖女セーラは帝国の征服戦争の際、その莫大な魔力を駆使してかなりの抵抗を見せたらしいんです」
「ええ? レーベナルでは全然知られてない話じゃないか。よく調べたな?」
「旧マニトバでは有名なんです」
「名を変えていたとは言え、帝国はマニトバの抵抗者がレーベナルの王女って知ってたんだろう?」
「突き止めていたと思いますよ。聖女クラスの存在がそんじょそこらにいるわけないんですから」
「当時レーベナルと帝国の関係が悪くなったなんて聞かないよな?」
「ここからは想像ですけれども、帝国は聖女セーラがレーベナルの意を受けて行動してたなんて思ってないはずです。何故なら王家から聖女が現れたなら、自国の発展と王権の強化の駒とするのが当然だからです。他所の国に潜伏させるなんてあり得ないですよ」
聖女セーラもレーベナルを臭わすようなことは、意地でも言わなかったんじゃないですかね。
「なるほど。すると?」
「帝国はマニトバに聖女セーラの身柄を要求しますよね?」
「戦犯だものな」
「戦犯ですし、対レーベナル外交の手札の一つとして使えると考えるでしょうし、貴重な聖女クラスの人材ですから」
「背信聖女は帝国から逃げおおせたのか?」
「はい」
その後の聖女セーラの足取りはわからんのですよ。
ただどうやら各地を逃げ回った末に、再びマニトバに潜伏したと考えられてはいるけど。
「大体理解したが、突然クレア嬢が現れたのは何故だ?」
「最近帝国では、人材登用のために潜在魔力量の多い者を見出し、リストアップするということを行っているんだそうです」
「ほう? つまりクレア嬢は帝国領内にいた。クレア嬢の潜在魔力量は大きく、検査で引っかかると。で、聖女セーラの縁戚であることがバレると逮捕されるかもしれないから、おそらくは祖父方の縁者であるエルペスター侯爵家を頼った」
「おお、大正解です」
「……王家を頼ってくれないのは、聖女セーラの血筋を許さんと考えてるかもしれないと思ってるからなのか。あるいは受け入れられたら国際関係を難しくしてしまうと考えたからなのか」
「両方かもしれませんね。殿下はどうします?」
クレア嬢を婚約者にするということは、対帝国外交を難しくするってことだよ。
王子にその覚悟はある?
「特に問題はないな。婚約の打診だ」
「えっ? で、でも帝国の心証を悪くするかもしれませんよ?」
「ハハッ、帝国は今でも旧マニトバの統治に苦労しているという、現実があるじゃないか。背信聖女セーラが関係してるとは知らなかったが、どうせ今でも旧マニトバでは聖女セーラが人気なんだろう?」
「人気でしたね」
「オーロスは旧マニトバまで調査に行ってるのか」
「そりゃ行きますよ。優秀ですから」
「レーベナルの王太子が聖女セーラの孫を娶ると、大々的に告知してやればいい」
「……」
大々的に告知?
思わず言葉を失う。
帝国の神経を逆撫でするだけなんじゃね?
「わからんか? 聖女セーラの孫と婚約した僕を帝国が歓迎するなら、帝国はレーベナルと関係が良くなり、旧マニトバ統治にもプラスになる。逆ならばあっちこっちに火種を抱え込むことになる」
「あっ?」
だから帝国はカーマイン殿下とクレア嬢の婚約を受け入れるという判断か。
殿下の判断力シャープ!
「クレア嬢の旧マニトバでの扱いは?」
「そりゃ聖女の孫として大事に匿われてましたよ」
「だろう? ならば帝国のそうだな、ハインリヒ殿あたりの招待を受けて、僕とクレア嬢が旧マニトバを訪れるという演出に乗ってやってもいい」
ハインリヒ第一皇子殿下は、ゴフラグーナ帝国の皇太子候補ナンバーワンだ。
親レーベナルでもあるしな。
聖女セーラの孫であるクレア嬢がハインリヒ殿下とともに訪れれば、旧マニトバの住民感情が良くなる。
ハインリヒ殿下の立場を強化し、カーマイン殿下から言えば恩を売れるということか。
二の句を継げないわ。
恋に狂っててもさすがカーマイン殿下だわ。
「オーロス、素晴らしい働きだった。僕とクレア嬢の前途は洋々だ!」
◇
――――――――――エルペスター侯爵家邸にて。クレア視点。
「……ということだ。そなたが僕の婚約者になってくれれば、全てうまくいくのだ。世界の平和にも貢献する!」
カーマイン殿下が自らエルペスター侯爵家邸を訪問し、懇々と説いておられます。
何という説得力と熱量。
養父様ともどもコクコク頷くしかありません。
でも一つだけ聞いておきたいことが。
「あの、セーラお婆様のことなのですけれども」
「うむ。二年前に亡くなったと調査報告を受けている」
「レーベナル王家でお婆様の扱いはどうなるのでしょうか?」
カーマイン殿下がやや苦笑気味に、真っ直ぐな視線をわたくしに向けてきます。
誤魔化そうとしない、強い意志を感じます。
素敵ですねえ。
「聖女セーラの遁走で王家が赤っ恥をかかされたことは事実なのだ。王家の見解として、聖女セーラを許すことはない」
「やっぱり……」
「しかし既に亡くなっている者の罪を改めて穿り返すような無粋なマネもまたしない。弁明できない者に対してガタガタ言うのは、法の精神に悖るからだ。またセーラのなしたことは、子孫であるクレア嬢には何の関係もないこと。クレア嬢が後ろ指を指されることなどないと、王太子カーマインの名において保証しよう」
「はい、ありがとうございます」
セーラお婆様が許されることはないが、風化すべき過去のものであるという言をいただきました。
十分です。
カーマイン殿下の仰ることは信用できます。
「では、僕は帰る。僕との婚約について、クレア嬢が真剣に検討してもらえることを望む」
「は。クレアと前向きに検討させていただき、数日中にも御返事いたします」
「うむ、さらばだ」
ニコッとした顔を見せて去っていかれました。
養父様が言います。
「優秀だとは聞いていたが、もっと冷静な方だと思っていたのだがなあ」
「カーマイン殿下ですか?」
「ああ、理路整然としている。かつ圧がある。レーベナル次代の王に相応しいな」
わたくしもそう思います。
「クレアはカーマイン殿下とお会いしたのは初めてだろう?」
「はい、遠くからお顔を拝見したことはありますが」
「殿下はクレアを見染めていたらしいんだ」
「そうなのですか?」
わあ、嬉しいです。
必ずしも政略だけでわたくしを婚約者にということではないのですね。
「で、クレアはどうするかね? いい話だと思うが……」
「わたくしは……」
マニトバ地区で細々と生きてきました。
帝国の一斉魔力検査に脅え、エルペスター侯爵領に逃げてきました。
このまま身を隠していかねばならないと思っていたんです。
そこへ現れた太陽のような王子様がカーマイン殿下です。
カーマイン殿下はわたくしの懸念を全て振り払ってくださいました。
陽の当たる場所に連れ出してくれようとしてくださっているのです。
事実上セーラお婆様の活躍を認める方向で。
しかもわたくしを見初めてくださっているという。
「受けます。わたくしはカーマイン殿下の婚約者となります!」
これ以上ない舞台をカーマイン殿下が用意してくれました。
あとはわたくしの問題です。
息苦しい生活は終わりなのです!
「いいのかい? 殿下は味方でも、口さがない連中は必ずいるよ」
「望むところです」
養父様もいい方です。
わたくしを心配してくれるのです。
わたくしがカーマイン殿下の婚約者になることは、エルペスター侯爵家にとって喜ばしいことでしょうに。
「殿下も仰っていたように、特に対帝国にはクレアの存在は大きいのだと思う。ただしレーベナル国内での影響力は、エルペスターの養女というだけに過ぎないんだよ」
「わかっております」
「人脈を広げねばならんな。殿下も考えてくださるだろうが」
「はい、カーマイン殿下に相応しいわたくしでありたいです」
「うむ、クレアの目が輝いているのを初めて見た気がする。殿下はいい話を持ってきてくださったものだ」
わたくしの心は殿下の強い瞳に囚われてしまいました。
カーマイン殿下に恥をかかせてはなりません。
わたくしに今こそ必要なのは……。
そうだ、お婆様の言ってた通りに……。
「ひ、光っている? 魔力か!」
喜びとともに身体に溢れ出る魔力!
養父様も驚いていらっしゃいます。
「こ、これは……。元々クレアの魔力が強いことは知っていたが」
「多分お婆様の封印が解けたのだと思います」
セーラお婆様はわたくしをとても可愛がってくださいました。
わたくしの魔力を包み込み、目立たぬようにしてくれていたのだと思います。
カーマイン殿下に相応しいわたくしであるために、封印が不必要になったのでは?
「驚いた……聖女セーラの再来か」
「お婆様には、必要な時には祈るんだよと言われておりました。こういうことだとは考えていませんでしたが」
「聖女セーラと王家の和解だ! 最高だ!」
そして疑惑の目で見られがちだったエルペスター侯爵家も完全復権だと思います。
わたくしは聖女。
でもまだ足りないものは多いです。
一にも二にも努力が必要ですね。
努力が認められる立場になれたのが何より嬉しいことです。
カーマイン殿下のおかげです。
少しでも殿下のお力にならなければ。
羽ばたける未来はあの方とともに。
最後までお読みいただきありがとうございました。




