表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/18

第二話

 三人で席に着く。


 男は迷いなく中央を選び、肘を広げて背もたれに深く身を預けた。座った、というより、占領した、という姿勢だった。最初から、ここが自分の場所だと疑っていない。周囲がどう配置されるかなど、考える必要もないという顔。


 女は男の右。私は左。


 小さなテーブルが、物理的な距離を強引に縮める。そのくせ、見えない線だけはくっきりと引かれ、私だけが外側へ押し出されているのが分かる。距離は同じはずなのに、立っている場所が違う。


 女が脚を組み替えた。


 布が擦れる音が、やけに耳に残る。

 足首の細さ。

 膝の白さ。


 私は視線を落とし、自分の膝を見ないようにした。見た瞬間、何かが確定してしまう気がしたからだ。比較される側だと、自分で認めてしまう気がして。


 男も脚を組み、顎をわずかに上げる。

 この場の重心が自分にあることを、疑いもしない所作。


 空調の風が、テーブルの下を通り抜ける。カップの表面に水滴が浮かび、それがゆっくりと伝っていく。その動きだけが、異様にゆっくりに見えた。


「で」


 男が切り出す。


「今日、ちゃんと話しとく」


 “ちゃんと”。


 その言い方が、腹の奥に引っかかる。

 まるで、私が勝手に誤解して、勝手にこじらせたみたいな響きだった。正される側に、最初から押し込められている。


 女が、にこにこと笑っている。


 楽しんでいる。

 人の心が壊れる直前の時間を、甘いデザートでも待つみたいな顔で。


 男の視線が、私に向いた。


「名前、なんだっけ。……ああ」


 わざとらしく思い出す素振り。

 忘れているはずがないのに。


「三上」


 呼ばれる。


 でも、温度がない。

 人の名前じゃない。番号を呼ばれたみたいだった。


「お前さ」


 その一言で、空気が変わる。


 同じ日本語なのに、刃が付く。

 これから切る、と宣言するための前置き。


「俺のこと、何だと思ってた?」


 嫌な聞き方だった。

 質問の形をしているのに、許される答えは最初から一つしかない。正解じゃなく、服従を求める聞き方。


 私は言葉を探す。

 探すというより、口の中で転がすだけだ。


 何を選んでも、ここでは不正解になる。


「……何って」


 声が、薄い。


 店内のBGMに溶けて、消えていく。

 自分の声なのに、自分のものじゃないみたいだった。


 男が鼻で笑った。


「いいよ。言わなくて」


 言わせる気なんて、最初からない。

 “言わせなかった”という事実で、勝つつもりなのだ。


 女が、小さく笑い声を漏らす。


「あは。だよね」


 何が“だよね”なのかは説明しない。

 説明しないまま、私を同じ箱に押し込む。


 女は頬杖をつき、私を見た。

 視線はまっすぐで、整っていて、綺麗だった。


 その目に、確かな悪意が浮かんでいる。

 それでも表情は、どこまでも柔らかい。


「ねえ、最初から不思議だったんだ」


 声は甘い。

 中身は毒だ。


「この人の隣に立って、平気な顔できるタイプの子って、逆にすごいなって」


 “すごい”は褒め言葉じゃない。

 異物を見るときの言葉だった。


 男が頷く。


「そう。そういうとこ」


 女を見て、満足そうに笑う。

 自分の支配に、同意が返ってくるのが嬉しくてたまらない顔。


「三上、お前さ」


 男が、指先でテーブルを軽く叩く。


 トン。

 トン。


 カップがわずかに震え、スプーンが小さく鳴った。

 その音だけが、妙に現実的だ。


「勘違いすんな」


 勘違い。


 便利な言葉だ。

 相手の感情を、相手の責任にできる。


 女が、間を逃さず重ねる。


「勘違いっていうか……うん、そうだね」


 唇の端を上げて、言い直す。


「夢見すぎ」


 その言葉が、胸の奥に落ちた。


 ドスン、と鈍い音がした気がした。

 音がしただけで、叫びは上がらない。


 何かが、静かに壊れた。


 割れたのに、形は保たれている。

 だから、周りは気づかない。


 壊れたのは、声を出す前の、

 私のほうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ