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パンツ大戦  作者: 波留 六


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8/12

決戦の前夜、笑顔の行方【挿話】

挿話です!

3万字程度の文章になにをかましてるんだと思われるかもしれませんが、お付き合いください。

 いよいよ明日、健太と俊介の決戦が開かれる。


 美咲は不意に夏休みの宿題を解く手を止め、机上の鏡に視線を移した。鏡の中の自分と目を合わせ、慎重に、かつ機械的に口角を数ミリ引き上げる。

 常に保ち続けなければならない完璧な「微笑み」の造形。顔の角度を微細に変えながら、その出来栄えを事務的に確認する。


(ふむ)


 微笑みを張り付かせたまま、満足の頷きを一つする。


◆◇◆◇◆


 それは健太のパンツをはくことになる一週間ほど前、一学期の終盤に差し掛かった昼休みのことだった。


 授業から一時解放された生徒たちの賑わいの中、美咲は静かに席を立つ。


「美咲ちん、どうしたの?」


 弁当を片付けていたゆるりが首を傾げた。


「ん。ちょっと用事があって、行ってくる」


「もしかして、アレ?」


「そう、アレ……」


 二人で確かめ合うように頷き合ったあと、ゆるりは教室をぐるりと見渡し、談笑する男子生徒たちを品定めするように眺めた。今日の呼び出し相手は、美咲にとっても予想外の人物だった。きっとゆるりの想像の範疇にも収まっていないに違いない。ゆるりは一瞬、好奇心に輝かせた瞳を美咲に向ける。


「相手は誰?」


 美咲は答えずに黙っていると、ゆるりは一人の男子に視線を止める。スマホを凝視していたかと思うと、一心不乱にノートに何やら書き込んでいる。残念ながらその男子ではない。


「内緒」


「見込みはどれくらいあるの?」


 踏み込んだ問いに対し、美咲はただいつもの微笑みを返す。


「あー……」


 すべてを察したゆるりは、今度は憐れむような視線を男子たちへと向けた。


「逆に美咲ちんは、誰かを好きになったりとかしないの?」


 ゆるりは口元を釣り上げると、からかうように美咲の脇腹を肘でついた。


「するわよ。私をなんだと思っているの?」


「じゃあ、今誰が好きなのか教えてもらおうかな?」


 美咲は再び、一点の曇りもない笑顔を浮かべた。


「あー……」


 またすべてを察したゆるりは、今度は口角を下げ、深いため息とともに美咲を見つめる。何か言いたげな様子だったが、結局、ゆるりはぽんぽんと美咲の肩を叩くだけだった。


「……と、こんなことをしている場合じゃなかった。もう待っているかもしれないから」


 美咲はスマートフォンを鏡代わりにし、前髪の乱れと笑顔の角度を最終確認する。


「行ってらっしゃい。気をつけてね」


 手を振るゆるりに見送られ、美咲は教室の外へと足を踏み出した。



 廊下はすでに夏の湿気をはらんだ蒸し暑さに支配されていた。窓の外を見れば、どんよりとした灰色の雲が空を低く覆い、今にも降り出しそうな重苦しさが漂っている。

 泣きたいのはこちらのほうだ、と美咲は内心で毒づいた。どうしていつも私なのだろう。好きな人は自分の意思で決める。けれど、自分がどういう理由で誰を好きになるのか、その感覚さえ今の彼女にはまったく分からなかった。


 だが、今回の相手はよりにもよって高知俊介だった。大企業の御曹司であり、長身で端正な容姿。それでいて高慢な素振りは微塵も見せず、誰に対しても等しく優しい完璧な優等生。


(どうして私を選んだの?)


 彼女はふと足を止めた。そう言えば、彼もまた常に穏やかな笑顔を絶やさない男子だった。それ以外の印象がまるでない。窓ガラスには、透けるようにして美咲の顔が映り込んでいた。そこにあるのは、俊介と同じ個性がまるでない微笑みだ。

 彼もまた、自分と同類なのだ。内側の空虚さ、何者でもない自分への失望を悟られないよう、仮面で隠しているのだ。それにもかかわらず彼が自分に告白したということは、より強固な、あるいはより大掛かりな仕掛けで自分という存在を隠蔽しようとしているに違いない。


(だったら、いつもの微笑みでフッてさしあげましょう)


 美咲は決意を固め、再び歩み始めた。


◆◇◆◇◆


 美咲は回想を断ち切り重いため息をついた。高知俊介という男を彼女は完全に誤解していたのだ。

 彼は美咲とは決定的に違っていた。あの完璧な笑顔の下に隠されていたのは、空虚などではなく、パンツに対する執着と、ただならぬ情熱だった。なぜそんな男が美咲に興味を持ったのか聞いてみたいと思ったが、もはやそれを聞けた時は過ぎ去った。


 机の引き出しをそっと開け、夏休み前に彼から渡されたパンツの試供品を手に取る。


(くうぅっ、今すぐはいてみたい。高知君のあの情熱を確かめてみたい……!)


 美咲は興奮を押さえきれず肩で激しく呼吸を繰り返した。

 明日だ。明日になれば、きっと私は「私である」という役割から解き放たれる。きっとあの二人なら、こんな笑顔の練習など必要のない世界へと連れて行ってくれるはずだ。


 わなわなと震える手で美咲はその布地を引き出しの奥へと戻した。ぎしぎしと音を立てて引き出しを閉じ、彼女は明日の戦いに思いを馳せて目を閉じた。

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