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パンツ大戦  作者: 波留 六


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4/12

普通のパンツで迎えた朝

 朝。山科家の静寂は、あかりの鳴らすけたたましい足音によって無残に失われた。


「お兄ちゃん! 私、今、普通のパンツをはいてるんだけど、どういうこと!」


 階段を駆け下りてきたあかりが食卓の椅子を激しく引いて座る。


「……よかったじゃないか、普通の女の子に戻れて」


 健太はあかりの剣幕を柳に風と受け流し、焼き上がったばかりの目玉焼きに醤油を垂らした。しかし、箸をつけようとした瞬間に皿を奪われる。あかりは皿ごと口元に運ぶと、飲み干すように目玉焼きを頬張った。


「もぐ……ん、んぐっ……! 醤油、かけないでって言ってるでしょ。私は塩派なの!」


「いや、それは俺の朝飯だ」


 敷かれたベーコンに苦戦しながらも、あかりは強引に咀嚼して飲み込んだ。


「それで? お兄ちゃんの作ったパンツは?」


 健太はため息をつき、空になった自分の皿を見つめながら、昨日の放課後の出来事を淡々と打ち明けた。パンツを美咲に拾われ、挙句にゆるりまで加わって「はきたい」と懇願されたというカオス極まりない状況を。


「な、なんなの、その地獄絵図は? 涼形すずなり美咲さんって、あの超有名な美咲先輩のことだよね? 全然意味がわからないけど、ただの変態だったってこと?」


「美咲ちゃんは変態じゃない。ただ、あかりのパンツを履いて歓喜しただけだ」


「それを世間では変態って呼ぶの! それに、どうしてパンツに私の名前を刺繍してあるわけ!」


「ちゃんと持ち物には名前を書けと、昔先生に言われただろ?」


「小学校のときの話でしょ! バカなの? 本当にバカバカバカ!」


 あかりの罵倒が飛ぶ中、健太は悔しそうに奥歯を噛み、拳を握りしめた。


「今はあかりのパンツの完成に注力したいんだ。だが、サンプルが増えるのは開発者として見逃せない。……でも俺の体は一つなんだ。三人分を同時に仕上げる時間が今の俺には……ない!」


 健太のあまりに悲痛な、しかし明後日の方向を向いた情熱に、あかりはドン引きして冷めた視線を送る。


「じゃあ、私の分はいいから、その先輩たちに作ってあげればいいじゃない。私は解放されて、毎朝清々しい気持ちで目覚めることができる」


「それはダメだ!」


 健太が椅子を蹴らんばかりの勢いで立ち上がった。あかりは思わず肩を跳ねさせ、身を引く。


「な、なによ……」


「あの老人が作ったパンツの感触を知っているのは、あかりだけなんだ。俺の作るパンツが、あの『至高の一枚』を超えたかどうか……それを正しく判断できる審美眼を持っているのは、お前しかいないんだ!」


 健太の射抜くような、純粋すぎる眼差し。あかりは毒気を抜かれたように視線を泳がせ、赤くなった頬をぽりぽりと掻いた。


「……まあ、いいわよ。それで、昨日の夜は私の部屋に来なかったってわけね。美咲先輩にパンツを取られたから」


「いや、夜中に忍び込んでちゃんと身体の計測と観察はしておいたぞ。今晩は新作をはかせてやるから安心して眠れ」


「……そうなんだ。だったらよかった。……って、全然良くない! 犯罪者!」


 あかりは健太の湯呑みを奪い取ると、熱い茶を勢いよく飲み干して立ち上がった。


「お兄ちゃんのバカな話を聞いていたら、朝練に遅刻しちゃう! あと勝手に私の部屋に忍び込んで来ないで!」


 びしっと人差し指で兄を差し示したあかりは、嵐のような勢いで玄関へと消えていった。


◆◇◆◇◆


 昼休み。あかりは教室の自分の席で、居心地が悪そうに身を捩っていた。


「うー……、なんか、いつもと違ってお尻が変な感じ……」


「なになに? あかり、どったの? 痔?」


 声をかけてきたのは、里中さとなか志保しほだ。あかりのクラスメイトであり、同じバドミントン部に所属する、腐れ縁の親友である。


「違うよ……。なんていうか、調子が狂うっていうか……」


 あかりは机にどろりと溶けるように突っ伏した。志保はそのツインテールを掴むと、手綱のように揺らし始める。


「そういえば、朝練のときも動きが鈍かったよね。風邪でも引いた?」


 その問いに、あかりは満腹感と午後の陽気にくるまれ、うとうと気分で話し始める。


「お兄ちゃんがね……、今日はパンツをくれなかったの……」


「……んんんっ? お兄ちゃんが、パンツを、くれなかったぁ!」


 志保の驚愕の叫び声が、まったりとした空気の漂う教室に炸裂した。


 一気に全身の血の気が引いたあかりは、跳ね起きて志保の口を両手で塞いだが、時すでに遅し。クラス中の爛々とした好奇の眼差しがあかりに降り注がれていた。


「今のなし! 志保、ちょっと来なさい!」


 あかりは親友の腕を掴むと、ずるずると廊下へ連行していく。


「ちょ、待ってよ! どこへ行くのよ、あかり!」


「トイレ!」


「いいけどさ……。あかりがブラコンなのはみんな知ってるから、今更隠さなくてもいいのに……」


 その言葉に、あかりの動きがピタリと止まった。雷に打たれたように硬直するあかりを、志保が不思議そうに覗き込んで手を振る。


「私が……ブラコン……? 何をどうしたら、そんな誤解が生まれるの……?」


 常日頃から健太を罵倒し、冷遇してきた自負があるあかりにとって、それは屈辱以外の何物でもなかった。


「だってさ、女子で恋バナしてても、あかりはお兄ちゃんの話しかしないじゃん。理想のタイプを聞けば『お兄ちゃんよりはマシな人』とかさ。それにお兄ちゃんの写真、絶対見せてくれないし。独占欲?」


「あ……、あ……、それは、あんなもの世に出したら私の人生がおわっちゃうからで……っ」


 あかりは顔を隠しその場に蹲った。誤解が幾重にも積み重なり、逃げ場のない牢獄となっている。

 そんな彼女の肩を、志保がニヤリと笑いながら叩いた。


「さ、トイレ行こ。取ったりしないからさ、あかりの大好きなお兄ちゃんのこと、全部白状しちゃいなよ!」


 志保に引きずられるように歩き出しながらあかりは確信した。この不調も、この誤解も、すべては健太と健太の作るパンツのせいなのだと。


「お兄ちゃんのことなんか大嫌いなんだからっ!」


 あかりの叫び声が一年生のフロアに炸裂した。

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― 新着の感想 ―
最新話においつきました。 ここまで一気に読んできたのですが……果たしてどこからツッコミを入れたらいいのやら! この話を読んでいる姿を娘に見られてはならないとしみじみ思いました。 何処を開いていても必ず…
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