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パンツ大戦  作者: 波留 六


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12/12

エピローグ(極上の履き心地を求めて)

 狂乱は続いていた。


 グラウンドでは健太が見知らぬ観客に肩車をされ、ヴィクトリーランの真っ最中だった。


「うんうん。チャックが社会の窓というのなら、パンツは心のカーテンだねぇ……」


 突然聞こえたその言葉にあかりは目を見開く。いつの間にか、手芸部の部長があかりの入ったボックスに背を預け、感慨深げに健太の姿を見つめていた。


「ま、まさか。小学生の時に会ったあのおじいさんの正体は、部長だったんですか!」


「んなわけあるかい! うら若き乙女に向かって失礼なこと言うんじゃないっ」


「あだっ!」


 部長の鋭いチョップがあかりの額にめり込んだ。


「でも、まあ……。あんたたち兄妹が出会ったのは、うちのおじいちゃんだよ」


「やっぱり……! そうだったんですね」


 背の高い彼女と、白髪白髭の老人のシルエットが重なる。老人と出会ったあの夏のむせるような木々の匂いがあかねの胸を満たした。


「そうだよ。おじいちゃんから話を聞いていなかったら、女子しかいない手芸部でたった一人で女子のパンツの研究を続けるような変態、とっくに叩き出してるさ」


「そのこと、お兄ちゃんは知ってるんですか?」


 あかりの問いに、部長は静かに首を振った。


「どうして?」


「おじいちゃんのパンツをはいた子なんて、あんたの他にもたくさんいるのだよ。そんなのにいちいち構っていられない」


 健太のような存在が他にもいるかもしれない。そんな人たちが部長のもとに集まることを想像すると、あかりはゾッとして首を振った。


「それで、部長さんのおじいさんは今はどこに?」


 部長は溜息をつき、色とりどりのライトが飛び交う熱気が冷めやまない客席を眺める。


「おじいちゃんはパンツを求める人を探し、今も世界中を旅しているよ。時々、その土地のお土産と一緒に新品のパンツが送られてくるんだ」


「ま、まさか。そのパンツは……!」


 あかりの驚愕に、部長はただ遠い目をするばかりだった。公然の秘密となってしまった今でも、あかりだって健太の作ったパンツをはいているだなんて口が裂けても言えないのだ。部長だって答えられるわけがない。


「最近はね、立て続けに北海道の『木彫りの熊』が送られてきてね、少しボケ始めてるんじゃないかって心配なんだ。だから、おじいちゃんに会いたいなら早めに……ね?」


 そう言い残し、部長は背中越しにひらひらと手を振りながら、控室へと消えていった。


◆◇◆◇◆


 熱狂の渦の中心、健太のもとに俊介が歩み寄った。


「おめでとう、健太君。君の勝利だ。僕は技術と性能に奢り、心に寄り添うパンツを作ることを忘れていた。パンツをはくだけであそこまで幸せそうな顔をする女の子を僕は初めて見たよ」


「……いや。高知君との勝負がなかったら、あのパンツは生まれなかった。僕は高知君のパンツをはいて、君の誇り高さと情熱を知ったんだ。その凄まじさに何度も絶望したけど、最後には原点に戻ることに気づけた。一番最初に思いつくことが、もっとも単純で、もっとも大切なことだったんだ」


 俊介が驚愕して目をみはる。


「まさか。君は……自分自身ではいたのか。僕の作った、女性用の下着を……!」


「ああ。こっそりはいて、一日を過ごしてみたよ。途中、プールの授業があって、みんなに見つかるんじゃないかとヒヤヒヤしたけどね」


 おどけて笑う健太に、俊介は瞳を伏せ、口元に自嘲気味な笑みを浮かべた。


「……完敗だ。僕にはまだそこまでの覚悟はなかった。健太君、今度……君が妹君のために作ったパンツを譲ってくれないか?」


「もちろんだよ。でも、プールの授業の日だけは気をつけるんだぞ」


「わかった。その日は、僕が君の、君が僕の作ったパンツをはきあって登校しよう!」


 二人は固い握手を交わした。


「また戦おう。次は、負けないよ」


 俊介は二本指をスッと立てて挨拶をすると、ポケットに手を突っ込み、潔い足取りで去っていった。


◆◇◆◇◆


 俊介と入れ替わるように、白亜の塔からゴンドラに乗って美咲が舞い降りてきた。

 彼女は真っ直ぐに健太のもとへ駆け寄る。


「健太くん、おめでとう!」


 美咲はこれまでで一番輝かしい笑顔を見せた。


「あ、ああ……ありがとう」


 ドギマギする健太に、美咲はさらに一歩近づき、両手を差し出した。


「あかりちゃんがはいたあのパンツ。……さっそく、私にください」


 健太はギクシャクした手つきで一枚のパンツを取り出し、美咲の掌の上に乗せた。真珠のようなまばゆい光沢を放つ布地に、彼女は精緻な刺繍を見つけ、息を呑んだ。


「『すずなりみさき』……。これ、私のためのパンツ……?」


「ごめん。それはあかりのパンツに、君の名を刺繍しただけなんだ。これからもっと研究を重ねて、美咲ちゃん専用のパンツを作るよ」


「健太くん……」


 美咲の瞳が潤みを帯びた。彼女は受け取ったパンツを、健太の胸元にすっと押しつける。


「美咲ちゃん?」


「もう……待ちきれないんです。このパンツは、どうか健太くんの手で私にはかせてください」


 健太は驚き、とまどったまま動き出すことができなかった。美咲がぎゅっとパンツを握りしめる。


「一か月前、私は健太くんにお友達になってとお願いしましたわ。だから今度は健太くんが私をエスコートする番ですわ。私たちはこれから、もっともっと仲良くなれますわ」


 美咲はおどけてお嬢様口調で言ったあと、小首をかしげて健太を見つめる。そして耳元まで赤く染め、羞恥に耐えるように唇をきゅっと結ぶ。


 健太は息を吸い込むと強く頷き、パンツを受け取る。そしてお姫様に仕える聖騎士のような厳かさで彼女の前に跪いた。美咲はその肩にそっと手を乗せる。


 差し出されたパンツに、美咲が片足ずつ慎重に足を通す。


 健太は慈しむように、その純白の布地をドレスの奥深くまでスゥッ……と引き上げた。


「ほわわ、はわわっ……! この感触は――っ!」


 美咲の魂の叫びが、ドームの全スピーカーを通じて場内に響き渡った。


◆◇◆◇◆


 あかり、ゆるり、志保の三人は、その光景を虚無にとらわれた眼差しで眺めていた。

 ボックスに頭を固定されたままの彼女たちは逃げ出すことすら叶わない。彼女たちを回収に来る者はなく、誰からも忘れ去られたオブジェと化していた。


「……フラれましたね、ゆるり先輩」


 志保が力なく、にひひと笑った。


「あんただって、健太のことを好きになりかけてたんじゃないの?」


 ゆるりが頬を膨らませ、志保に反撃する。


「ちょ! こういう時は、先輩として優しい言葉をかけてくれてもいいじゃないですか!」


「うるさい。私は本気だったんだ。構ってられるか!」


 ゆるりの鼻をすする音が響く。


「私だって……あかりからずっとお兄ちゃんの話を聞かされて、勝手に憧れてたんですよぉ」


 志保の鼻をすする音が重なって合唱が始まった。


「ああもうっ! 二人とも私の頭越しにそんな話しないで! 今度、三人でお菓子でも食べに行きましょう。その時、心ゆくまで恋バナでも失恋バナでもしてくれたらいいですから!」


 あかりが叫ぶと、志保は哀れみのこもった瞳であかりをじっと見つめた。


「……あかり。私とゆるり先輩は今日フラれたけど、あんたはこれからじっくりと時間をかけてフラれるのよ。お兄ちゃんはどれだけ妹を愛したとしても、恋をすることはないんだから」


 あかりは志保に反撃しようとしたが、頬に溜めた空気を吐き出してやめる。

 そして、勝利の余韻に浸り美咲と手を取り合って喜んでいる健太の背中をじっと見つめた。


「まあ、『まともなお兄ちゃん』だったらの話だけどね」


 志保がぽつりと付け加えた。


(完)

 いいね、評価、レビュー、感想頂き感謝しています。

 作品を発表する以上、誰かに読んでももらうことが目標です。

 ここまでたどり着いていただけたことは、作者冥利につきます!


 健太とあかりが老人と再開するにはまだまだ障壁がありそうです。ペイントパンツ三連星に変身願望を叶えるパンツ職人、10年戦えるパンツ職人、安眠パンツ職人、都会派パンツ職人……、謎の「黒いパンツ職人」も現れるかもしれません。強敵の出現に俊介と夢のタッグを結ぶ時がくるかも。

 これらの妄想を皆様に委ねて、物語を締めさせていただきます。


 ここまで読んでくださった全ての皆様に感謝を!

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― 新着の感想 ―
ああっ、終わってしもうた! また次の「きわどい」作品を楽しみにしております(笑)
ラストシーンには1スクロール中におパンツの文字がない場所が……! とりあえず、女性陣四人とも目を覚まして! あなたたちが履いたおパンツは、既に彼によって履かれた後のものかもしれないのよ!? 完結お疲…
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