始まりの朝
よろしくお願いします。
キラキラした青春を送りたい。
クラスの中心にいるとか、放課後に友達と寄り道するとか、そんな当たり前の高校生活に、俺はずっと憧れていた。
だからこそ断言できる。入学式の朝、公園のトイレに籠もっている時点で、
俺の高校デビューはもう失敗している……
4月上旬、高校の入学式の朝にスズメの鳴き声をバックに俺は公園のトイレに篭っていた。そう、緊張していたのだ。昨日、どうやって華やかに高校デビューしてやろうかという作戦を夜遅くまで練っており、寝不足気味なのも相まって、とても体調が悪い。
寝不足なのはこの際もうどうにもならんからいいとして、緊張をどうほぐそうか頭を回転させる。羊を数えるか?いや、それは眠っちゃうやつだし。なんか手に字を書いて飲めば緊張ほぐれるとかあったよなーなんの字だっけ、、ダメだ思い出せん。てかなんかもう家帰りたい。
思考が上手くまとまらないまま、便座の上でうずくまっていると、公園の外から中学生の男女と思われる人達の会話をする声が聞こえてきた。その瞬間にこんなところでウジウジしている自分がなんだか情け無くなり、俺はトイレから出る事を決意した…
トイレからの脱出に成功したのはいいものの、新学期早々にネガティブな感情に陥ってしまったな…。あーダメだ!いかんいかん!よし、ここはひとつ自分の長所でも言っていってポジティブな思考に切り替えていこう。
俺の長所…長所…長所……。やべー、一個も思いつかん。いや、何かあるはずだきっと!だって15年も生きてるんだから!そうして俺は自分の長所に頭を悩ませながら公園から出ようとしたその時だった。
「ウワッッッ!?」
俺は公園の出入り口の段差につまずいて盛大に転けてしまったのだ。膝に確かな痛みを感じながらも、俺はケガの確認より誰かに見られてないかの確認を優先した。周りを見回し人がいない事に安堵してから膝に目線を移すと、新品のズボンが破れていて、そこからちょっとしたケガではすまない程度の血が流れていた。
「あの、大丈夫ですか…?」
想像以上の血の多さに多少気が動転していた俺に、透き通るような綺麗な声が聞こえてきた。声のする方に顔を上げてみるとそこには、艶やかな黒髪、白い肌、その白い肌によく映える涙黒子が特徴的な、なんとも大人っぽい雰囲気を醸し出している美少女が膝を曲げて、こちらを心配そうに伺っていた。
「え、あ、あー大丈夫ですよ!これくらい!ハハ」
やべー、いきなりこんな美少女に声かけられて、どもりまくって変なテンションで喋ってしまった。ほぼこれまでの人生で女絡みがなかった俺には正直荷が重いシチュエーションだった。
「でも血がたくさん出てますよ?その状態で学校に行くつもりですか·····?」
ハッ、、確かにそれはまずい。入学式の日にこんな血まみれな脚で登校してしまったら100%悪目立ちしてしまうだろう。それだけは絶対に避けなければならない。だからといって家まで帰って手当てする時間はとても無いし······やべー、これはまじでやばい…。自分でも自分の顔が青ざめて行くのがよくわかった。
「私、絆創膏とティッシュくらいなら持ってるので手当てしましょうか?」
「え、あ、いや流石に見ず知らずの人にそこまでして貰う訳にはいかないっすよ…」
「はぁ、いいですよこのくらいボランティアです。ズボンの裾上げますね」
「え、あ、いや、え?」
彼女は俺のズボンの裾を傷口に当たら無いように丁寧に上げてくれた。てか今溜息つかれなかった?気のせいかな·····?
「公園の水道で血を洗い流しましょうか、立てま
す?」
「あぁ、はい立てるっす」
彼女に気を配られながら俺はまた公園へと逆戻りしたのだった。
「水、傷口に滲みますか?」
「あ、いやーこ、これくらい全然大丈夫っすよ!」
嘘だった。めちゃくちゃ痛かった。でも痩せ我慢は昔から得意だったので何とか悟られる事なく(多分)乗り切った。お、てか待てよ俺の長所一つあったじゃん!痩せ我慢!俺にも長所あったぞ!やったね!───こうゆう時ってくだらない事が頭の中でグルグル回るのはなんでなんだろう。不思議。
血を流し終え、ティッシュで水滴を拭き絆創膏を貼って貰った。俺はその一連の流れをポカンと眺めていた。なんというか手当てをしてくれている彼女の横顔を眺めるのがすごく心地が良かった。
「これで血は大丈夫ですね。後で保健室でちゃんと消毒して貰ってくださいね」
「あ、あぁ、その、何から何までありがとうございました·····!」
俺は普段より若干長く頭を下げてから顔を上げると、今更ながら彼女と俺の制服が同じだと言う事に気が付いた。
「いいですよ、これくらい。大したことはして無いですし」
「い、いや、いや、いやそんなことないですって!」
「…そ、そうですか」
なんともむず痒い雰囲気になったので俺は意を決して、初めて女の子に話題を振ってみる事にした。なんというか、ここを逃したら女の子と話す機会なんて無いんじゃ無いかとかそんな大袈裟なことを思っていた。
「あ、あ、あのーさっき気付いたんっすけど、制服同じですよね〜、もしかして鳳月高校に通ってるんですかね?」
少しどもってしまったが、まぁ俺にしちゃ及第点だろう…
「はい。正確にはまだ通ってはいないですけれど····」
「え?それはどうゆう意味ですか、?」
俺は思わず聞き返してしまった
「私、今年から入学する1年生なのでまだ通ってないです」
「!?!?!?!?!?」
え、1年??俺とタメ???いやいや、嘘だろ?大人び過ぎてるだろ、ついこの間まで給食とか食ってたの?いや、想像できねぇ。ふざけてるとか…?いや、そんなタイプじゃ無いだろうし。え、じゃマジで?俺と同じなの!?
驚きの感情が1番大きかったのは当然だが、それと同時にどこか喜び、期待していた自分もいた。仲良くなれるチャンスなんじゃ…そう思うとなんだか胸が躍った。
「あ、へぇ〜、そ、そうなんだぁ。お、俺も鳳月高校の1年なんですよね!よ、よかったらタメ口で話しませんか…?」
「うん、わかった」
「あ、うん!ありがとう!」
よ、よし!多分普通に話せたぞ!多分!待てよ、次ってなに話せばいいんだ?身長何センチなのとか?いや、初対面でそれは流石にキモすぎるか。じゃあ趣味を聞くか?いや、それも今じゃ無い気がする…何かないか、無難なもの。無難なもの、無難なもの…あ!!
「あ、あのー名前って聞いてもいいかな?」
「私は白川紫織。…君は?」
「え、あー!俺は黒羽根!黒羽根透人!」
やべー、女の子に名前聞かれるのってこんな嬉しいんだ。なにこの浮遊感。なんかスゲー幸せな気持ち!
「よ、よろしくね!白川ちゃ…さん!」
まずい、女の子の名前とか呼ぶ機会なかったから呼び方に迷ってしまった。気付かれたかな?なんか若干顔赤くなってる気がする。恥ずかしすぎる。ダメだ、こういう時こそ平常心だってどっかの誰かが言ってた。深呼吸だ、深呼吸。
「…うん。よろしくね、黒羽根ちゃんさん!」
「うん!よろしく!って···んいや、ん??」
今はっきり、『黒羽根ちゃんさん』って言ったよなこの子、意外に冗談とかいうタイプなのか?いや、聞き間違いか?でもハッキリ聞こえたよな。てか普通に俺のきもい呼び方聞こえてたのか───恥ずッ
「あー、そろそろ学校行かないと!初日から遅刻しちゃうよ!」
「うん、そうだね。行こっか」
あれ、なんか普通になったな。やっぱさっきのは聞い間違いか?まぁ、なんにせよなに考えてるかよくわからん子なのは間違いないな…。
楽しんで頂けたら幸いです。
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