23話 希望と絶望
「エミリア君は妃としての器ではない。
僕に、そして帝国の皇妃としてふさわしいのは――
学園でその力が認められた《光》の使い手、リアナだ。
闇という不吉な力を持つ君との婚約は破棄する。
ここに――リアナとの婚約を宣言する!!」
皇子の高らかな声が、舞踏会会場に響き渡った。
その横で、リアナさんが“勝ち誇ったように”皇子へ寄り添う。
その演技の完璧さに、事情を知らない貴族たちはどよめきに戸惑っていた。
「エミリア様が可哀想……」
「そんな突然……」
「いや? 皇子殿下とあの子の婚約は……めでたいのか?」
誰もが判断に迷い、空気が揺れる。
私は、胸の奥が締め付けられた。
(これで……皇子とリアナさんは“不誠実な皇妃と皇帝”と一生言われるだろう……)
――そう。
表向きは“浮気婚約”にしか見えない。
世間も歴史書も、そう記すだろう。
そして私は。
“可哀想な婚約破棄の令嬢”として父である公爵と共に帝国から独立する。
帝国の手の届かない安全圏へ。
それがリアナさんが皇子につきつけた条件だからだ。
私達は逃げられる。
でも――リアナさんは?
私達の領地規模なら独立しても問題はない。
むしろ、帝国から離れたほうが貿易で富を築けるほどだ。
でも。
(帝国の貴族でなくなるということは……
リアナさんに何かあっても、助ける手段がなくなるということ……)
私の手が震えた。
「お父様……!
やっぱり、やっぱりこんなの間違ってます!!
リアナさんを置いて逃げるなんて……!」
小声で言うと、父はそっと指を唇に当てた。
「リアナさんには考えがある。
いま私達が感情的になって会場を離れれば――婚約解消の手続きができない。
公爵の印が無ければ、皇子は“正式な破棄”を成立させられん。」
――そうか。
リアナさんの作戦は、
“公爵の署名が今日中にもらえない状況を作ること”。
私は込み上げる涙をきゅっと耐えた。
「なんという不誠実で横暴な態度だ……!
分かった。我が領地はこの瞬間をもって帝国より独立させていただく!!
皇帝が帰り次第、正式に申し入れよう!!」
父は声を張り上げ、堂々と皇子へ宣言した。
ザワァッ……!
会場が大きく揺れる。
その混乱を背に、父は私の手を取り、足早に退出を開始した。
大時計を見ると――23時30分。
(婚約解消の期限は“今日中”。
あと30分……!
父が皇城を抜ければ、もう皇子はサインをもらえない!!)
そう。
これがリアナさんの勝利。
このまま城を出れば、私達の完全勝利――!!
私は門へ続く廊下を走りながら、初めて希望を感じた。
(リアナさん……!
あなたの作戦、素晴らしいです!!
このまま逃げ切れば――私達の勝ちです!!)
舞踏会会場の門に手がかかり――
私は、その瞬間、“勝利”を確信した。
だが――
扉を開いた先にいたのは。
衛兵たちに取り囲まれ、
まるで捕らわれ人のように立たされている――
私たちの母だった。
(……え?
なんで……母が……?)
私も、父も、血の気が引いた。
父は蒼白になり、足を止めた。
ゆっくりと――恐る恐る振り返る。
そこには。
勝ち誇った笑みを浮かべている皇子と。
目を伏せ、苦しげに唇を噛むリアナさんがいた。
皇子の影が、私達にゆっくりと迫る。
(――まさか……皇子に見抜かれていた……?)
絶望が、音もなく胸に落ちていくのだった。




