22話 婚約破棄
「さて……準備はできたかい、リアナ」
舞踏会の控室。
化粧を終えた彼女へ、皇子が手を差し出した。
鏡の前に立つのは、学園の制服姿とはまるで別人。
淡いピンクの髪を宝石のようにまとめ、胸元には繊細なレースが咲き誇る。
高価なシルクドレスが光を集め、彼女を麗しい姫に仕立てていた。
「はい♡ 皇子様」
リアナは淑女そのものの笑みを浮かべ、皇子の手を取る。
――今日。
これから行われるのは、全領地の代表が見守る“婚約破棄”の儀式。
各地から貴族たちが集う、華やかにして残酷な夜会。
皇帝が療養地から戻る前のこのタイミングで、皇子は一手を打つ。
リアナは、勝ち誇っているのだろう。
皇子はドレス姿の彼女を見つめながら、口の端を上げた。
平民とは思えぬほど優雅な足取り。
気品さえ帯び始めたその姿は――確かに人目を惹く。
だが。
(リアナ。君はいつも“勝ったつもり”になるんだね)
これまで幾度となく敗北してきた相手。
その賢さと狡猾さゆえに、皇子は彼女に執着した。
(本当に面白いよ。君は“本命”を巧妙に隠すため、いくつも条件を積んでみせる。
もっともらしい理屈で煙に巻き、僕を譲歩させた“つもり”になっている)
だが、本命を隠す技量そのものが、皇子にはたまらなかった。
(従順なだけの女はつまらない。
頭が良くて、勝ち誇って、生意気で――
その高慢な顔を“自分の手で”屈服させるからこそ、価値がある)
想像するだけで、背筋がぞくりと震えた。
契約?
そんなもの、表向きの条項さえ守れば、いくらでも回避できる。
皇妃の義務を理由に、理不尽など無限に押し付けられるのだから。
それに――学園を卒業するまでは学園長が口を挟むため、手出しは禁止。
だからこそ、卒業後にじっくりと調教すればいい。
だが、その前に。
(まずは君に“絶望”を知ってもらうよ、リアナ)
控室の扉が開き、二人はゆっくりと会場へ向かう。
――舞踏会会場。
重く豪奢な扉が開かれると同時に、まばゆい光と音が二人を飲み込んだ。
巨大なシャンデリアが夜空の星のように瞬き、貴族たちの視線が一斉にふりむく。
階段下には、公爵とエミリア。
エミリアは不安そうに両手を胸に当て、リアナを見つめていた。
婚約者であるはずのエミリアではなく――
“リアナ”を伴って登場した皇子に、場はざわめきで揺れる。
ひそひそ声。
驚き、疑惑、戸惑い。
皇子は階段の頂点に立つと、堂々と手を掲げた。
(さぁ、リアナ――
勝利に酔っているその瞬間に、奈落に落ちるがいい)
振り下ろした指先が、真っ直ぐエミリアを指した。
「エミリア・――
婚約破棄だーーー!!」
その声は会場全体に轟き、
夜会の空気は一瞬で凍りつくのだった。




