20話 穴だらけ♡
「こんな真似をして、ただで済むとお思いですか?
我が娘を愚弄した件も含め――あまりこちらを侮らないでもらいたい」
公爵様の声音は、森の空気を震わせるほど冷え切っていた。
皇子も皇妃も、こればかりは言い逃れできない。
確実に“追い詰めた”。誰もがそう思った――その瞬間。
ザシュッ!!
「……っ!?」
黄金の剣閃が閃き、皇妃の首があっけなく跳ね上がった。
全員の時間が止まる。
ぽたり、と落ちた血が床を染める音だけが響く。
「ひっ……ぁ、あ……!」
エミリア様が青ざめ、膝を折りかけるのを、アルバート様が抱き支えた。
「な、何を……!」
公爵様でさえ息を呑み、叫ぶことしかできない。
その中で皇子はただ、狂気じみた笑みを浮かべていた。
「公爵、あなたなら分かるでしょう?
この剣が何を意味するか」
皇子は血に濡れた黄金の剣を持ち上げ、妖しく光らせた。
「初代皇帝が“神”と契約した剣。
――皇族の血を捧げれば、いつでも《皇都防衛機能》が起動する」
「防衛……機能だと?」
アルバート様の眉が鋭く吊り上がった。
「帝都の民の魂をすべて神に差し出し、神罰を発動させる。
つまり――八万人が一瞬で消える」
「「「……ッ!!」」」
場の空気が凍りつく。
「まさか……帝都の民を“人質”に、我らを従わせるつもりですか」
アルバート様が怒りを抑えた声で言うと、皇子は楽しげに口角を上げた。
「飲み込みが早くて助かるよ。もちろん、聞いてくれるだろう?」
その刹那、公爵様が吠えた。
「そんな要求、聞けると思っているのか!!」
「へぇ? じゃあ――
君たちは《八万人》の命を見捨てられる、と?」
笑顔のまま、最低の選択肢を突きつける皇子。
全員が息を呑んだ中。
「はーい、私できますよぉ~♡」
その場の空気をぶち壊したのは、もちろん私。
「……え?」
視線が一斉にこちらへ向く。
私はにこにこしながら肩をすくめた。
「だってぇ、どうせ皇子って、私たち生かしておく気なんてないですよねぇ?
黙ってたって、ぜ~ったい理不尽な理由で殺しに来るんですし。
私、自分の命と赤の他人なら……自分が大事かなぁ♡」
くりっと上目遣い。
ぶりっ子ポーズまで添えて、あえて“軽く”言い切る。
「そんな不公平な取引、飲むわけないじゃないですかぁ。
取引って、相手にもメリットないと成立しませんよぉ?
皇子なら分かるでしょ、“私だけ損する契約”なんて嫌いなんですぅ♡」
皇子は、ふっ、と喉を鳴らした。
「面白い。君ならそう言うと思ったよ。安心して?
僕だって人間をそんなに綺麗だなんて思っていない」
ぱちん、と指を鳴らす。
転移陣が輝き、皇妃の姉妹が現れる。
顔は蒼白、恐怖に震えていた。
そして――
ザシュッ!!
再び、首が宙を舞った。思わず目をつぶる。
「ッ……!!」
エミリア様が顔を覆い、公爵様は歯を噛みしめ、アルバート様は怒りで剣に手をかける。
その瞬間。
ぽわっ……
黄金の紙片が空間に浮かび上がる。
「これは……契約書……?」
宙に浮かぶ金色の羊皮紙には、神々しいまでの光が宿っていた。
「簡単さ。
君たちが沈黙を保つなら、僕は君たちに一切危害を加えない。
ただし、サインすれば口外禁止。フェアだろ?」
皇子が嗤う。
「貴方……正気ではない。狂っている……!」
公爵様が拳を震わせる。
「でもそれ、危害は“直接的に”ってだけですよねぇ?
例えば、公爵家の隣の領地との貿易を禁止するとかぁ、
不利になる法律を作るとかぁ……
あと、“エミリア様にお勧めですぅ”って性格の悪い領主との婚約すすめたり~」
私はぺらり、と金色の契約書をひらひら振りながら言う。
「ねぇ皇子。これ、穴だらけですよねぇ?」
私の言葉に皇子が笑みを深めた。
「契約を増やしたいのは山々なんだけどね。
これは“同等レベルの契約しか結べない”んだ。
どうしても保証がほしいというのなら――」
すっ。
もう一人の皇族の首が、静かに、あまりにも簡単に落ちた。
そして。
ぽわんっ!
リアナの目の前に、新たな契約書が出現した。
「――君と新たに契約を結ぶというのは、どうだい?」
血に濡れた剣を持った皇子が、狂気の笑みでそう囁いた。




