15話 人のうわさもなんとやら
「さて……説明してくれる?」
皇妃は紅茶を置き、細い指でカップを軽く叩いた。
「せっかく“皇族と公爵家の縁”という最高の盤面を整えてあげたというのに。よりにもよって“解消したい”なんて連絡が来ているのだけれど?」
「……申し訳ありません、母上」
「またあなたの“悪い癖”でしょう?
手のひらの上で操れない相手を見ると、すぐ雑に扱うところ」
そういって皇妃はため息をついた。
(この子は有能。だが幼い頃から“支配欲”だけは玉に瑕……
皇帝として伸ばすために多少放任したのが、今は裏目に出ているわね)
「それで?」
皇妃は組んだ足を組み替える。
「公爵家の援助がなくなった今、あなたは第二皇子に対して何の優位性もないのだけれど?」
皇子はわずかに微笑んだ。
「優位性なら……まだ作れます」
「……どうやって?」
「光属性のリアナを妻に迎えます」
「なにを言っているの? あれは平民よ?」
「しかし、魔法学園長は彼女を溺愛しています。養女となれば“学院を牛耳る大賢者”の後ろ盾。
そこに光属性の跡取りが生まれれば——第二皇子どころか、他国への牽制にもなる」
「……なるほどね」
皇妃の瞳がわずかに細まる。
(確かに、公爵家より政治的メリットが大きい場合すらある)
皇子は静かに続けた。
「まず“噂”を流します」
「どんな?」
「公爵がエミリアを自宅に戻したのは——先日の魔物騒動を“エミリアが魔物を呼んだせい”で自粛しているため。皇子との婚約もそれが原因で辞退した、と。
代わりに次の候補として、光属性のリアナが有力だと……」
皇妃はふっと微笑む。
「ふふ……相変わらず性格が悪くてよろしいわ」
皇子の瞳が、ほんのりと狂気を帯びて光った。
***
「リアナさん!!」
公爵家につくとエミリア様は玄関まで走って出迎えてくれた。
「エミリア様ぁ。遊びにきちゃいました♡」
わざと甘めの声を出すと、彼女はぱっと表情を明るくした。
「嬉しいです。学校を休学してしまったので……しばらく会えないと思っていましたから」
エミリア様の休学は“虐め対策のため”ということにしてあるらしい。
エミリア様に皇子のことは知らせていないようだ。
……うん、モラハラ受けてた子って、なぜか加害者の所に戻りたがるってよく聞くし。
教えないのはいいことかもしれない。
安全な場所にいるなら、今はそれでいい。
そんなことを考えていると
「リアナさんが来てくれたなら、一緒に行きたい所があるんです」
と、エミリア様がうれしそうに差し出したのは、最近流行している演劇のチケットだった。
「とても面白かったです。付き合ってくださってありがとうございます」
劇を見終わった帰り道。頬を赤らめるエミリア様。
その少し後ろには護衛としてアルバート様が控えている。
「私も楽しかったですぅ♡ 誘っていただけて嬉しいです♡」
売店でアルバート様に買ってもらったパンとお菓子を大事に抱える。
(うん、これで四日くらいは食べ物に困らない)
「でも本当に送らなくていいのかい? 馬車で学院まで送るよ?」
「大丈夫ですぅ♡ 途中でバイト寄って帰りますので。また遊びにきますね♡」
「はい。また遊んでいただけたら嬉しいです」
「学園で魔物が暴走したのはエミリアの闇の力のせいで、危険だから謹慎だってよ」
酒場でのバイト中。酔った客が話し、別の客が続ける。
「俺も聞いた。代わりに暴走を止めた光属性のリアナちゃんが、第一皇子の妃候補になったらしいぜ」
と、噂話に花を咲かせていた。
おそらくこれは皇子が流した噂。エミリア様に振られた腹いせで、エミリア様との婚約をあきらめて、結婚相手を私に切り替えるための噂流しているのだろう。
悪いのはエミリア様であって、皇子ではないといいたいがために。
あのアホ皇子、ほんとやることが分かりやすい
(さて、どうやって邪魔してあげよう)
こういう噂は完全に“全否定”しても広まらない。噂話は面白おかしくして、興味をそそる内容にしないと広まらない。だからやるべきことは全否定ではない。中身をちょっと書き換えること。
「アルバート様ぁ。ちょっと援助してもらえませんかぁ♡」
私はバイト後すぐに彼の元へ向かった。
噂の内容、そして“ある作戦”を伝えると——
「もちろんだ。君の頼みだし、エミリアのためでもある。で、どうするんだい?」
「一度広まった噂を全部書き換えるのは不可能です。でも……“ゆがめる”事はできます♡
しかも積極的に協力してくれそうな人たちがいて……ふふ♡」
私はぶりっ子ポーズでウインクした。
街中で。
「エミリア様、闇の力で光の子を守るために無理をして……今は自宅療養中なんだってよ。重症らしい」
私のちょっと後ろをあるいている男の人が言った。
「まぁ、劇場の劇みたい!」
「その光属性の子、皇子と婚約するんだろ? 本当に劇みたいだよな」
「ねぇねぇ、その劇すごく流行ってるのよ!」
と、噂話に話をさかせている人たちをしり目に私はるんるんで歩くのだった。
「いつの間にか……噂がすり替わってる?」
報告を受けた皇妃が眉をひそめる。
「はい。今流行の劇と内容が似ていたため、そちらの方に皆が食いつき……劇場側も意図的に広めてしまったようで……」
皇子の背筋がぞくりと震えた。
(きっとリアナだ……
全否定の噂に切り替えるのではなく、“僕たちが消せない形”で改変した。
エミリアだけ守り、僕たちが全否定しないように彼女との婚約部分だけは残した……
やはり彼女は頭がいい。僕の運命の人だ)
皇子の口元が、ぞく……と歪む。




