12話 媚とはすなわち武器である(真顔)
「君の話は本当だった」
翌日。
私が訓練場に顔を出すと、エミリアの兄――アルバートが真剣な表情で声をかけてきた。
そのまま執務室へ通され、温かいお茶と焼き菓子が並べられる。
ソファに座るアルバート様は、深刻な面持ちのまま。
私はそっと目を潤ませた。
「はい。信じてもらえて……うれしいです。
エミリア様は家族に迷惑をかけまいとして、内緒にしているみたいだったので……どうしても伝えたくて。それに……ごめんなさい」
「え?」
「“好き”って言ったのも、お兄様に気づいてほしくて演技しただけなんです。
どうしてもエミリア様の状況をお知らせしたくて。
でも、平民の私がいきなり“虐められています”と言っても……信じてもらえないだろうし……」
私はぎゅっと唇をかみしめ、潤んだ瞳で顔を上げた。
そう、ぶりっこ少女必殺お目目ウルウル攻撃☆
漫画でヘイトキャラが使うとうざいことこの上ないが、実際これは立派な武器。
使えるものは全力で使うべきなのである。
「君は……そこまでエミリアのことを……」
アルバート様が席を立ち、頭を深々と下げる。
「あっ、アルバート様!?」
「君のおかげで気づけた。本当にありがとう。
むしろ謝るべきなのは僕たちの方だ。
妹がそんな目に遭っているのに……気づいてやれなかった。
そんな妹のためにここまでしてくれる友達ができたことを……誇りに思う」
「アルバート様……頭を上げてください。
まだ――本当の戦いはこれからです」
「本当の、戦い?」
「はい。
学園は封鎖された空間。王家でさえ簡単には手を出せません。
証拠がなければ、どうしても動けないでしょう。
でも私は見ての通り、貧乏学生……録音の魔道具なんて買う余裕がなくて」
私はそう言って一度意味ありげに視線をそらしたあとーー真っ直ぐアルバート様を見つめる。
「エミリア様のために――録音の魔道具、貸していただけませんか?」
「だが……そんなことをしたら、君が危険な目に……」
「安心してください~☆ ほら、私ってこういうキャラでしょ♪」
きゃぴっと明るく笑ってみせる。けなげアピールも忘れない。
アルバート様が一瞬ぽかんとした顔のあと、安堵した表情になる。
「……ありがとう。本当に君という友達がいて、よかった」
アルバートは深く息を吸い、リアナに握手を求める。
「エミリアをよろしく頼む」
「はいっもちろんです♡……それと」
「それと?」
「このお菓子、全部持って帰っていいですか?」
このお菓子がもらえるかもらえないかで私の食費がかなり違ってくる。
貴族令嬢転生とはちがって平民転生はそこらへんシビアだ。
「え、あ……うん」
あまりの真剣っぷりに若干アルバート様が引くのだった。
***
やったーー!!録音機ゲットー!!
私は、アルバートから渡されたお金で購入した録音魔道具を撫でながら、ほくほくと自室のベッドにもぐりこんだ。
これさえあれば――
エミリア様が虐められている現場を押さえ、事態を表にできる。
家族に伝われば、エミリア様の待遇は一気に改善する。
それに……。
あの嫌味皇子の顔が思い浮かび、私はにまぁっと笑うのだった。
***
「リアナが録音機を手に入れて、いじめの現場を押さえようとしている?」
皇子の問いに、部下は静かに頷く。
「はい。どういたしますか?」
皇子は書類を閉じ、深く息をついた。
せっかく計画通りにエミリアを孤立させていたのに――
先日の魔物騒動の影響で、「やっぱりエミリア様は悪い子じゃないらしい」という噂が広まりはじめている。
ここで“虐めの証拠”が家族に知られれば、
皇子の作った依存構造は一瞬で崩れ去る。
皇子はぎり、と唇を噛みしめ――
(……そうだ。いいことを思いついた)
ゆっくりと顔を上げると、薄く笑った。
「見てろよ。平民女め」
その笑みは、凍るほど冷たかった。




