11話 証拠は真実である必要はありません♡
「エミリアが虐められてるって? まさか公爵家のお嬢さんを虐めるやつがいるわけないだろ」
騎士団の仕事がおわった帰り道、アルバートの相談に、カインが呆れたように返した。
「でも……教科書がよく破かれていたり、物が隠されていたりすると……」
「そんなに気になるなら、妹さんの部屋の教科書を見てみたらどうだ?」
その言葉に、アルバートは小さく頷く。
もしリアナの話が本当なら、エミリアの持ち物に痕跡が残っているはずだ。
妹の許可なく荷物を漁るのは気が引けるが――
(リアナの言う通り、もし本当に虐められていて……でも家族に言えずに悩んでいるのだとしたら、それこそ問題だ)
「わかった。使用人に調べさせてみよう」
そう言ってアルバートは屋敷へ向かった。
***
「なるほど。早速、告げ口したんだ」
自室で勉強していた皇子は、部下からの通信にページをめくりながら低くつぶやいた。
虐められて破られた教科書は、すべて皇子が裏で補充している。
どの書店を回ろうと、卸に問い合わせようと、エミリアが買ったという形跡は見つられないはず。
証拠は綺麗に隠されている。
皇子の手によって証拠はすべて隠匿されている。いじめている連中をああつっているのも何重にも人を仲介しているので裏で手を引いてるのが皇子とばれる心配はないだろう。
「むしろ好都合だ。あの子の告げ口が外れたように見えるなら……エミリアの兄は彼女を信じなくなる。単なる媚女にしか見えなくなるだろう」
皇子はにやりと唇を歪めた。
***
「で、どうだったんだ?」
翌日。騎士たちの訓練場で、カインが興味津々といった顔で尋ねてきた。
「うん。使用人たちの話では、荷物に異常はないとのことだったよ」
アルバートはほっとしたように微笑む。
「ほらな。やっぱり彼女はお前の気を引くために適当なこと言っただけだったんだよ」
そういってカインが鎧の小手をつける。
(……もし彼女が気を引きたいだけなら、エミリアは虐められていないことになる。だが)
学園は子どもと教師だけの閉ざされた空間。
たとえ公爵家の力をもってしても、内部で起きていることを完全に把握するのは難しい。
可能性がゼロだと言い切るのも違う。
(――リアナは困った子だけど、決して悪い子じゃない。
嘘と決めつける前に、調べられることは調べたほうがいい)
「どうした?」
「いや、なんでもないよ」
アルバートは苦笑して首を振る。
「でも一応、教材屋にも行ってみるよ。彼女を嘘つき扱いするのは……あまりにも関心できないしね」
「行っても無駄だと思うけどな~」
カインは頭をぽりぽりかきながら言った。
***
「はい。同じ教科書をよく買いに来る子、いますね」
仕事の帰りカインとともに寄ってみた教材屋で返ってきたのは、意外すぎる答えだった。
「い、いるんですか?」
「はい。二年生の子です。フードを目深にかぶっているので顔はよく見えませんが……身長はこれくらい」
事務員の女性が示したのは、まさにエミリアと同じくらいの背丈。
「来た日、覚えてますか?」
「はっきりとは……。でも最近だと、四日前だったかしら?」
(リアナが“虐められた可能性がある”と言った日と一致してる……!)
「教科は?」
「魔法学です」
その瞬間、アルバートの表情が険しく引き締まった。
「お、おいアルバート」
「悪いカイン。俺、一度家に戻る」
そう言ってアルバートは足早に店を出た。
***
(よし、うまくいった♪)
教材屋の棚の影に隠れていたリアナは、口元に小さな笑みを浮かべた。
皇子が証拠が残らないようにエミリアの教材を補充していることは、前世(?)の知識と観察で気づいていた。
あの皇子は証拠隠滅の手際のよさ――モラハラ男として恐ろしく完成されている。
(でもね皇子様、油断したわね。本物のエミリア様がたとえ買ってなくても
“フードをかぶったエミリア様っぽい子”が買いに来たという証言で十分♡)
リアナはうふふと喉を鳴らす。
どうせあの屑皇子は証拠はでないとたかをくくっていただろう。
(モラハラ系漫画を読み漁った私に勝とうなんて、百年早いのよ皇子様?)
そう思いつつ、ふと視線を落とすと――
目の前には、アルバイトで処理しなければならない書類の山が広がっていた。
(……おかげで金欠なんですけどね……)
教科書購入に金を使いすぎ、昼ご飯すら買えないリアナ。
ぐぅぅぅ、と切ない音を立てたお腹を押さえながら、ため息をつくのだった。




