第95話:パートナーの覚醒
(……ここまで、か)
振り下ろされる刃が、スローモーションのように見える。
スキルを封じられた俺は、あまりにも無力だった。
肩を斬られた痛みで、もう腕は上がらない。膝は折れ、ただ死を待つだけの肉塊と化している。
俺が死ねば、ルナも、リリスも、ここで終わりだ。
そんな絶望が、俺の心を黒く塗りつぶそうとした、その時。
「――させない!」
俺の前に、小さな影が立ちはだかった。
ルナだった。
彼女は、恐怖に震えながらも、両腕を広げ、俺を庇うようにして、敵の前に立っていた。
その小さな背中が、今はどんな城壁よりも、頼もしく見えた。
「ユウキは……私が、守る!」
それは、彼女の魂からの叫びだった。
道具として買われ、心を閉ざし、ただ守られるだけだった少女が、初めて、自らの意志で、誰かを守るために立ち上がった瞬間。
その叫びに呼応するかのように。
彼女の胸元で、ペンダント『アストライアー』が、これまでとは比較にならないほどの、太陽のような眩い光を、爆発的に放ち始めた。
「なっ……!?」
黒装束の刺客たちが、そのあまりの光量に思わず目を細める。
だが、異変はそれだけではなかった。
ゴオォォォッ!
まるで、嵐の中心にいるかのように、周囲の空気が、魔力が、ペンダントに向かって凄まじい勢いで吸い寄せられていく。
敵が展開していた、魔力を霧散させるための魔道具。その効果を、ペンダントが根こそぎ上書きし、周囲の魔力を強制的に集束・増幅させているのだ。
「ば、馬鹿な! 魔力集束率が、計測不能だと!?」
「杖が……! 杖の制御が効かない!」
刺客たちが狼狽の声を上げる。
彼らが持つ、魔力を霧散させるための杖が、ペンダントが無理やり集めた膨大な魔力に耐えきれず、悲鳴のような甲高い共振音を立て始めた。
ピシッ、と。
リーダー格の男が持つ杖に、亀裂が走る。
「まずい、オーバーロードする! 全員、退避……!」
だが、その命令は、遅すぎた。
――ドッゴォォォン!!
リーダーの杖を皮切りに、他の九本の杖も、連鎖するようにして次々と爆発四散した。
凄まじい爆風と衝撃波が、岩場全体を揺るがす。
魔力を霧散させるフィールドが、完全に破壊された。
空気中に、再び魔力が満ちていくのを感じる。
俺のスキルが、再び使える……!
だが、俺はそれどころではなかった。
目の前の光景に、完全に心を奪われていた。
「……はぁ……っ!」
ルナは、ペンダントの力を解放した代償か、苦しそうに肩で息をしている。
だが、その体からは、まるで女神のように、神々しいほどの蒼い魔力が立ち上っていた。
彼女は、その膨大な魔力を、無意識に、しかし的確に、一つの形へと収束させていく。
「……ユウキを、傷つける奴は……許さない……!」
彼女が、か細い腕を前方に突き出す。
その掌の先に、凝縮された魔力が、眩い光の槍となって形成されていく。
それは、俺が作るような地味なスキルではない。
純粋な破壊の力。
勇者たちが使うような、王道で、絶対的な「魔法」。
「……嘘だろ」
俺は、愕然とした。
彼女は、ただの魔力タンクではなかった。
アルテミス家の血は、ただの「鍵」などではなかった。
彼女自身が、とんでもない潜在能力を秘めた、一個の「力」だったのだ。
だが、その力は、今の彼女の体にはあまりに大きすぎた。
光の槍が放たれる直前、ルナの体から、ふっと力が抜けた。
立ち上っていた蒼い魔力が霧散し、彼女の小さな体は、糸が切れた人形のように、ゆっくりと俺の方へと倒れ込んでくる。
「――ルナ!」
俺は、最後の力を振り絞り、彼女の体を抱きとめた。
腕の中に収まった彼女は、深く、深く消耗し、意識を失っていた。だが、その寝顔は、どこか満足げに見えた。
俺は、意識のないパートナーを抱きしめながら、ただ、呆然としていた。
彼女が、自分を守るために、命を懸けたという事実に。
そして、俺がまだ知らない、彼女の持つ、その計り知れないほどの力の大きさに。
俺たちの関係は、また一つ、大きな転換点を迎えようとしていた。




