第94話:スキル封じの刺客
古代遺跡『ネル・ヴァーナ』を後にしてから、数日が過ぎた。
俺たちは、『月影』の一族が待つタルガの隠れ家へと、帰路を急いでいた。
旅は、行きと同じく過酷だったが、俺たちの心は不思議と軽かった。ルナがその胸に抱く、白銀の角笛『アンチ・ロンギヌス』。その存在が、確かな希望となって俺たちの足取りを支えていた。
「あの文献に、本当に『■■の祭壇』のことが記されていればいいんだけど……」
リリスが、期待と不安が入り混じった声で呟く。
「ああ。それさえ分かれば、俺のスキルで解読できる。そうすれば、俺たちはついに、王子たちの喉元に刃を突きつけることができる」
俺の言葉に、ルナも力強く頷いた。
反撃の時は、近い。その確信が、俺たち三人を強く結びつけていた。
その、油断があったのかもしれない。
魔族領の荒野を抜け、タルガの街まであと半日という、開けた岩場に差し掛かった時だった。
「……ん?」
不意に、空気が重くなった。
瘴気とは違う、もっと人工的で、不快な圧迫感。俺の『魔力傍受』が、周囲の魔力の流れが、まるで霧の中に溶けていくかのように、急激に希薄になっていくのを捉えた。
「ユウキ、どうしたの?」
「ユウキさん……? 何か、嫌な感じが……」
ルナとリリスも、即座に異常を察知したようだった。
俺が「伏せろ!」と叫ぶより早く、周囲の岩陰から、複数の人影が音もなく姿を現した。
その数、十名。
全員が、顔を仮面で隠した黒装束。その手には、剣や槍ではなく、奇妙な形状の杖のような魔道具が握られている。
『影の猟犬』か。だが、これまで対峙したボルグやレオン、そしてゼノンのような、個としての強者のオーラはない。彼らは、まるで一つの機械の部品のように、無機質で、統率の取れた動きで、俺たちを完全に包囲していた。
「……アイカの差し金か」
俺は、舌打ちしながら短剣を抜いた。こいつらは、ゼノンのような指揮官タイプではない。アイカが、俺のスキルを分析し、それを無力化するためだけに編成した、特殊部隊。
案の定、部隊のリーダーらしき男が、一歩前に出た。そして、手に持った杖を、天に突き上げる。
それに呼応するように、他の九人も、一斉に杖を地面に突き立てた。
瞬間。
杖に埋め込まれた魔石が、不気味な低い共振音を立てて輝き始める。そして、俺たちの周囲一帯の空間が、ぐにゃりと歪んだ。
空気中に満ちていたはずの魔力が、まるで掃除機に吸い込まれるかのように、急速に霧散していく。
「なっ……!?」
リリスが、驚愕の声を上げた。
「魔力が……! 術が、組めない……!」
彼女は、得意の幻術を発動させようとするが、その手元で術式が形になる前に、光の粒子となって消えてしまう。
俺も、最悪の事態を確信し、【無名のスキルメーカー】を起動しようとした。
(「概念:空間」と「概念:破壊」を……!)
だが、スキルが発動しない。
いつもなら脳内に浮かび上がるはずの、組み合わせのリストが表示されない。
> **【警告:周囲の魔力濃度が著しく低下。スキル生成に必要な魔素が不足しています】**
> **【警告:概念の構築に失敗しました】**
「……スキルが、使えない……だと?」
俺は、愕然とした。
魔力を霧散させ、スキルそのものの発動を阻害する。
これこそが、アイカが導き出した、俺の地味チートに対する、完璧な回答。
俺の最大の武器が、完全に封じられた瞬間だった。
「――攻撃を開始する」
リーダー格の男が、感情のない声で命令を下す。
黒装束の部隊は、一斉に杖から刃を伸ばし、機械的な動きで、じりじりと俺たちににじり寄ってきた。
「くそっ!」
俺は、ルナとリリスを背後にかばい、短剣一本で立ち向かう。
だが、スキルによる身体強化も、状況を打開する奇策も、もう使えない。
あるのは、ただの、ステータスが一般兵以下の、俺自身の力だけ。
多勢に無勢。
すぐに、俺の体は無数の傷で覆われていった。
リリスも、短剣を抜いて応戦しようとするが、元々戦闘を得意としない彼女では、気休めにしかならない。
「ぐっ……!」
肩を、深く斬られた。激痛が走り、膝が折れる。
とどめを刺そうと、黒装束の一人が、無慈悲に刃を振り下ろしてきた。
(……ここまで、か)
スキルを封じられた俺は、あまりにも無力だった。
俺が死ねば、ルナも、リリスも……。
絶望が、俺の心を黒く塗りつぶそうとした、その時。
「――させない!」
俺の前に、小さな影が立ちはだかった。
ルナだった。
彼女は、震えながらも、両腕を広げ、俺を庇うようにして、敵の前に立っていた。
「ユウキは……私が、守る!」
それは、彼女の魂からの叫びだった。
その叫びに呼応するかのように。
彼女の胸元で、ペンダント『アストライアー』が、これまでとは比較にならないほどの、太陽のような眩い光を、放ち始めた。




