第93話:『アンチ・ロンギヌス』の謎
古代遺跡の広間に、静寂が戻っていた。
伝説の守護者だったものは、今やただの瓦礫の山と化している。その中央で、俺たちは、ついに手に入れた希望の「鍵」――『アンチ・ロンギヌス』を囲むようにして、荒い息を整えていた。
「ルナ。俺たちは、ついに手に入れたぞ。この不条理な世界に、反撃するための、最強の武器をな」
俺の言葉に、ルナは白銀の角笛を胸に抱きしめ、力強く頷いた。その瞳には、疲労の色と共に、これまでにないほどの強い光が宿っている。
リリスもまた、信じられないものを見るように、角笛とゴーレムの残骸を交互に見つめていた。伝説が目の前で覆され、そして新たな伝説が生まれようとしている。その歴史の転換点に立ち会っているのだ。
だが、高揚しているだけでは、何も始まらない。
この『アンチ・ロンギヌス』は、あくまで「武器」だ。その使い方を、性能を、そしてリスクを、正確に把握しなければ意味がない。
「……もう少し、詳しく調べてみる」
俺は、ルナの肩を借りて立ち上がると、彼女が持つ角笛に、再び意識を集中させた。
残された魔力は、もうほとんどない。だが、やるしかなかった。
俺は、最後の気力を振り絞り、【概念の翻訳者】を最大深度で発動させる。
> **【再解析中…対象:始祖の鍵『アンチ・ロンギヌス』】**
> **【深層概念の解読を開始…】**
脳が、直接握りつぶされるような激しい負荷。視界が白く明滅する。
だが、俺は歯を食いしばって耐え、その奥にある情報を引きずり出した。
> **【使用条件①:術者の膨大な魔力、あるいはそれに準ずる外部からの魔力供給】**
> 注:必要魔力量は、対象『ロンギヌス』の出力に比例して増大する。
>
> **【使用条件②:『天を穿つもの』の起動シーケンスに同期した、特定の場所における詠唱】**
> 注:起動の瞬間に発生する特殊な魔力波をトリガーとし、カウンター音波を発動させる。
>
> **【詠唱場所:座標不明。古代言語による地名の断片のみ検出。『■■の祭壇』】**
「……ぐっ……!」
俺は、スキルを解除すると同時に、その場に膝をついた。魔力の枯渇による、強烈な虚脱感が全身を襲う。
「ユウキ! 大丈夫!?」
「ユウキさん!」
ルナとリリスが、慌てて俺の体を支える。
「……ああ、問題ない。それより、分かったぞ。こいつの使い方が」
俺は、荒い息のまま、解析した内容を二人に伝えた。
「まず、こいつを使うには、とんでもない量の魔力が必要だ。おそらく、俺一人では到底足りない。だが……」
俺は、ルナの胸元で静かな輝きを放つペンダント『アストライアー』に目をやった。
「……ルナと、このペンダントの力があれば、あるいは……」
ルナは、自分のペンダントをぎゅっと握りしめた。彼女も、自分の役割を理解したのだろう。
「だが、問題はもう一つある」
俺は、苦々しい顔で続けた。
「こいつは、『天を穿つもの』が起動する、その瞬間に、特定の場所で使わなければ意味がないらしい」
「特定の、場所……?」
リリスが、訝しげに問い返す。
「ああ。スキルでも、その場所までは特定できなかった。ただ、『■■の祭壇』とだけ……。古代の言葉で、一部が欠損していて読めない」
『天を穿つもの』が、いつ、どこで起動されるのか。
そして、この『アンチ・ロンギヌス』を使うべき『■■の祭壇』とは、どこにあるのか。
二つの「場所」が分からなければ、この最強の武器も、ただの美しい角笛でしかない。
「どうしよう……。せっかく、手に入れたのに……」
ルナの顔に、再び不安の影が差す。
俺たちが手詰まりの空気に包まれた、その時だった。
「……待って」
リリスが、何かを思い出したように、はっと顔を上げた。
「『■■の祭壇』……。もしかしたら、だけど……」
彼女は、真剣な眼差しで俺たちを見た。
「私たち『月影』の一族には、始祖の時代から受け継がれてきた、古い文献がいくつか残ってるの。そのほとんどは、もう誰も読めない古代の言葉で書かれてるけど……。もしかしたら、そこに、何か手がかりが記されているかもしれない」
その言葉は、暗闇の中に差し込んだ、一筋の光明だった。
そうだ。この遺跡も、祭壇も、元は魔族の始祖が作ったもの。ならば、その答えが彼らの伝承の中に残っていても、不思議ではない。
「……決まりだな」
俺は、ふらつく体に鞭を打ち、立ち上がった。
「一度、あんたたちの隠れ家に戻るぞ。その文献とやらを、俺のスキルで解読する」
新たな目的が、定まった。
俺たちは、この古代遺跡を後にし、再びタルガの街へと続く、長い帰路につくことを決意した。
『アンチ・ロンギヌス』の謎を解き明かす、その希望を胸に。




