第8話:ギルド登録と偽の身分
ザラームでの最初の夜は、安宿の一室で迎えた。ルナを部屋に残し、「ここを動くな」とだけ命じて、俺は一人で街に出る。目的は一つ、この街で生きるための基盤を作ることだ。
向かった先は、冒険者ギルド。ザラームで最も多くの情報と仕事が集まる場所。そして、裏社会への入り口にもなっているという。
ギルドの建物は、街の中でも一際大きく、そして騒々しかった。巨大な木製の扉を開けると、酒と汗の匂いが混じった熱気が顔を叩く。屈強な戦士たちが酒を酌み交わし、軽装の斥候たちが依頼書を吟味している。誰もが、一筋縄ではいかない空気をまとっていた。
俺はそんな喧騒を意に介さず、まっすぐに受付カウンターへ向かう。カウンターの向こうでは、猫の耳を生やした獣人の女性が、退屈そうに爪を磨いていた。
「登録をしたい」
俺が声をかけると、彼女はちらりとこちらを一瞥し、面倒くさそうに口を開いた。
「はいはい、新規登録ね。身分を証明できるものは? 保証人はいる?」
矢継ぎ早に飛んでくる質問。もちろん、どちらも俺にはない。俺が黙っていると、受付嬢は呆れたようにため息をついた。
「どっちも無しか。なら登録は無理。ザラームは自由都市だけど、誰でも彼でも受け入れるほどお人好しじゃないのよ。出直しておいで」
形式通りの、冷たい対応。だが、その言葉と同時に、俺のスキルが発動していた。
> **【概念:受付嬢の本音:面倒な流れ者は不要】**
> **【概念:要求:保証人か、それ相応の『誠意(金)』】**
> **【概念:裏口:『情報屋のグレイ』を通せば登録可能】**
やはり、か。
この街のルールは単純明快だ。表のルールと、裏のルールがある。そして、そのどちらも動かすのは金と力。
俺は受付嬢の言葉の裏にある「データ」を冷静に分析する。正規のルートは、今の俺には閉ざされている。ならば、裏口を探すまでだ。
「……なるほど。では、その『情報屋のグレイ』とやらに会うにはどうすれば?」
俺が、翻訳されたばかりの単語を口にすると、受付嬢は驚いたように目を見開いた。今まで退屈そうにしていた猫耳が、ピクリと立つ。
「……あんた、何者? なんでグレイの名前を……」
彼女の警戒心が、肌で感じられるほど高まった。
> **【概念:受付嬢の動揺:内部情報が漏洩した可能性への疑念】**
> **【概念:要求:情報の出所と目的の開示】**
俺は動じずに、あらかじめ用意しておいた答えを口にする。
「あんたの言葉の裏を読んだだけだ。俺は、この街で静かに生きたいだけの流れ者だ。そのためには、偽の身分と、日銭を稼ぐ仕事が必要になる。その情報屋は、それを解決できるんだろう?」
俺の言葉に、受付嬢はしばらく訝しげな視線を向けていたが、やがて諦めたように肩をすくめた。
「……面白いスキルを持ってるじゃない。まあいいわ。グレイに会いたいなら、ギルドの裏手にある酒場『黒猫の尻尾』に行きな。カウンターで『乾いた喉に、苦いエールを』って言えば、話くらいは聞いてくれるはずよ」
ただし、と彼女は付け加える。
「あいつは金に汚いし、厄介な仕事しか回さない。あんたみたいな新人が関わって、どうなっても知らないからね」
忠告の形をとった、突き放すような言葉。だが、俺にとってはそれで十分だった。
「礼を言う」
俺は短くそう告げると、受付に背を向けた。
情報屋グレイ。偽の身分。
ザラームでの生活の、最初の糸口が見えた。俺は冷たい満足感を胸に、薄暗い路地裏にあるという酒場へと向かった。




