第7話:自由都市ザラーム
王城を脱してから、二週間が過ぎた頃だった。
延々と続いていた森が不意に途切れ、視界が大きく開けた。地平線の彼方に、巨大な壁が見える。あれが、俺たちの目的地、自由都市ザラームだ。
「……着いたか」
思わず、安堵のため息が漏れた。隣を歩くルナも、足を止めてその光景をじっと見つめている。相変わらず、その瞳に感情は読み取れない。
ザラームに近づくにつれて、街道を行き交う人々の数が増えていく。屈強な獣人の傭兵、荷馬車を引くドワーフの商人、ローブを目深にかぶったエルフの旅人。アークライト王国では見ることのなかった、多種多様な種族が当たり前のようにすれ違っていく。
やがてたどり着いた城門は、想像以上に高く、分厚かった。城壁の上では、鋭い目つきをした衛兵たちが、絶えず周囲を警戒している。門を通過する人々も、一人ひとり厳しくチェックされていた。
「身分証を見せろ」
俺たちの番が来ると、鎧を着込んだ衛兵が、無愛想に手を突き出してきた。まずい、と思ったが、俺は動じずに答える。
「旅の者だ。身分証は持っていない。入市税は払う」
衛兵は、俺の汚れた旅装と、その後ろに立つさらにみすぼらしいルナの姿を値踏みするように一瞥した。
> **【概念:衛兵からの侮蔑と無関心】**
> **【概念:金さえ払えば問題なしという判断】**
【概念の翻訳者】が、衛兵の思考を読み取る。やはり、この街は金が全てらしい。俺が銀貨を数枚手渡すと、衛兵は面倒くさそうに顎をしゃくった。
「行け」
重い城門をくぐり抜けた先には、別世界が広がっていた。
石畳の大通りには人が溢れ、活気に満ちている。香辛料の匂い、焼きたてのパンの香り、そして遠くから聞こえる鍛冶の音。様々な言語が混じり合い、一つの巨大な喧騒となって俺たちを包み込んだ。
王都の、あの息が詰まるような整然とした雰囲気とは全く違う。剥き出しの生命力と欲望が、街の隅々から立ち上っているようだった。
ふと、隣のルナに目をやると、彼女がわずかに顔を上げ、キョロキョロと周囲を見回していることに気づいた。その虚ろだった瞳に、ほんの僅かだが、街の光が映り込んでいるように見える。王国の息苦しさから解放された、無意識の反応なのだろうか。
――だが、そんなことはどうでもいい。
道具が周囲の環境に興味を示した。ただ、それだけのことだ。
俺はすぐに視線を外し、改めて街を観察する。
一見、自由で活気があるように見えるが、その実態は違う。路地裏に目を向ければ、弱者が強者に搾取される光景がいくらでも転がっている。衛兵の厳しい視線と高い城壁は、この「自由」が、圧倒的な力と金によって維持されているだけの、脆いものであることを示していた。
結局、どこへ行っても同じだ。
腐敗した貴族に支配されるか、剥き出しの欲望に支配されるか。その違いでしかない。
俺は警戒心を解くことなく、むしろ一層強く引き締めた。
この街で生き抜くには、力と金が必要だ。まずは、安全な寝床と、当面の活動資金。そして、追手から完全に逃れるための、偽の身分。
やるべきことは多い。俺は人混みをかき分けるように、街の奥へと足を踏み入れた。




