第78話:共同戦線
魔族の隠れ家の一室。古びた木のテーブルを、俺とルナ、そしてオルデンとリリス、さらに『月影』の一族の屈強な戦士たちが囲んでいた。空気は重く、緊張に満ちている。
「……それで、若者よ。我らに協力できることとは、一体何だ?」
オルデンが、探るような目で俺に問いかけた。
俺は、懐から一枚の羊皮紙を取り出し、テーブルの上に広げた。それは、タルガ周辺の簡易的な地図だ。
「あんたたちの力を借りる前に、まず俺が掴んだ情報を共有する」
俺は、アイカから傍受した通信パターンを解析した結果を、冷静に語り始めた。
「数日後、王子派閥は『魔石』をこの街、タルガを経由させて王都へ輸送する計画だ。輸送部隊の規模は不明だが、警備には『影の猟犬』がつく可能性が高い」
その言葉に、魔族たちの間に緊張が走る。『影の猟犬』の名は、彼らにとっても悪夢の象徴なのだろう。
「魔石……! やはり、奴らはこの街にも……」
オルデンが、悔しそうに歯噛みする。
「ああ。そして、俺は、この輸送を阻止したい」
俺は、地図上の一点を指でなぞりながら、続けた。
「目的は、『魔石』の奪取、あるいは破壊だ。あんたたちの目的は、王子とアイカへの復讐。利害は一致するはずだ」
大胆すぎる俺の提案に、魔族の戦士の一人が「無謀だ!」と声を上げた。
「相手は『影の猟犬』だぞ! 我らだけでは、返り討ちに遭うのが関の山だ!」
その意見はもっともだった。
だが、俺は静かに首を振る。
「あんたたちだけじゃない。俺たちもだ」
俺は、オルデンに向き直った。
「あんたたちの一族が得意とするのは、幻術だったな。それと、身体能力も人間より遥かに高い。その力を、俺のスキルと組み合わせる」
俺は、頭の中に描いた作戦を、一つずつ、冷静に説明し始めた。
「まず、輸送ルート。奴らが通る可能性が高いのは、この渓谷だ。一本道で見通しが悪く、奇襲には最適の場所だ」
俺は、地図上の渓谷地帯を指し示す。
「第一段階として、リリスたち幻術の使い手には、渓谷の入り口で大規模な幻を見せてもらう。崖崩れでも、森の火事でもいい。輸送部隊の足を止め、混乱させることが目的だ」
「幻術で、足止めを……」
リリスが、真剣な眼差しで頷く。
「ああ。奴らが混乱し、陣形が乱れた瞬間が、俺の出番だ」
俺は、自分の胸を指した。
「俺のスキルで、奴らの足元を『崩す』。重装甲の兵士がいれば、そいつは身動きが取れなくなるだろう。さらに、指揮官や動きの速い奴には、平衡感覚を狂わせるスキルを叩き込む。これで、奴らの自慢の戦力は、一時的に無力化できる」
俺のスキルの説明に、魔族たちは半信半疑といった顔で顔を見合わせている。無理もない。彼らにとって、俺のスキルはあまりに地味で、理解しがたいものだろう。
「そして、最後だ」
俺は、屈強な魔族の戦士たちを見回した。
「奴らの動きが完全に止まった瞬間、あんたたちが奇襲をかける。あんたたちの身体能力なら、混乱した王国兵など赤子の手をひねるようなものだろう。目的は、あくまで魔石の確保。敵の殲滅じゃない。魔石を奪ったら、すぐに撤退する」
幻術による陽動と混乱。
俺のスキルによる敵の無力化。
そして、魔族の身体能力を活かした電撃的な奇襲。
それは、それぞれの長所を最大限に活かし、弱点を補い合う、緻密な連携作戦だった。
俺の説明が終わると、部屋はしばらく沈黙に包まれた。
魔族たちは、目の前の人間の若者が、こともなげに語った作戦の全容を、頭の中で反芻しているようだった。
やがて、長のオルデンが、重々しく口を開いた。
「……若者よ。お主、何者だ? その知略、ただの傭兵や冒険者のそれではないぞ」
「ただの、出来損ないの勇者だ」
俺は、自嘲気味に答えた。
オルデンは、俺の目をじっと見つめ、そして、初めてその口元に笑みを浮かべた。
「……面白い。気に入った。その作戦、乗ろう」
長のその一言で、場の空気は一変した。
懐疑的だった戦士たちの目にも、闘志と、そして俺に対する新たな信頼の光が宿り始めていた。
これが、俺が初めて率いる「チーム」。
これが、俺が初めて立案し、指揮する「作戦」。
人間不信の俺が、他種族と手を組み、共通の敵に立ち向かう。
皮肉なものだと思いながらも、俺の心の中では、これまで感じたことのない種類の熱い何かが、確かに燃え上がっていた。
反撃の狼煙は、もうすぐそこに上がろうとしていた。




