第73話:国境の街タルガ
王都を脱出し、俺たちは休む間もなく西へと向かった。
ペンダント『アストライアー』が示す次なる目的地は、アークライト王国と魔族領の境界に位置する、国境の街「タルガ」。
道中、俺は一つの作業に没頭していた。
アイカとの戦闘の際、『【無名:魔力傍受】』で記録した、王家専用の通信魔道具の起動パターン。その複雑な魔力の波形を、俺は【概念の翻訳者】で必死に解析しようと試みていた。
「……ユウキ、無理しないで」
俺が眉間に皺を寄せ、うんうん唸っていると、隣を歩くルナが心配そうに声をかけてくる。
「ああ、分かってる。だが、これができれば、奴らの動きを先読みできるかもしれん」
数日後、ついに解析は成功した。
まだ完全ではないが、奴らの通信の一部を、ノイズ混じりの音声として傍受できるようになったのだ。
『―――……ザザッ……例の『石』の輸送ルートだが……ザザ……タルガを経由させろ……』
『……警備は……『猟犬』を……』
断片的な情報。だが、俺にはそれで十分だった。
「魔石」の輸送。そして、経由地は「タルガ」。
どうやら、俺たちの目的地と、奴らの計画が、奇妙な形で交差しようとしているらしい。
「面白くなってきたじゃないか」
俺は、不敵な笑みを浮かべた。
ただ記憶を再生しに行くだけの旅が、思わぬ形で、敵の計画に干渉するチャンスへと変わったのだ。
数週間の旅の末、俺たちはついにタルガの街が見える場所までたどり着いた。
そこは、これまでのどの街とも違う、異様な空気を放っていた。
巨大な城壁が、まるで世界を二つに分断するかのようにそびえ立ち、その向こうには、黒々とした不気味な山々――魔族領が広がっている。
街の入り口には、これまでで最も厳重な検問が敷かれていた。王国兵たちが、行き交う人々の顔を一人ひとり、血眼になって調べている。王都での騒ぎの後、俺たちの手配書が、この国境の最前線にまで回ってきているのだろう。
「……どうするの、ユウキ」
ルナが、不安そうに俺を見上げる。
「心配するな。こういう時のためのスキルだ」
俺は、『【無名:ミスディレクション】』を、俺とルナの二人に、これまでで最も強く発動させた。
俺たちの姿が、物理的に変わるわけではない。だが、周囲の人間の認識の中では、俺たちは「何の変哲もない、ただの旅の商人」として映るはずだ。
俺たちは、堂々と検問の列に並んだ。
衛兵の一人が、俺たちの顔をじろりと見る。その手には、俺とルナの特徴が記された手配書が握られていた。
心臓が、ドクン、と大きく跳ねる。
だが、衛兵は、俺たちの顔と手配書を数秒間見比べた後、興味を失ったように「行け」と顎をしゃくっただけだった。
スキルは、完璧に機能していた。
検問を抜け、タルガの街へと足を踏み入れる。
そこは、混沌という言葉がぴったりの場所だった。
王国側の人間だけでなく、頭に角を生やした魔族、屈強な獣人、肌の色の違う様々な種族が、当たり前のように肩をぶつけ合いながら歩いている。活気と、危険な匂いが、ごちゃ混ぜになって渦巻いていた。
「すごい……」
ルナが、珍しく感嘆の声を漏らす。
「ああ。だが、こういう街は、裏も深い。気を抜くなよ」
俺たちは、まず情報収集のために、街で最も大きな酒場へと向かった。
王子派閥が計画しているという「魔石」の輸送。
その詳細を、この混沌の街で、掴み取ってやる。
俺たちの反撃は、もう始まっている。
俺は、新たな戦いの舞台となる国境の街で、静かに闘志を燃やしていた。




