第64話:聖騎士の葛藤
グレイからの連絡を待つ日々が続いた。
ただ待っているだけでは、思考がまた闇に引きずられかねない。俺は、次なる布石を打つために、再び王都の雑踏の中へと身を投じた。
目的は、聖騎士マサルとの再接触。
前回は偶然だったが、今回は違う。俺が、意図的に彼を揺さぶりに行く。
マサルは、そのお人好しな性格から、非番の日にはよく下町の巡回や、孤児院への慰問を行っている。グレイから仕入れたその情報を元に、俺は彼の行動パターンを予測し、市場へ向かう道筋で待ち伏せた。
「――おっと、すまない」
角を曲がったところで、俺はわざとマサルに軽く肩をぶつけた。
「いや、こちらこそすまない。考え事をしていた」
マサルは、俺の顔を見て、どこか見覚えがあるというように首を傾げたが、俺が『【無名:ミスディレクション】』で姿を変えているため、確信には至らないようだった。
「……聖騎士様も、大変ですな。こんな物騒な世の中では、考え事も増えるでしょう」
俺は、一介の市民を装い、世間話のように切り出した。
「物騒……? 何かあったのか?」
マサルの正義感の強い瞳が、まっすぐに俺を見る。
「いえ、大したことじゃありません。ただ、最近、貴族様たちの黒い噂をよく耳にするもので。特に、王子様の周りでは、あまり良くない話も……」
俺がそう言うと、マサルの表情が、案の定険しくなった。
「馬鹿なことを言うな! 王子殿下は、誰よりもこの国の未来を考えておられる、素晴らしい方だ! 根も葉もない噂を信じるべきではない!」
強い否定。だが、その声には、前回会った時のような絶対的な確信が、わずかに揺らいでいるように聞こえた。
俺は、彼の思考を読み取るために、【概念の翻訳者】を発動させる。
> **【概念:対象マサルの思考】**
> **【概念:王子への忠誠心と、民の間に流れる不穏な噂への疑念の衝突】**
> **【概念:聖騎士としての正義感に基づく、事実確認の必要性の認識】**
> **【概念:友人ユウキの失踪と、現在の王国の体制への無意識下の疑問】**
……揺れている。
こいつは、盲目的な信者じゃない。自分の信じる正義と、目の前の現実との間で、確かに葛藤している。
俺は、さらに揺さぶりをかける。
「そうですよね。俺みたいな平民には分からないことです。ですが、王立魔道具研究所で、夜な夜な変な実験が行われている、なんて話も聞きます。これも、ただの噂なんでしょうかね」
「研究所の……実験?」
マサルは、明らかに動揺していた。その単語に、何か思い当たる節でもあるのか。
「ええ。なんでも、古代の危険な魔道具を復活させようとしているとか……。まあ、俺たちには関係のない、雲の上の話ですが」
俺は、わざと無関心を装って、その場を去ろうとした。
「おっと、引き留めてすみません。では、これで」
「待ってくれ!」
マサルが、俺の腕を掴んだ。その手には、力がこもっている。
「その話……もう少し、詳しく聞かせてもらえないか。もし、それが真実なら、俺は聖騎士として、見過ごすわけにはいかない……!」
その瞳には、王子への忠誠と、己の正義感との間で引き裂かれそうになっている、苦悩の色が浮かんでいた。
俺は、彼の思考をもう一度読み取る。
> **【概念:強い葛藤。真実を確かめたいという欲求の高まり】**
> **【概念:王子を信じたい気持ちと、不正を許せない正義感のせめぎ合い】**
これで十分だ。
俺は、彼の中に、疑念という名の種を植え付けることに成功した。
「さあ、ただの噂話ですよ。聖騎士様を煩わせるようなことじゃありません」
俺は、そう言ってマサルの手を振りほどくと、今度こそ雑踏の中へと紛れ込んだ。
隠れ家に戻ると、ルナが心配そうな顔で俺を迎えてくれた。
俺は、彼女にだけは正直に、マサルとの接触について話した。
「……彼は、まだ敵だ。だが、使い方次第では、俺たちの強力な『カード』になるかもしれない」
俺は、窓の外に見える王城を睨みつけながら、冷徹に呟いた。
聖騎士マサル。
正義感が強く、お人好し。だからこそ、利用価値がある。
俺は、かつての仲間さえも駒として使う、次なる一手について、静かに思考を巡らせ始めていた。
反撃のための、布石は着実に打たれつつあった。




