第58話:王都への道
砦での戦いと、そこで得た衝撃の真実。
俺たちは、心身ともに疲弊しきった状態で、再び隠れ里エルムへと帰還した。
長老に事の顛末を報告すると、彼は「やはり、そうでしたか……」と、悲痛な面持ちで天を仰いだ。ルナが禁忌の魔道具の「鍵」であるという事実は、里の者たちにとっても、受け入れがたい重荷であるに違いなかった。
数日後。
俺たちは、長老の家で、今後の計画を練っていた。
テーブルの上には、辺境伯の日記と、古びた王国の地図が広げられている。
「砦で再生された記憶……王子が『魔石』を手に入れた書斎。あれは、王城の一室だ。だが、今の俺たちでは潜入は不可能だ」
俺がそう言うと、ルナは首にかけたペンダント『アストライアー』にそっと触れた。
「ペンダントは……今度は、どこを指しているの?」
彼女がペンダントに意識を集中させると、その脳裏に、ぼんやりとした次の目的地のイメージが浮かび上がる。
「……大きくて、白い建物……。たくさんの魔道具が、ある……。場所は……王都」
王都。そして、白い建物と魔道具。
そのキーワードから、俺は日記のある記述を思い出した。
『王子派閥は、不正に蓄財した資金を、王立魔道具研究所の研究費として横流ししている。表向きは国民の生活を豊かにするための研究だが、その実態は、禁忌の魔道具を解析し、復活させるための拠点となっている可能性が高い』
「……王立魔道具研究所、か」
間違いない。次の「記憶」が眠る場所は、そこだ。
王子たちの野望の心臓部。敵の本拠地の、ど真ん中。
「……無謀、すぎるか」
俺が自嘲気味に呟くと、ルナは静かに首を振った。
「ううん。行く。行かなきゃ、始まらない」
その瞳には、もう迷いはなかった。
だが、王都への潜入は、これまでの逃亡とは訳が違う。厳重な警備網、そして、俺たちの顔を知る者がいるかもしれないというリスク。俺たち二人だけでは、あまりに危険すぎる。
この計画を成功させるには、裏社会の協力が不可欠だ。
「……あいつを使うか」
俺の脳裏に、あの金に汚い情報屋の顔が浮かんだ。
俺は、長老に事情を話し、ザラームにいる情報屋グレイと連絡を取るための手段を借りた。そして、数日後。俺は再び、ザラームの酒場『黒猫の尻尾』の個室で、グレイと向かい合っていた。
「……正気か、旦那? 王都に潜入したい、だと? しかも、お尋ね者のあんたと、アルテミス家の生き残りのお姫様を連れて? 自殺しに行くようなもんだぜ」
俺の計画を聞いたグレイは、心底呆れ返ったという顔で、テーブルに足を投げ出した。
「無理だというなら、他の情報屋を当たるまでだ」
俺が席を立とうとすると、グレイは慌てて俺を制した。
「待て待て、そう急ぐなよ。無理だとは言ったが、不可能だとは言ってねえ。だが、それ相応のリスクと、そして『見返り』が必要になるって話さ」
爬虫類のような目が、値踏みするように俺を見る。
「見返り、か。いいだろう。あんたが欲しがるような、極上の情報を持ってきてやった」
俺は、懐から一枚の羊皮紙を取り出し、テーブルの上に滑らせた。それは、辺境伯の日記に記されていた、王子派閥の不正蓄財の証拠の一部を書き写したものだった。
グレイは、訝しげにその羊皮紙に目を通し――そして、その顔色を変えた。
「……おい、これは……本物か?」
「信じるかどうかは、あんた次第だ。だが、これだけでも、王国の貴族社会をひっくり返すには十分な爆弾だろう?」
「……ああ、十分すぎる。だが、こんなモンをどこで……」
俺は、グレイの言葉を遮り、最後の一撃を放った。
「それに、もう一つ。王子が復活させようとしている、『禁忌の魔道具』に関する情報もある。世界をひっくり返すほどの、な」
その言葉に、グレイは完全に沈黙した。
彼の頭の中で、巨大な天秤が、リスクとリターンを計っているのが手に取るように分かる。
やがて、彼は喉の奥でクツクツと笑い声を漏らし、そして、腹を抱えて大笑いし始めた。
「ハッ……ハハハハ! 面白い! あんた、最高に面白いぜ! 世界をひっくり返す、か! いいじゃねえか、乗ってやるよ、その喧嘩!」
金に汚い情報屋の目が、今は、途方もないビッグビジネスを前にした、一流の商人の目に変わっていた。
「王都への潜入ルート、隠れ家、そして研究所の内部情報。全て、この俺が手配してやる。ただし、成功した暁には、その『情報』の独占販売権は、俺が貰う。いいな?」
「好きにしろ」
俺は、差し出されたグレイの手を、強く握り返した。
敵の本拠地、王都への道が、今、開かれた。




