第56話:再生される記憶と、王子の野望
「どうした? 自慢の力と速さは、そんなものか?」
俺の挑発に、ボルグとレオンは怒りの形相で吠える。だが、その動きは精彩を欠いていた。
ボルグは足場の悪さに巨体を持て余し、レオンは未だに続く眩暈でまともに立つことさえできていない。
だが、奴らも『影の猟犬』。このままでは、いずれ体勢を立て直してくる。
決着をつけるなら、今しかない。
「ルナ、もう一発頼む!」
俺の叫びに、ルナが再びペンダントに魔力を注ぎ込む。流れ込んでくる力で、俺は最後のスキルを生成した。
(「概念:空気」と「概念:振動」を組み合わせる!)
> **【合成中…】**
> **【生成完了:『【無名:不協和音 Lv.1】』】**
> 説明:指定範囲内の空気を不規則に振動させ、聞く者に不快感と方向感覚の喪失を与える。
「――頭の中まで、掻き乱してやる!」
スキルを発動させると、キィィン、という耳障りな高周波が、砦の中庭全体に響き渡った。
「ぐっ……! なんだ、この音は……!」
ただでさえ平衡感覚を失っていたレオンが、頭を押さえて完全に膝をつく。ボルグも、重装甲の兜の中で、不快な音に動きを止めていた。
俺は、その隙を見逃さなかった。
レオンの懐に一気に飛び込み、その喉元に短剣を突きつける。
「終わりだ」
「……っ、クソが!」
レオンは、悔しさに顔を歪ませながらも、戦意を喪失したようにダガーを地面に落とした。
「……おい、ボルグ! 引くぞ! こいつのスキルは、俺たちと相性が悪すぎる!」
ボルグは、無言で巨大な戦斧を地面に突き立て、巨体を支えている。
やがて、レオンはボルグの肩に飛び乗ると、俺を睨みつけながら捨て台詞を吐いた。
「覚えてやがれ、出来損ない。次会う時が、てめえらの最期だ」
そう言うと、二人は驚異的な跳躍力で城壁の上へと飛び乗り、あっという間に姿を消した。
嵐が、過ぎ去った。
俺は、全身の力が抜けていくのを感じながら、その場に崩れ落ちそうになる。
「ユウキ!」
ルナが、慌てて俺の体を支えてくれた。
「……ああ、大丈夫だ。それより、行くぞ。奴らが戻ってくる前に」
俺たちは、互いの体を支え合うようにして、砦の内部へと足を踏み入れた。
長老の言っていた通り、砦の地下には、古代遺跡の一部と思われる空間が広がっていた。そして、その中央には、ひときわ大きな祭壇が鎮座している。
「……ここで、ペンダントを」
ルナが、ゴクリと唾を飲み込む。
俺たちは祭壇の前に立ち、ルナは覚悟を決めたように、胸元の『アストライアー』を両手で握りしめ、祭壇にかざした。
ペンダントが、蒼い光を放つ。
すると、周囲の空間がぐにゃりと歪み、俺たちの意識は、光の中に吸い込まれていった。
---
気づくと、俺たちは見知らぬ場所に立っていた。
豪華な調度品が並ぶ、薄暗い書斎。目の前には、まだ若々しい頃の、ルナの父親――アルテミス辺境伯の姿があった。彼は、隠し通路の奥にいる誰かと、声を潜めて話している。
『――これが、例の遺跡から発掘された『魔石』か』
辺境伯の声は、緊張に強張っていた。
隠し通路の闇の中から、聞き覚えのある、傲慢な声が響く。
『いかにも。これが、我が覇道の礎となる、『天を穿つもの』の核だ』
姿を現したのは、若き日の第一王子。
その手には、禍々しい紫黒の光を放つ、不気味な魔石が握られていた。
『だが、王子。これだけでは、ただの危険な石ころに過ぎません。これを完全に起動させるには……』
『分かっている』
王子は、辺境伯の言葉を遮った。そして、心底楽しそうに、冷酷な笑みを浮かべる。
『起動には、古の王家と契約を交わした、アルテミス家の『聖なる血』が必要だとな。……心配するな、辺境伯。いずれ、お前の血も、そして……』
王子は、まるで未来を予見するかのように、俺たちがいる方向――何もいないはずの空間に、ねっとりとした視線を向けた。
『お前の可愛い娘……ルナとか言ったか。その血も、我が覇道のために、有効に活用させてもらうことになるだろう』
その言葉を最後に、辺境伯の驚愕の表情と共に、記憶の光景は霧のように消え去った。
---
「……っ!」
現実に戻ってきた俺の隣で、ルナが息を呑み、自分の首筋を押さえていた。
彼女も、見ていたのだ。俺と同じ、絶望的な真実を。
王子は、知っていた。
最初から、アルテミス家を滅ぼし、その血を奪うつもりだったのだ。
そして、禁忌の魔道具を起動させるための、最後の「鍵」。
それは、他の誰でもない。
ルナ、本人だった。
俺たちは、戦慄した。
これは、ただの復讐劇ではない。
俺たちは、世界を滅ぼしかねない巨大な悪意の中心に、そして、その最後の引き金となる少女と共に、立たされているのだという事実に。




