第53話:最初の記憶の場所
隠れ里エルムでの数日間は、嵐の前の静けさのようだった。
俺たちは、長老の厚意で提供された家で傷を癒し、来るべき戦いに備えて体力を回復させた。里の者たちは、俺たちをアルテミス家の希望として温かく迎え入れ、食料や装備の補充を惜しみなく手伝ってくれた。
「ユウキ殿、ルナ様。準備はよろしいですかな」
出発の朝。里の入り口で、長老が静かに俺たちを見送ってくれた。
「ああ。世話になったな」
「……本当に、ありがとうございました」
俺とルナが頭を下げると、長老はゆっくりと首を振った。
「して、最初の目的地は、やはりあの砦ですかな?」
長老の言葉に、俺は頷く。
ルナの首にかけられたペンダント『アストライアー』が示した最初の「記憶」の場所。それは、かつてアルテミス家が国境警備のために管理していた、古い砦の跡地だった。
「長老、その砦について何か知っていることは?」
俺が尋ねると、長老は険しい顔で遠くを見つめた。
「あの砦は、ただの砦ではございません。遥か昔、この地に存在した古代文明の遺跡……その上に、いわば『蓋』をするようにして建てられたもの。辺境伯様は、その遺跡に眠る力を、悪しき者たちの手に渡らぬよう、監視しておられたのです」
古代遺跡の、蓋。
その言葉に、俺は辺境伯の日記の内容を思い出す。王子派閥は、禁忌の魔道具を復活させるために、古代遺跡の発掘を進めている。
「王子派閥が狙っているとすれば、砦そのものではなく、その地下に眠る遺跡、ということか」
「おそらくは。くれぐれも、お気をつけくだされ。奴らも、その場所の重要性には気づいているはず。罠が仕掛けられているやもしれませぬ」
長老の忠告を胸に、俺たちは里の者たちに見送られ、再び旅に出た。
もう、これはただの逃亡ではない。
俺たちの手で、王子たちの野望を阻止し、この腐った世界に一矢報いるための、反撃の旅だ。
砦への道中、俺たちはこれまで以上に警戒を強めた。
俺は『【無名:魔力傍受】』で常に周囲の魔力の流れを探り、ルナはペンダントの増幅効果もあって、より研ぎ澄まされた『【無名:気配察知】』で、俺の死角をカバーする。
「ユウキ。三時の方向、遠くに複数の人の気配。でも、殺気はない。ただの旅人か、商人だと思う」
「了解した。ルートは変えず、警戒だけ続けてくれ」
完璧な連携。
俺たちは、互いの言葉を疑うことなく、一つの生き物のように機能していた。
数日後、俺たちの目の前に、ついに目的の砦がその姿を現した。
小高い丘の上にそびえ立つ、巨大な石造りの建造物。壁のあちこちが崩れ、風化しているが、それでもなお、かつての威容を保っている。
だが、そこに漂うのは、ただの廃墟が持つ寂寥感だけではなかった。
「……ユウキ。何か、嫌な感じがする」
ルナが、眉をひそめて呟いた。彼女の『気配察知』が、目には見えない脅威を捉えているのだ。
「ああ。俺もだ」
俺の『魔力傍受』にも、不自然な魔力の揺らぎが感知されていた。まるで、巨大な獣が息を潜め、獲物が罠にかかるのを待っているかのような、不気味な静けさ。
待ち伏せか。上等だ。
もう、俺たちはただ狩られるだけの獲物じゃない。
「行くぞ、ルナ。ここが、俺たちの反撃の第一歩だ」
「うん!」
俺たちは、互いの背後を預け合うパートナーとして、覚悟を決めて、砦の入り口へと続く、古びた石畳の道を登り始めた。
その先に、新たな『影の猟犬』が待ち構えていることなど、知る由もなく。




