第4話:契約
「――おい、そこの壊れたのを買う」
俺が声をかけると、油で汚れた服を着た奴隷商人が、面倒くさそうに顔を上げた。俺の視線の先にある「商品」を認めると、彼はあからさまに顔をしかめる。
「ああ? あんなガラクタ、やめときなよ、旦那。喋りもしなけりゃ、ろくに働きもしねえ。買った次の日に死んでても文句は言えねえぜ」
「構わん。銀貨五枚だろう」
俺は懐から銀貨を五枚取り出し、汚れたカウンターの上に無造作に投げた。チャリン、と乾いた音が響く。商人は、俺の顔と銀貨、そしてまだ座り込んでいるルナを信じられないというように何度か見比べた。
> **【概念:奴隷商人からの困惑と侮蔑】**
> **【概念:価値のない商品が売れたことへの驚き】**
【概念の翻訳者】が、商人の内心を正確に読み取る。だが、そんなことはどうでもいい。俺はただ、早くこの取引を終わらせたかった。
「……へ、へい! 毎度あり! 確かに!」
商人は慌てて銀貨をかき集めると、ルナの腕を乱暴に掴んで立たせた。彼女はよろめきながらも、抵抗一つ見せずに立ち上がる。その細い首には、所有権を示すための錆びついた鉄の首輪が、重そうに食い込んでいた。
「さあ、行った行った! 新しいご主人様だぜ!」
背中を押され、ルナはふらつきながら俺の隣に立った。そして、虚ろな瞳をゆっくりと俺に向ける。その瞳には、やはり何の感情も浮かんでいなかった。
俺は一言も発さず、踵を返して歩き出す。ルナは、鎖を引きずるようなか細い足音を立てながら、黙って俺の後をついてきた。
街を出て、人気のない森の中まで入ったところで、俺は足を止めた。夕暮れの森は不気味なほど静かで、俺たちの他に動くものの気配はない。
俺はゆっくりと振り返り、俺から数歩離れた場所で立ち尽くすルナを見据えた。彼女はただ、俺の次の命令を待つ人形のように、静かにそこにいた。
「いいか、ルナ」
俺は、自分の声が凍るように冷たいのを自覚しながら、感情を一切交えずに告げた。これは契約だ。これから始まる、俺とこの「道具」との関係性を定義するための、絶対的なルール。
「お前は、俺の『道具』だ」
ルナの肩が、ピクリと微かに震えたように見えた。だが、気のせいかもしれない。
「飯を食い、歩き、俺の邪魔をするな。それ以外のことは何もしなくていい。お前に感情も、期待も、俺は持たない。だからお前も、俺に何も持つな。理解したか?」
憐れみも、優しさも、一切を削ぎ落とした言葉。俺は、彼女の中にわずかでも残っているかもしれない「人間」の部分を、この手で完全に殺すために言った。
ルナは答えない。
ただ、こくりと、ゆっくりと一度だけ頷いた。
その仕草は、肯定か、諦めか、あるいはただの反射的な動きか。俺には分からなかったし、知ろうとも思わなかった。
これでいい。
これで、俺はもう誰にも傷つけられることはない。
俺は再びルナに背を向け、さらに森の奥深くへと足を踏み出した。
こうして、冷たい主と、心のない道具として、俺たちの荒涼とした世界への旅が、静かに始まった。




