第48話:君のパートナーは
「ルナ!」
俺は、悪夢に囚われたまま涙を流し続ける彼女の肩を、強く掴んだ。
だが、その瞳は虚空を見つめたまま、俺の姿を映さない。彼女の意識は、完全に、あの地獄のような過去に囚われている。
スキルは、使えない。
物理的な力も、意味をなさない。
長老は言った。『パートナーを信じ、互いの心の闇を照らし合うこと』が、試練を乗り越える鍵だと。
心の闇を、照らす。
それは、言葉で言うほど簡単なことではない。
俺自身、彼女の声が聞こえなければ、今頃は絶望の闇に沈んだままだっただろう。
俺は、どうすればいい?
俺の言葉が、彼女に届くのか?
人間不信の塊だった俺の言葉に、人の心を救う力などあるのか?
弱気が、一瞬だけ心をよぎる。
だが、俺はすぐに頭を振った。
違う。俺はもう、一人じゃない。俺たちは、対等のパートナーだと誓ったはずだ。
俺が彼女に救われたように、今度は俺が、彼女を救う番だ。
俺は、震える彼女の体を、力強く抱きしめた。
自分の体温が、温もりが、少しでも彼女に伝わるように。
そして、彼女の耳元で、ありったけの想いを込めて叫んだ。
「――過去に囚われるな、ルナ!」
お前の苦しみは、俺には計り知れない。
家族を目の前で殺された絶望は、俺の経験した裏切りなど、些細なものに思えるほどだろう。
忘れろなんて、無責任なことは言わない。
「でも、前を見ろ! 今を見ろ! 俺を見ろ、ルナ!」
俺は、彼女の体を少しだけ離し、その顔を両手で包み込むようにして、無理やり俺の方を向かせた。
涙で濡れた、焦点の合わない瞳を、俺は真正面から睨みつける。
「お前の家族は、もういない! 辛い記憶も、消えることはない! だがな、今のお前の隣には、誰がいる!?」
俺の叫びが、洞窟の闇に響き渡る。
「今のお前のパートナーは、誰だ!」
その言葉が、ついに彼女の心の奥底に届いたのかもしれない。
ルナの瞳が、ピクリと、わずかに動いた。
その瞳に、俺の姿が、ぼんやりと映り始める。
「……ユウ……キ……?」
掠れた、か細い声。
だが、それは確かに、俺の名前を呼ぶ声だった。
「そうだ、俺だ! 俺がここにいる! お前はもう、一人じゃない!」
俺の言葉と、俺の温もりが、彼女を縛り付けていた悪夢の鎖を、断ち切っていく。
彼女の目の前に広がっていたはずの、燃え盛る故郷の光景が、ガラスのように砕け散っていくのが分かった。
「ユウキ……! ユウキ……!」
現実に戻ってきたルナは、子供のように、俺の胸に顔を埋めて泣きじゃくった。
俺は、そんな彼女の小さな背中を、ただ、優しく、何度もさすり続けた。
互いの存在こそが、過去を乗り越える力になる。
俺たちは、この試練を通して、そのことを痛いほどに理解した。
俺の心の闇を照らしたのはルナの声であり、彼女の心の闇を払ったのは、俺の存在だった。
やがて、ルナの嗚咽が、少しずつ穏やかになっていく。
俺たちが顔を上げ、互いの目を見つめ合った、その時だった。
洞窟の、さらに奥。
今まで、ただの闇しか見えなかった場所が、ふわりと、柔らかな光に包まれた。
そこには、一つの小さな燭台があった。
そして、その上で、まるで魂が宿っているかのように、静かに、しかし力強く燃える、一つの小さな炎。
『導きの灯火』。
それは、俺たちを祝福するかのように、温かい光で、洞窟全体を、そして俺たちの心を、優しく照らし出していた。
試練は、終わったのだ。
俺たちは、顔を見合わせ、小さく頷き合う。
そして、繋いだ手を離すことなく、共に、その希望の光へと、ゆっくりと手を伸ばした。




