第47話:闇を裂く声
もう、どうでもいい。
何もかも、終わってしまえばいい。
俺の心は、心地よい諦めと共に、底なしの闇へと沈んでいく。裏切りも、絶望も、痛みも、ここにはない。ただ、静かで、安らかな闇があるだけだ。
そうだ。俺は、一人でいるべきだったんだ。
誰かを信じようとしたのが、間違いだった。
誰かに手を差し伸べようとしたのが、間違いだった。
ルナ、お前も、俺と関わらなければ……。
思考が、完全に停止しようとした、その瞬間。
『――ユウキ!』
深い、深い闇の底で。
不意に、声が聞こえた。
幻聴か? だが、その声は、確かに、あの少女の声だった。
俺の名前を呼ぶ、か細く、しかし必死な声。
なぜだ。
なぜ今、お前の声が聞こえる。
お前も、俺が見た都合のいい幻だったはずじゃないのか。
俺を裏切り、見捨てた、他の連中と同じはずじゃ……。
『ユウキ!』
再び、声が響く。
それは、俺の心の闇を切り裂く、一筋の光のようだった。
その声が、俺の意識を、無理やり闇の底から引きずり上げる。
違う。
こいつは、違う。
こいつだけは、俺を裏切らなかった。
俺が倒れた時、そばにいてくれた。
俺のために、涙を流してくれた。
俺の背中を、守ってくれた。
――俺の、パートナーだ。
「……っ、あああああああっ!」
俺は、絶叫と共に、閉ざしかけていた意識をこじ開けた。
そうだ、これは罠だ! 洞窟が見せる、ただの幻だ!
こんなものに、呑まれてたまるか!
俺は、頭の中に響き渡る過去の亡霊たちの声を振り払うように、無理やり【概念の翻訳者】を発動させた。
> **【概念:高密度な精神干渉系魔力】**
> **【概念:対象のトラウマを刺激し、負の記憶を増幅・再現】**
> **【概念:術者の不在。洞窟そのものが持つ、古代の魔法】**
やはり、幻覚魔法の一種か。
原因が分かれば、対策は立てられる。俺は、最後の気力を振り絞り、【無名のスキルメーカー】を起動した。
この精神攻撃から、俺の心を守るためのスキルを。
(「概念:精神」と「概念:防壁」を組み合わせろ!)
> **【合成中…】**
> **【生成完了:『【無名:精神防壁 Lv.1】』】**
> 説明:術者の精神を魔力の壁で覆い、外部からの精神干渉を一定量防ぐ。
俺は、生成したスキルを即座に自分自身に発動させた。
すると、頭の中に響き渡っていた裏切り者たちの声が、まるで分厚い壁に遮られたかのように、急速に遠のいていく。視界を覆っていた役員会議室の光景が、ガラスのように砕け散り、再び洞窟の冷たい闇が戻ってきた。
「……はぁっ、はぁっ……!」
俺は、荒い息を繰り返しながら、その場に膝をついた。
自分の悪夢は、振り払った。
だが、安心している暇はない。俺は、はっとして隣を見た。
そこには、俺と同じように、蹲っているルナの姿があった。
その瞳からは光が消え、焦点が合っていない。虚空を見つめ、ただ、ぽろぽろと涙を流し続けている。
彼女もまた、悪夢に囚われているのだ。
「ルナ!」
俺は、彼女の肩を掴んで揺さぶる。
だが、彼女は反応しない。その意識は、完全に、あの地獄の日に引きずり込まれている。
このままでは、彼女の精神が本当に壊れてしまう。
俺は、自分のことなど棚に上げ、焦燥感に駆られた。
「待ってろ、ルナ……! 俺が、必ず……!」
俺は、彼女に『【無名:精神防壁】』をかけようとして、それができないことに気づく。このスキルは、術者本人にしか効果がない。
ならば、どうする。
長老の言葉が、脳裏をよぎる。
『乗り越える鍵は、ただ一つ。パートナーを信じ、互いの心の闇を照らし合うこと』
心の闇を、照らす。
俺は、ルナの手を強く握りしめた。まだ、温かい。
俺は、この手を離さない。
俺は、彼女を探して、洞獄の闇の中を駆け出した。
すぐ隣にいるはずの、俺のパートナーの心を、取り戻すために。




