第44話:遺産の守り人と新たな試練
老人に導かれ、俺たちは里で最も巨大な大樹の内部へと足を踏み入れた。
中は、外から見るよりもずっと広く、壁には淡い光を放つ苔がびっしりと生え、幻想的な雰囲気を醸し出している。その中央で、俺たちを待っていたのは、里の長老と名乗る、さらに年老いた人物だった。その瞳は、長い年月を生きてきた者だけが持つ、深い叡智の色を宿していた。
「……ようこそおいでくだされた、アルテミスの姫君。そして、そのパートナー殿」
長老は、俺たちの姿を認めると、ゆっくりと、しかし深々と頭を下げた。
「我らは、この日を永きにわたり待ち続けておりました」
「あんたたちが、遺産の守り人か」
俺は、回りくどい挨拶を抜きにして、単刀直入に切り出した。
「俺たちは、ゲオルグに聞いてここへ来た。アルテミス家に伝わるという『遺産』。それを手に入れるために」
俺の無礼な物言いに、周囲の里人たちが色めき立つ。だが、長老は静かにそれを手で制した。
「いかにも。我らエルムの民は、代々アルテミス家に仕え、来るべき日のために、その『遺産』を守り続けてきた一族の末裔にございます」
長老は、静かに語り始めた。
彼らの祖先は、アルテミス家が滅ぼされたあの日、辺境伯の密命を受け、まだ赤子だった者たちを連れてこの地に逃れ、隠れ里を築いたのだという。そして、いつかアルテミス家の血を引く者が再びこの地を訪れることを信じ、その遺産を守り続けてきたのだと。
「ならば、その遺産を渡してもらおう。俺たちには、時間がない」
俺がそう言うと、長老は静かに首を横に振った。
「遺産は、アルテミス家の血を引く正統な後継者と、その者が認めたパートナーにしか継承できぬもの。そして、それには、お二人に古より伝わる『試練』を乗り越えていただく必要がございます」
「試練、だと?」
また、面倒な話になってきた。俺は、警戒心を隠さずに聞き返す。
「はい。それは、力や技を問うものではございません。お二人の『絆』の強さを問う、試練」
長老は、ゆっくりと続けた。
「この里の最深部には、『迷いの洞窟』と呼ばれる場所がございます。その洞窟の最も奥に、アルテミス家の始祖が灯したという『導きの灯火』が、今も静かに燃え続けております。その灯火を、二人で共に持ち帰ること。それこそが、お二人が遺産を継ぐに値する者であることの、唯一の証明となるのです」
迷いの洞窟。導きの灯火。
まるで、おとぎ話のような内容だ。だが、長老の目は、真剣そのものだった。
俺は、隣に立つルナを見た。
彼女は、自分の家に課せられた運命を、ゴクリと唾を飲んで受け止めようとしている。その瞳には、恐怖と、しかしそれ以上に、逃げずに立ち向かおうとする強い意志が宿っていた。
この試練を乗り越えなければ、先へは進めない。
そして、この試練の先にある「遺産」こそが、俺たちが追手に対抗するための、唯一の希望かもしれなかった。
「……分かった」
俺は、決意を固めた。
「その試練、受けよう」
俺の言葉に、ルナも力強く頷く。
「私も……やります。ユウキと、一緒なら」
その言葉を聞き、長老は満足げに、そしてどこか慈しむような目で、俺たち二人を見つめていた。
「覚悟は、決まったようでございますな。では、ご準備が整い次第、洞窟の入り口までご案内いたしましょう」
新たな試練。
それは、俺とルナの「パートナー」としての絆が、初めて本格的に試される時でもあった。
俺たちは、互いの目を見て、無言で頷き合った。




