第41話:パートナーとしての旅路
洞窟で数日を過ごし、俺の脇腹の傷はようやく動けるまでに回復した。ルナの献身的な介抱がなければ、回復はもっと遅れていただろう。あるいは、そのまま感染症か何かで死んでいたかもしれない。
「……もう大丈夫なのか?」
俺が立ち上がって体の調子を確かめていると、ルナが心配そうに尋ねてきた。
「ああ。まだ全快とは言えんが、足手まといにはならん」
俺はぶっきらぼうに答えながら、彼女の頭に一度だけ、ぽんと手を置いた。「……助かった。礼を言う」
その不器用な感謝の言葉に、ルナは驚いたように目を見開き、そして、嬉しそうにはにかんだ。
俺たちは、隠れ里「エルム」を目指して、再び旅を再開した。
だが、その旅路は、以前とは明らかに違っていた。
「ユウキ、右手の崖の上。鳥じゃない、何かの気配がする」
「……分かった。ルートを変える。少し回り道になるが、安全を優先する」
以前のように、俺が一方的に指示を出すことはなくなった。
ルナは、俺が付与した『【無名:聴覚強化】』と『【無名:気配察知】』を常に発動させ、俺の「目」と「耳」として、周囲の警戒を怠らない。そして、俺は彼女の報告に真摯に耳を傾け、その言葉を完全に信頼して行動を決める。
彼女が「危険だ」と言えば、俺は立ち止まる。
彼女が「安全だ」と言えば、俺は進む。
その連携は、まだぎこちない部分もあったが、俺たちの間には、確かに「対等のパートナー」としての信頼関係が芽生え始めていた。
その日の夜。
俺たちは、小さな岩陰で野営の準備をしていた。
ルナが手際よく火を熾し、俺は周囲に罠が仕掛けられていないかを確認する。ごく自然な役割分担。それが、今の俺たちにとっては心地よかった。
「……少し、試したいことがある」
夕食を終え、燃える焚き火を見つめながら、俺は言った。
俺は意識を集中させ、新スキル『【無名:魔力傍受(初級)】』を発動させる。自分の周囲に、見えない感知の網を広げるイメージ。
空気中に漂う、様々な魔力の流れが、ノイズ混じりの情報として頭の中に流れ込んでくる。
森の木々が発する微弱な生命の魔力。地中に流れるマナの奔流。そして、夜の闇に紛れて動く、小動物たちの気配。
その、無数のノイズの中に。
―――……ザザッ……シルヴィ……の……失敗……ザ……。
―――……まだ……近辺に……ザザ……。
―――……必ず、仕留め……。
途切れ途切れの、指向性を持った魔力の波。
それは、明らかに誰かが魔道具か何かで通信している痕跡だった。
「……いたか」
俺の口から、低い声が漏れる。
「ユウキ? 何かあったの?」
俺の険しい表情に気づいたルナが、心配そうに顔を覗き込む。
「ああ。追手だ。まだ、この近くをうろついている」
内容は、ほとんど聞き取れなかった。だが、シルヴィアという名前と、「失敗」という単語。そして、「仕留める」という明確な殺意。
それだけで、状況を把握するには十分だった。
『影の猟犬』は、まだ俺たちを諦めていない。それどころか、すぐ近くまで迫っている。
俺は、立ち上る焚き火の炎を、じっと見つめた。
以前の俺なら、この事実に絶望し、再び人間不信の闇に心を閉ざしていたかもしれない。
だが、今は違う。
俺の隣には、俺を信じ、俺の背中を守ってくれるパートナーがいる。
俺は、一人じゃない。
「ルナ。明日の朝、夜が明けたらすぐに出発する。ここも、もう安全じゃない」
俺は、決意を込めて言った。
「はい」
ルナは、俺の瞳をまっすぐに見つめ返し、力強く頷いた。
その瞳に、もう怯えの色はなかった。
俺たちは、見えない追手の影に怯えながらも、互いの存在を支えに、再び過酷な旅路へと身を投じていく。
反撃の狼煙を上げる、その時まで。




