第40話:対等の契約
数日が過ぎ、俺の傷は動けるまでに回復した。
この間、俺は新スキル『【無名:魔力傍受(初級)】』を使い、追手の通信を探り続けていたが、得られたのは断片的な情報だけだった。それでも、奴らがまだこの近辺を捜索していることは確かだった。
洞窟の中、揺らめく焚き火の炎を見つめながら、俺は思考を巡らせる。
シルヴィアとの戦い。圧倒的な実力差。そして、俺の正体を知っていたという事実。
裏切り者の影に怯えながら、あの『影の猟犬』から逃げ続け、隠れ里を目指す。それは、あまりに無謀な道のりだ。
俺は、静かに薬草を整理しているルナに視線を移した。
俺が意識を失っている間、彼女はたった一人で俺を守り、介抱し続けた。俺が教えた拙い知識だけで、食料を調達し、火を絶やさず、追手の気配を警戒し続けた。
彼女はもう、守られるだけの弱い存在ではない。
そして、俺もまた。
完璧ではなかった。一人で全てを解決できるほど、強くはなかった。
あの時、ルナがいなければ、俺は間違いなく死んでいた。
「主と相棒」。
俺が定義したその関係は、まだどこかに上下があった。俺が「主」で、彼女が「従」。俺が守る側で、彼女が守られる側。
だが、そんな一方的な関係では、この先の戦いは生き抜けない。
「ルナ」
俺が声をかけると、彼女は顔を上げ、まっすぐに俺の目を見た。その瞳には、もう以前のような怯えはない。
俺は、意を決して、向き合うように座り直した。
これは、けじめだ。過去の自分との、そして、彼女との関係に対する。
「これまでの関係は、終いだ」
ルナの瞳が、不安そうに揺れる。俺が彼女を切り捨てると思ったのかもしれない。
俺は、そんな彼女の不安を打ち消すように、言葉を続けた。
「俺は、完璧じゃない。一人で全てをこなせるほど、強くもない。あの時、お前がいなければ、俺は死んでいた」
初めて、俺は彼女の前で、自分の弱さを認めた。
それは、人間不信の俺にとって、何よりも難しい告白だった。
「お前も、ただ守られるだけの存在じゃない。お前は、自分の意志で立ち上がり、俺を救った。だから……もう、『相棒』でもない」
俺は、一呼吸置いた。
そして、新しい関係を定義するための、新しい「契約」の言葉を紡ぐ。
「これからは、互いの弱さを補い合う、『対等のパートナー』だ。俺が前を見てる時は、お前が後ろを見ろ。俺が倒れた時は、お前が俺を支えろ。逆も、また同じだ。俺は、お前の剣にも盾にもなる。お前も、俺の目となり、耳となり、時には盾となってくれ。これは、命令じゃない。俺からの、契約の申し込みだ。……受けて、くれるか?」
俺は、柄にもなく、緊張していた。
もし、断られたら?
だが、そんな心配は杞憂に終わった。
ルナの瞳から、大粒の涙が、ぽろぽろとこぼれ落ちた。
しかし、その顔は、泣きながらも、確かに笑っていた。
彼女は、何度も、何度も、力強く頷いた。
「……はいっ!」
その、今までで一番はっきりとした、喜びと決意に満ちた声を聞いて、俺の心を満たしていた最後の氷が、完全に溶けていくのを感じた。
主と道具でも、主と相棒でもない。
互いの弱さを認め、互いの背中を預け、共に戦う対等な存在。
打算も、命令も、上下関係もない。ただ、信頼だけを礎にした、本当の意味での「契約」。
俺は、涙を拭おうともせずに微笑む彼女に向かって、不器用に応えるように、ふっと口元を緩めた。
俺たちの旅は、ここからが本当の始まりだ。
俺は、隣にいる「パートナー」と共に、この過酷な世界に反撃の狼煙を上げることを、改めて強く、心に誓った。




