第39話:裏切りの影
ルナの献身的な介抱のおかげで、俺の傷は少しずつ快方に向かっていた。
まだ体を自由に動かすことはできないが、意識ははっきりとしてきている。洞窟の中、燃える焚き火の光を見つめながら、俺はシルヴィアとの戦いを何度も頭の中で反芻していた。
あの圧倒的な実力差。そして、最後に聞こえた、あの言葉。
『なぜ……“出来損ないの勇者”が、アルテミス家の小娘と……?』
その言葉が、治りかけた傷口に突き刺さる棘のように、俺の思考を苛み続けていた。
“出来損ないの勇者”。
それは、俺がこの世界に召喚され、最初に浴びせられた侮蔑の言葉。
あの謁見の間で、王子や王族、そして他の勇者たちが、俺を見下して使った呼称。
それを、なぜ『影の猟犬』の一人であるシルヴィアが知っている?
考えられる可能性は、一つしかない。
誰かが、情報を漏らしたのだ。
その結論に至った瞬間、俺の心の奥底で、一度はルナの温もりによって和らいだはずの人間不信が、再び黒い炎となって燃え上がった。
裏切り者。
また、裏切り者がいる。
この世界に来てさえ、俺は裏切りの連鎖から逃れられないのか。
疑いの対象は、明確だ。
俺を「生贄」にしようとした、腐敗した王族。
あるいは、俺を「出来損ない」と嘲笑し、自分たちの優位性に酔いしれていた、他の勇者たち。
奴らの誰かが、王子に俺の情報を売り、その結果としてシルヴィアは俺の正体を知っていた。
「……クソッ」
込み上げてくる憎悪に、思わず悪態が漏れる。
隣で薬草をすり潰していたルナが、びくりと肩を震わせ、心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
「ユウキ……? 痛むの?」
「……いや、何でもない」
俺は、彼女の純粋な心配の色を宿した瞳から、思わず目を逸らした。
こいつは、違う。
こいつだけは、信じられる。スキルが、そう示した。
だが、それ以外の人間は? やはり、信じるに値しない。
このままでは、また同じことの繰り返しだ。
受け身でいる限り、俺はまた誰かの掌の上で踊らされ、利用され、そして捨てられる。
そうなる前に、動かなければ。
情報を制する。
敵が俺の情報を握っているのなら、俺も敵の情報を手に入れるまでだ。
通信、伝令、何らかの方法で、奴らは連絡を取り合っているはずだ。それを、傍受できれば……。
俺は、まだ重い体を無理やり起こすと、意識を集中させて【無名のスキルメーカー】を起動させた。
(「概念:魔力」と「概念:傍受」を組み合わせる)
魔力の流れを、音や光のように捉えることはできないか?
この世界では、遠距離の通信に魔道具が使われていることが多い。ならば、その通信に使われる魔力の波を、拾い上げることができれば……。
> **【合成中…】**
> **【警告:対象の概念は高度な技術を要します。生成されるスキルは不完全である可能性があります】**
> **【生成完了:『【無名:魔力傍受(初級)】』】**
> 説明:自身の周囲に流れる、指向性を持った魔力の流れを微弱に感知する。
不完全でも構わない。糸口さえ掴めれば、あとはどうとでもなる。
俺は、生成したばかりのスキルを、自分自身に付与した。
すると、今まで感じたことのない、新たな感覚が俺の意識に流れ込んできた。空気中に漂う、微かな魔力の残滓。そして、その流れ。まだ曖昧で、ノイズだらけだが、確かに「何か」を捉えることができる。
「ユウキ……?」
俺が黙り込んだままなのを見て、ルナが不安そうに俺の腕にそっと触れた。
俺は、その小さな温もりに一瞬だけ意識を引き戻され、そして、再び冷たい決意の光を目に宿した。
「……ルナ。少し、耳を澄ませていてくれ。追手が近づいたら、すぐに知らせろ」
俺は、この新しい感覚に全神経を集中させる。
シルヴィア、あるいは他の『影の猟犬』が、仲間と連絡を取る際の魔力の波を捉えるために。
そして、俺を裏切った者の正体を、この手で暴き出すために。
俺の心に再燃した不信の炎は、新たなスキルと共に、反撃の牙となって研ぎ澄まされていく。
もう、ただ奪われるだけの俺ではない。




