第32話:逃亡のためのスキル
ザラームの街を夜陰に紛れて出てから、三日が過ぎた。
俺たちは、昼は森の奥深くに身を潜め、夜の闇だけを頼りに移動を続けている。追手である『影の猟犬』は、その名の通り、一度狙った獲物を決して逃さないという。いつ、どこで奴らの牙が俺たちに襲い掛かるか、予測がつかなかった。
「……これだけじゃ、足りない」
焚き火の明かりを避け、木の幹に背を預けながら、俺は呟いた。
これまで俺が頼りにしてきた『【無名:足音消失】』は、確かに有効だ。だが、それはあくまで聴覚に対する隠密スキルに過ぎない。視覚的に発見されれば、それで終わりだ。
特に、問題なのはルナだった。
彼女の美しい銀髪は、闇夜や森の緑の中では、あまりにも目立ちすぎる。フードで隠しても、ふとした瞬間に覗くその色は、追手にとって格好の的になるだろう。
「……ユウキ?」
俺の深刻な表情を読み取ったのか、ルナが不安そうに声をかけてくる。
「何でもない。……いや、問題だらけだ」
俺は正直に認めた。こいつはもう、ただの道具じゃない。俺の弱さを補う「相棒」だ。状況は正確に共有しておく必要がある。
「『影の猟犬』は、追跡のプロだ。足跡、匂い、俺たちが残すすべての痕跡を辿ってくるだろう。それに、お前のその髪の色は、致命的だ」
俺の言葉に、ルナは自分の銀髪にそっと触れ、悲しそうに瞳を伏せた。
その表情に、俺の胸がチクリと痛む。
「……だが、対策はある」
俺は、彼女を安心させるように、あるいは自分自身に言い聞かせるように言った。
「俺のスキルで、新しい『服』を作ってやる」
俺は意識を集中させ、【無名のスキルメーカー】を起動した。
まず、ルナの姿を、追手の目から眩ませるためのスキル。
(「概念:認識」と「概念:阻害」を組み合わせる)
> **【合成中…】**
> **【生成完了:『【無名:ミスディレクション Lv.1】』】**
> 説明:対象の存在感を希薄にし、他者からの注意を逸らす。髪や瞳の色といった特徴を、ありふれたものとして誤認させる効果がある。
これだ。
俺は生成したスキルを、即座にルナに付与した。彼女の体が淡い光に包まれる。
「……どうだ? 何か変わったか?」
「え……? ううん、何も」
ルナは不思議そうに自分の手を見つめている。外見が物理的に変わるわけではない。あくまで、他人の認識に干渉するスキルだ。
次に、追跡そのものを困難にさせるためのスキル。
(「概念:痕跡」と「概念:消去」を組み合わせる)
> **【合成中…】**
> **【生成完了:『【無名:痕跡抹消 Lv.1】』】**
> 説明:術者が通過した後の、足跡、匂い、魔力の残滓といった痕跡を、一定時間完全に消し去る。
これで、追跡は格段に難しくなるはずだ。
俺は、自分とルナの両方に『【無名:痕跡抹消】』のスキルを付与した。
「いいか、ルナ。今お前にかけたスキルは、お前の姿を『目立たなく』させるためのもんだ。だが、効果は完璧じゃない。常に周囲を警戒し、追手の気配を感じたら、すぐに俺に知らせろ」
「うん……わかった」
「それと、このスキルは魔力を消費する。無駄に動き回るな。俺の指示通りに動け。これは、二人で生き残るための訓練だ」
俺は、あえて厳しい口調で言った。
これは、単なる逃亡じゃない。俺とルナが、「相棒」として生き抜くための、最初の試練だ。
俺の言葉の真意を理解したのか、ルナは緊張した面持ちで、しかし力強く頷いた。
「はい」
その返事を聞き、俺は静かに立ち上がった。
新たなスキルという武器を手に、俺たちは再び闇の中へと歩き出す。
姿なき追跡者の影に怯えながらも、隣にいる「相棒」の存在が、不思議と俺の心を支えていた。




