第28話:王国の影
盗賊団のアジトから、俺たちは静かに離脱した。
偵察任務は、予期せぬ戦闘があったものの、アジトの規模や人員構成といった必要最低限の情報は得られた。ギルドへの報告には十分だろう。
だが、俺の心を満たしていたのは、任務達成の見込みではなかった。
先ほどの、ルナとの連携。
彼女の言葉を信じ、見えない敵の攻撃を弾いた、あの瞬間。背中を預けるという、今まで考えられなかった行為がもたらした、奇妙な高揚感。
俺は、自分の数歩後ろをついてくるルナの気配を、以前よりも強く意識している自分に気づく。
もう、彼女は単なる荷物持ちではない。俺の死角を補う、もう一つの感覚。俺の命を預けるに値する、唯一の存在。
――相棒。
その言葉が、すとんと胸に落ちてくる。
俺たちが森を抜け、ザラームへと続く街道に出た、その時だった。
道の先から、複数の馬蹄の音が聞こえてきた。それも、ただの荷馬車や旅人のものではない。統率の取れた、軍馬の響きだ。
「……伏せろ!」
俺は咄嗟にルナの腕を引き、街道脇の茂みの中へと身を隠した。
やがて、俺たちの目の前を、五騎の騎士たちが通り過ぎていく。
彼らが身にまとっているのは、見覚えのある、アークライト王国の紋章が刻まれた豪奢な白銀の鎧。だが、王都で見た一般兵とは明らかに違う。その装備も、馬も、そして何より、一人ひとりが放つ空気が、選び抜かれた精鋭であることを示していた。
俺の隣で、ルナが息を呑み、小さく体を震わせるのが分かった。彼女の脳裏には、家族を奪った王国の記憶が蘇っているのかもしれない。俺は、彼女を落ち着かせるように、その肩を強く、しかし静かに掴んだ。
騎士たちは、俺たちが隠れている茂みのすぐ近くで馬を止め、周囲を見回している。
「……この辺りにも、それらしき情報はなしか」
「ああ。ザラームの連中は口が堅い。金でしか動かんからな」
彼らの会話が、微かに耳に届く。
何かを探している。それは間違いない。俺は、彼らが脱走した勇者である俺を追っているのだと、直感的に身構えた。
そして、その思考を確かめるように、【概念の翻訳者】を発動させる。
視界の隅に、彼らの思考が、無機質な文字の羅列となって流れ込んできた。
> **【概念:捜索対象の発見に至らず】**
> **【概念:王子からの厳命:アルテミス家の生き残りを確保、もしくは抹殺せよ】**
> **【概念:重要参考人:銀髪の娘】**
――銀髪の娘?
――アルテミス家の、生き残り?
俺の思考が、一瞬停止した。
違う。奴らが追っているのは、俺じゃない。
俺は、自分の隣で、恐怖に耐えるように唇を固く結んでいる少女を見た。
陽の光を浴びて、きらきらと輝く、彼女の美しい銀色の髪。
そうだ。アルテミス家の特徴的な銀髪。ゲオルグがそう言っていた。
奴らは、ルナを追っているのだ。
俺は、愕然とした。
これまで、追われているのは俺だけだと思っていた。俺一人が逃げ切れば、それでいいと。
だが、本当の標的は、俺が「道具」として買った、この無力な少女だったのだ。
「銀髪の娘は見つかったか」
「いや、まだだ。だが、必ずこの近辺にいるはずだ。アルテミス家の生き残りを、これ以上野放しにはできん」
騎士たちの会話が、俺の推測が真実であることを裏付ける。
王子が、ルナの捜索を本格的に開始した。それも、王子直属の精鋭部隊を使って。
やがて、騎士たちは諦めたように馬首を返し、街道の先へと去っていった。
彼らの姿が見えなくなっても、俺はしばらく動くことができなかった。
事態は、俺が考えていたよりも、遥かに深刻だった。
これはもう、俺一人の逃亡劇ではない。
俺は、知らず知らずのうちに、この国で最も厄介な荷物を背負い込んでしまっていたのだ。
俺は、隣でまだ小さく震えているルナの肩を、もう一度強く握りしめた。
守る? この俺が、誰かを?
馬鹿げている。反吐が出る。
だが、俺の心は、もう決まっていた。
この手を、離すことはできない。
俺たちの旅は、新たな、そしてより危険な脅威に晒されながら、続いていく。




