第24話:相棒(バディ)の誕生
「……あなたが、呼んでくれる……名前、だから」
ルナから紡がれた、か細い言葉。
それは、俺が築き上げてきた人間不信の分厚い壁を、いとも簡単に貫通した。
俺は、何も言えずに立ち尽くす。
心臓が、うるさいくらいに脈打っている。思考が、ぐちゃぐちゃに掻き乱される。
なんだ、それは。そんなことを言われて、俺はどうすればいい。
俺は、お前を「道具」として買ったんだぞ。
心が痛まないように。傷つかないように。裏切られないように。
それなのに、お前は。
俺は、込み上げてくる感情の正体が分からず、苛立ちに任せて乱暴に頭を掻いた。
彼女の意志を、否定することができなかった。過去の全てを受け入れて前に進もうとする彼女の強さを、俺は、拒絶できなかった。
「……好きにしろ」
長い沈黙の末に、俺の口から絞り出されたのは、そんなぶっきらぼうな言葉だった。
それは、敗北宣言のようでもあり、そして、彼女の意志を認める、俺なりの精一杯の肯定でもあった。
ルナの瞳が、俺の言葉にわずかに見開かれる。その涙に濡れた瞳が、嬉しそうに細められたのを、俺は見て見ぬふりをした。
このままでは、まずい。
この少女を、ただ傍に置いておくだけでは、俺はいつか、取り返しのつかないところまで流されてしまう。
俺と彼女の関係を、再定義する必要がある。
「道具」ではない、何か別の、都合のいい関係に。
俺は、照れ隠しと、自分の中に芽生えた感情をごまかすために、わざと厳しい口調で言った。
「だが、勘違いするな。お前が奴隷じゃなくなったからといって、ただ飯食らいを許すつもりはない」
ルナは、こくりと頷く。
「これからは、ただの荷物持ちじゃない。もっと役に立ってもらう」
俺は、一呼吸置いて、彼女の目をまっすぐに見据えた。
そして、新しい「契約」を告げる。
「お前は、俺の『目』と『耳』になれ」
「……目と、耳……?」
ルナが、不思議そうに首を傾げる。
「そうだ。俺は、一つのことに集中すると、周りが見えなくなることがある。お前は、俺の背後を警戒しろ。敵の気配、周囲の物音、俺が見逃すすべての危険を、お前の目と耳で捉え、俺に伝えろ。できるか?」
それは、単なる命令ではなかった。
俺の弱さを認め、その弱さを補う役割を、彼女に託すという宣言。
俺の背中を、お前に預けるという、信頼の言葉。
ルナは、俺の言葉の意味を、正確に理解したようだった。
彼女の瞳から、再びぽろり、と涙がこぼれ落ちる。だが、それはもう悲しみの涙ではなかった。
彼女は、その涙を拭うこともせず、ただ、力強く、何度も、何度も頷いた。
その姿を見て、俺はふっと口元を緩めた。
もう、彼女を「道具」と呼ぶことはできないだろう。
主と道具ではない。
かといって、仲間や家族と呼ぶには、あまりに歪で、ぎこちない。
だが、確かな絆で結ばれた、唯一無二の存在。
そう、まるで――相棒のような。
「行くぞ、ルナ」
俺がそう言うと、彼女は「はい」と、今までで一番はっきりとした声で答えた。
俺たちは、もう一人ではなかった。
冷たい主と心のない道具の旅は終わり、不器用な二人の「相棒」としての、新しい旅が、今、ここから始まる。




